がらんどうイミテーションラヴァーズ

──僕らは運命を捻じ曲げる ④

 本当の気持ちを隠して笑う人間は気持ち悪い。今でもそう思っている。

 でも、そういうことを気持ち悪がってずっと怖い顔をしていてもオレたちはなにも手にすることができない。

 だったら、本当の気持ちのまま笑えるようになればいい。

 他人にとって受け入れがたい「自分」を押しつけるわけでもなく。


「自分」を偽るわけでもなく。

 今日まで大事にしてきた〝ありのままの自分〟ってやつを、相手にとって最も価値のあるものに変えてしまえばいい。


「オレがふじみねこうろうに──おまえがももになれば──オレたちは運命の相手と付き合うことができる」

「…………!」


 見た目も、言動も、考え方も。すべて同じになれば──「ありのままの自分」をわしそうではなくふじみねこうろうを基準にすれば──きっとすべてうまくいく。

 オレに──オレたちに──けん感を堪えてかぶれる仮面は、おそらく精々一枚。

 なら、その仮面を自分の顔だって言い張れるくらいにませてしまえばいい。

 一時のかぶりモノなんかじゃなく、脱ぎ捨ててしまいたいと思わないほど大切にすべき〝自分自身〟として。

 こうろうに──に──成り代わってしまえばいい。


「…………それって、自分じゃなくなるってことか?」

「いいや。ちがう自分になるってことだよ」


 自分をなくして笑うことはできない。

 でも、ちがう自分になって笑うことはできる。できなきゃいけない。

 そうすることでしか、オレたちは幸せになることができないから。

 自分を大切にするためにも、今の自分を変えなくちゃいけない。


「オレは今日から、こうろうになる」


 はとが道端に転がっている犬のフンを食べてしたつづみを打つやつでも見るような顔をした。


「大丈夫。今はこんなオレでも、夏休みが終わるまでには完璧なこうろうに成り代わってみせるアミーゴ」


 オレは精いっぱいこうろうらしくさわやかに笑ってみせる。

 慣れない笑顔に顎が突っ張り、持ち上げた口角はピクピクとっていた。


「……わたしがあの女に成り代わったとしても、あの女の存在が消えるわけじゃない。〝同じ〟だけじゃ足りない。二人が付き合っている事実をくつがえせない」

「同じじゃないさ」


 そう。同じじゃない。

 オレがこうろうに──はとに──勝っていると確信できることが、既にひとつある。


「オレも、おまえも、運命の相手に対する執着なら、負けてないだろ?」

「…………!」


 こうろうも、も、おそらく人生をうまくやれてきたタイプの人間だ。

 そんな二人が付き合うのはとても自然なことで。オレたちはその「自然」をげようとしている。

 そうまでしてたったひとりの相手との恋をじようじゆさせたいと願うオレたちの黒ずんだ心が、二人の間にある清純で透明な感情に劣るとは思えなかった。

 気持ち悪いくらいに、オレたちはこの恋にすがっているのだ。


「たしかに。わたしが世界でいちばんこうろうのことを大切に思っているのは事実だ」

「なら、どうだ、はと? おまえはおまえの恋を実らせるために、おまえがきらいなももになれるか?」

「…………ぐぬぬ……ッ……ぐぬぬぬ…………ッ!」


 はとは石仮面を握りしめてうなっていた。


になればこうろうとあんなことやこんなことができるアミーゴ」

「…………ガハッ!」


 白かったはとの顔がいきなりリンゴみたいに赤くなる。

 げられていた目の端がとろんと垂れて。よこしまなことを考えているのがすぐにわかる顔だった。

 どうやらこいつも感情がすぐ顔に出てしまうタイプらしい。


こうろうにあんなことやこんなことをされたら……わたしは…………!」


 小さな身体からだでぐりんぐりんと身もだえしながらひとしきり妄想をたのしんだらしいはとは、やがて緩んだ口角を引きしめると、長い息をひとつ吐いてからスッと石仮面をかぶった。


「わたしの名前はもも。これからよろしくね、キモキモストーカーくん」

はそんなふうにだれかを蔑んだりしないからな」

こうろうだってそんなにキモくない」


 こうしてオレたちは仮面をかぶり、こうろうに成り代わることを選んだ。

 ありのままの自分を受け入れてもらうために、自分を変える決意をした。