メイクアガール
第二章 INITIATION ①
やがて。
「えー、今日はだな。その、なんというか、転校生──新しい生徒がこのクラスに加わることになった……」
いよいよその日はやってきた。
僕はいつものように、2年A組で自分の席に座っていた。教師の戸惑いに満ちた歯切れの悪い言葉さえ、僕にとっては福音のようなものだ。光あれ、すると光があった。そして──
「──入ってくれ」
教師がそう言えば、彼女が入ってくる。
その姿に、クラスがどよめいた。
緑がかったグレーのスカートが、
彼女は教壇の横で止まると90度旋回し、クラスに向き直る。
そして、名乗る。
僕の与えた、名前を。
「水溜0号です。よろしくお願いします」
クラスの全員の目が、僕を見た。
しまった、と思う。
まあそうなってしまったものは仕方がない。
今更変更しても混乱を招くだけだ。
しかし0
「では、0号さんは水溜──
「はい」
教師の指示に従って、彼女──0号は僕の隣の席に座った。その無駄のない安定した動作を、僕は満足して見つめる。
「おい! どういうことだよ!」
ざわつく教室をなんとか教師が
「お前、こんなにかわいい家族がいたのかよ。学年同じだから姉でも妹でもないよな。双子……って話は聞いたことないし。いや、いとこか? っていうか、0号ってどういう名前だ?」
「0号は僕の彼女だよ」
「はあ!?」
大きな声をあげた邦人は、しまったという顔をしてあたりを見回すと、もう一度声を落とした。
「どういうことだよ!?」
「いやあ、邦人に言われてひらめいてね。作ったんだよ」
僕は質問に答える。あまりの誇らしさに、さすがに得意気な響きになってしまう。
「作ったって……お前、正気か?」
「よくできてるだろ?」
こんなに短期間で0号を作ることができたのには、理由がある。
母さんが残していったデータの中にあった、ひとつの研究。
人間の作り方。
厳密にはそれは人間ではないのだが、今は
とにかく重要なのは。
僕に、彼女ができたということだ。
「ね、0号」
話しかけると、彼女は答える。
一点の曇りもない表情で。
「はい、明さん」
「うおっ、返事した」
邦人は驚いてまた大きな声を出すが、先生に
「こんにちは、ええと、0号ちゃん?」
「こんにちは」
しかしそこで会話は止まってしまう。
戸惑う邦人の視線を受けて、僕は0号に先を促す。
「0号。そういうときは、相手の名前を聞くんだ」
「わかりました。あなたの名前はなんですか?」
「俺は、ええと、邦人。邦人だよ」
「私は0号です。はじめまして、邦人さん」
「すげぇ! いや、すげぇ、けどよ──」
「そこ、いい加減にしなさい!」
「うっす……」
邦人は教師にとうとう怒られ、複雑そうな顔をして渋々前を向いた。
僕はいつものように授業を聞き流しながらパソコンを開いていた。
隣には、0号が座っている。
それだけで、なにかがはじまりそうな気がした。
いや、実際に、はじまったのだ。
僕の新しい暮らし。
彼女がいる、暮らしが。
■
「……なぁ」
「うん?」
「確かに彼女を作れとは言ったけどさ」
昼休み。話しかけてくる邦人の表情は釈然としないものだった。邦人の視線の先にいるのは、もちろん0号だ。姿勢よく前を向いてじっとしている。
「どこの世界に科学的に彼女を作るやつがいるんだよ」
それがさっき言いかけて言えなかった言葉だったのだろう。
「ああ、0号のこと。これでようやく僕も研究者として前進できるはずだ。邦人のおかげだよ」
「お前が納得してるならいっか」
邦人はそう言って肩をすくめた。そういう適当さは僕にとっておおらかさであり、それが邦人と友達でいられる理由だった。
「でも、わざわざ学校に連れてくることもなかったろうに」
「彼女の何がパワーアップにつながるかわからないからね。僕の確実なパワーアップのためにも、平均的な社会性を身につけておいてほしいんだ」
「お前がそれを言うか……」
邦人がいったいなにに
「パワーアップって? また何かろくでもないこと?」
眉をひそめながら、
「違う違う。明が彼女を……じゃなくて人を作ったんだってさ。ほら、転校生の」
「人を作ったって……ああ、
「やけにすんなり受け入れるんだな。これって結構すごいことじゃないか?」
「今更人を作ろうが、宇宙人を作ろうが驚かないって。でも、騒動が二倍になることだけはごめんだからね?」
茜さんはそう言いながら、0号の机に手をついて顔を
0号は反応に困ったようで、僕に助けを求めた。
「どういう、意味でしょうか」
「茜さんは時々難しいことを言うんだ」
僕の答えに
「はぁ……変な名前だとは思ったのよね。0号なんて」
「そうだよ。その時点で気づけって」
邦人は笑いながら、茜さんをからかう。
「あなたと違って、私は転校生が変わった名前だからって差別したりしないの。ていうか、もっとかわいい名前つけてあげたらよかったじゃない」
茜さんの意見には納得できないので、僕は反論する。
「いや、ナンバーで管理したほうが機能的だよ。名前だけで制作順がわかるんだから」
「制作順って、あなた他にも作る気なの?」
「そうじゃないけど、最初からうまくいくとは限らないから。0号が完成しなかったら、次を作った可能性はあるよ」
「少なくとも非常識は二倍ね。……というか、学校にはなんて説明したの?」
「ほら、おじさんが学校にソルトを格安でリースしてるだろ? そのツテで転校生ってことにしてもらったんだよ。いちいち他の生徒に説明するのも大変だからね」
「なりふり構わなさすぎる。そんなに……その……彼女が欲しかったの?」
茜さんはなぜか途中で
「そりゃそうだよ!」
研究者としてパワーアップできるなら、あらゆる手段を試す。当然のことだ。
「ね、邦人」
「え、いや、俺は関係ないだろ!」
慌てる邦人には構うことなく、茜さんは0号の顔を
「ふーん……」
「茜さん。どうして、私の顔を見つめるのですか?」
不思議そうな顔で、0号は首をかしげる。
「0号ちゃん。そういうときは、なにかついてますか、って聞くんだよ」
なぜか得意げな邦人の言葉に、0号は素直に従う。
「なにか、ついていますか?」
「……かわいい顔がね」
茜さんはそう言い放つと、不機嫌そうに0号から顔を背けた。
0号は表情を変えないまま、僕に報告する。
「明さん。私、褒められました」
「よかったね」
「どうしたらいいですか?」
「うーん、そうだな。お礼を言って、相手を褒め返す、かな?」
0号は言われた通り茜さんに向き直ると、顔を見上げた。



