本当の気持ちを隠して笑う人間は気持ち悪い。今でもそう思っている。
でも、そういうことを気持ち悪がってずっと怖い顔をしていてもオレたちはなにも手にすることができない。
だったら、本当の気持ちのまま笑えるようになればいい。
他人にとって受け入れがたい「自分」を押しつけるわけでもなく。
「自分」を偽るわけでもなく。
今日まで大事にしてきた〝ありのままの自分〟ってやつを、相手にとって最も価値のあるものに変えてしまえばいい。
「オレが藤峰幸太郎に──おまえが百瀬由衣そのものになれば──オレたちは運命の相手と付き合うことができる」
「…………!」
見た目も、言動も、考え方も。すべて同じになれば──「ありのままの自分」を鷲谷相馬ではなく藤峰幸太郎を基準にすれば──きっとすべてうまくいく。
オレに──オレたちに──嫌悪感を堪えて被れる仮面は、おそらく精々一枚。
なら、その仮面を自分の顔だって言い張れるくらいに馴染ませてしまえばいい。
一時の被りモノなんかじゃなく、脱ぎ捨ててしまいたいと思わないほど大切にすべき〝自分自身〟として。
幸太郎に──由衣に──成り代わってしまえばいい。
「…………それって、自分じゃなくなるってことか?」
「いいや。ちがう自分になるってことだよ」
自分をなくして笑うことはできない。
でも、ちがう自分になって笑うことはできる。できなきゃいけない。
そうすることでしか、オレたちは幸せになることができないから。
自分を大切にするためにも、今の自分を変えなくちゃいけない。
「オレは今日から、幸太郎になる」
鳩羽が道端に転がっている犬のフンを食べて舌鼓を打つやつでも見るような顔をした。
「大丈夫。今はこんなオレでも、夏休みが終わるまでには完璧な幸太郎に成り代わってみせるアミーゴ」
オレは精いっぱい幸太郎らしくさわやかに笑ってみせる。
慣れない笑顔に顎が突っ張り、持ち上げた口角はピクピクと引き攣っていた。
「……わたしがあの女に成り代わったとしても、あの女の存在が消えるわけじゃない。〝同じ〟だけじゃ足りない。二人が付き合っている事実を覆せない」
「同じじゃないさ」
そう。同じじゃない。
オレが幸太郎に──鳩羽が由衣に──勝っていると確信できることが、既にひとつある。
「オレも、おまえも、運命の相手に対する執着なら、負けてないだろ?」
「…………!」
幸太郎も、由衣も、おそらく人生をうまくやれてきたタイプの人間だ。
そんな二人が付き合うのはとても自然なことで。オレたちはその「自然」を捻じ曲げようとしている。
そうまでしてたったひとりの相手との恋を成就させたいと願うオレたちの黒ずんだ心が、二人の間にある清純で透明な感情に劣るとは思えなかった。
気持ち悪いくらいに、オレたちはこの恋に縋っているのだ。
「たしかに。わたしが世界でいちばん幸太郎のことを大切に思っているのは事実だ」
「なら、どうだ、鳩羽? おまえはおまえの恋を実らせるために、おまえがきらいな百瀬由衣になれるか?」
「…………ぐぬぬ……ッ……ぐぬぬぬ…………ッ!」
鳩羽は石仮面を握りしめて唸っていた。
「由衣になれば幸太郎とあんなことやこんなことができるアミーゴ」
「…………ガハッ!」
白かった鳩羽の顔がいきなりリンゴみたいに赤くなる。
吊り上げられていた目の端がとろんと垂れて。邪なことを考えているのがすぐにわかる顔だった。
どうやらこいつも感情がすぐ顔に出てしまうタイプらしい。
「幸太郎にあんなことやこんなことをされたら……わたしは…………!」
小さな身体でぐりんぐりんと身もだえしながらひとしきり妄想をたのしんだらしい鳩羽は、やがて緩んだ口角を引きしめると、長い息をひとつ吐いてからスッと石仮面を被った。
「わたしの名前は百瀬由衣。これからよろしくね、キモキモストーカーくん」
「由衣はそんなふうにだれかを蔑んだりしないからな」
「幸太郎だってそんなにキモくない」
こうしてオレたちは仮面を被り、幸太郎と由衣に成り代わることを選んだ。
ありのままの自分を受け入れてもらうために、自分を変える決意をした。