がらんどうイミテーションラヴァーズ

──僕らは愉快な敗北者 ①

「…………」

「…………」


 互いがかぶった仮面に違和感を覚えたオレたちは、一旦本来の自分にもどり、ももふじみねこうろうの人物像をすり合わせるべく、それぞれの思い人について知っていることを黒板に書き出してみることにした。


「…………なんだよ、それ」


 はとが黒板の右半分を使って描いたこうろう像を見て、オレはがくぜんとする。


「『学校でいちばんの人気者』『だれにでもやさしい』はいいとして。『困っている人を見つけると必ず助ける』『どんな勝負にも負けない』とか、主人公かよ!」

「だからわたしはこうろうを選んだんだ。それくらいじゃないとわたしの相手にはふさわしくないからな」


 ……こいつ、ちゃんと自分のレベルをわかってるのか?

 すくなくともオレから見た今のはとあやはレベル1。ゲームを始めてすらいない状態。あるいは揚々と最初の町を飛び出してすぐモンスターになぶり殺されてかんおけに入っている状態だ。

 そんなやつがこんな、十五年間ずっと勇者を続けてきたみたいなステータスのやつと一緒に旅ができるわけがない。


「『だけどわたしだけには弱味をみせてほしい』って、これに至ってはただの願望じゃん!」

「いずれそうなる」

「今の話をしてるんだ!」


 理想を肥大化させてはいけない。

 いきすぎた設定は現実からかいすることになる。

 そうしたらオレはこうろうではないだれかの仮面をかぶることになってしまう。

 オレは悪い部分も含めて、ふじみねこうろうになりきらないといけないんだ。


「ここまで善性を表立たさせてるってことは、こうろうは偽善者なのか?」

こうろうにせものじゃない。本物の善人だ」

「本物ねえ……」


 本物なんて──ありのまま生きている優等生なんて、オレはしか知らない。

 自分を偽らず、善意の仮面をかぶらないまま万人にやさしくすることなんて、オレはできると思えなかった。


「やさしさ」はその裏に必ず醜い打算を隠していることを、オレはこの十五年で繰り返し学んでしまっている。


「あの妙な人気も、よくわからない口癖も、オレにはいろんな仮面をかぶり続けてきた結果にしか思えないけどな」

「おまえこそ」

わしそう

わしこそ、なんだこれ?」


 はとは黒板の左半分を指差す。

 品行方正。清廉潔白。才色兼備。趣味は一生懸命がんばっている人を応援すること。常に周りを気遣い、配慮し、だれかを思って笑い、だれかを思って泣くことができる人間。どこにもまちがっているところなんてない。


「こんなのはウソッぱちだ!」


 たたきつけられた金属バットが、オレの描いた像を黒板もろとも破壊する。


「あいつは他人を気にかけたり、心からなにかを応援できるような人間じゃない。そういう自分を演じてるだけだ。しくもないのに笑って。悲しくもないのに泣いて。あいつの本性は真っ黒なんだ!」

「おまえなあ……ちゃんとを直視しないと、同じ人間になんてなれないぞ?」

「ぐぬぬ……!」

「なにかが悪いことをしてるとことか、見たわけじゃないんだろ?」

「見てないだけだ。人が見てないところであいつは悪いことばっかりしてるんだ。そんな気がする」

「それはない。が家で眠るまで双眼鏡で観察したこともあったから」

「うわあ、キモ!」


 オレの心はすっかり傷だらけだけど、もうその場で崩れ落ちたりしない。

 これからなにをすべきか、ちゃんと見据えているから。


「ここで話しててもらちが明かない。たしかめにいこうぜ。どっちの言ってることが正しいか」


 オレがそういうと、今までずっとおうへいな態度をとっていたはとが急に黙り込んだ。

 彼女はバットを落とすと、胸の前にもってきた両手を組んで、重ねて、擦り合わせる。

 そうしてもじもじと身体からだをくねらせながら、伏し目がちに口を開く。


「…………会いにいくのか? こうろうに」

こうろうだけじゃない。にも会って、見て、話して。ちゃんとたしかめておかないと」

「…………わしは、平気なのか? おまえもさっき、フラれたんだろ?」

「平気なわけあるか」


 できることならもうしばらくとは会いたくない。

 いや、まあ、会いたいんだけど。どんな顔をして話せばいいのかわからない。なにを話せばいいのかわからない。それを考えるために一か月くらい使いたい。

 でも、そういうわけにもいかない。


「明日から夏休みだ。そしたらいろいろ予定も合わせづらくなっちまう。今がいちばん、二人に会いやすいときなんだ」


 だからオレは今日、を屋上に呼び出したんだ。

 今日なら暇なやつも用事があるやつもとっとと出払って、余計な邪魔が入らないと思ったから。だれにも茶々を入れられることなく素直な気持ちを打ち明けて、夏休みは二人で最高の思い出を作ろうとか考えてたんだ。

 まあ、じんにフラれたことで、そんな妄想もあえなく砕け散ってしまったわけだけど。


「オレだってまた顔を合わせて傷つくのが怖い。傷を思い出すのが怖い。でも、一か月後の幸せな自分を思い描けば耐えられる」

「一か月後?」

「ずっと他人に成り代わるのに時間を割いてても意味ないだろ? オレたちが望んでいるのは成り代わること自体じゃなくて、そうして『運命』の恋をかなえることなんだから」

「たしかに」

「だから、この夏が勝負なんだ」


 一か月。この夏休みは、自分を変えるために四苦八苦する時間になるだろう。

 だけどその日々を乗り越えることさえできれば幸せになれる──なら、オレはどんなに傷ついたっていい。

 必ずこうろうに成り代わって、オレにとっての「運命」を──ももを本物のこうろうから奪い取ってみせる。


「おまえもオレじゃなくて、本物のこうろうとハッピーライフを送りたいだろ?」


 はとは大きく「うん」とうなずいて、覚悟を決めたようだった。



 美術室をあとにしてグラウンドに向かうと、駐輪場のまえに植えられた木々のほうからたのしそうな談笑がきこえてくる。

 見れば、木陰に腰を下ろしたこうろうと、彼を囲ってはしゃぐ人だかりがあった。

 どうやらちょうど休憩中らしい。

 休憩中も「こうろうの輪」は健在だ。

 にぎやかな談笑に華を咲かせ、わいのわいのと盛り上がっている。


「いけるか?」


 そう尋ねると、さっきまで隣にいたはずのはとが姿を消していた。


「ふぐっ……!?」


 急にグイと後ろから制服を引っ張られて首が締まる。

 慌ててねじ込んだ指で襟を引きもどすと、背中にごつんと衝撃。

 はとはぶつけた額を赤くしたまま、オレの背中にしがみついてこそこそとこうろうの様子をうかがっている。


「…………なにしてんだよ?」


 はとはプルプルと顔を横に振るばかりで、オレから離れようとしない。