メイクアガール

第二章 INITIATION ③

 やっぱり、僕は0号から影響を受けている。このまま続けていけば、きっとパワーアップできるに違いない。

 しかし僕はあまりにも当該分野に対して知見がなさすぎる。効率的にパワーアップできそうな要素に絞って効率をあげたいところだ。


「もっとインプットにバリエーションをつけてみようか。絵里さん、どう思います?」


 絵里さんに話しかけたつもりだったが、返事がない。振り向いてみたが、いると思った場所にいなかった。


「……絵里さん!」


 見回すと、僕のデスクに座ってPCに向かっている絵里さんが目に入った。

 僕は声を張って彼女を呼ぶ。

 絵里さんはいきなり声をかけられたことに驚き、ビクッと肩を震わせる。


「わっ、なに?」

「このポーズ、どう思います」


 0号に取らせたモップを振り上げるポーズについて聞いてみる。


「あ、ああ、うん。いい感じじゃないかな?」


 しかし絵里さんの返事はどうにも要領を得ない。バトルシーンはダメということなのだろうか……? そう推察したが、絵里さんの質問で理由は明確になった。


「……ねぇ、明君。私も0号ちゃんと実験したいんだけど、いいかな」

「絶対にダメです」

「だよねぇ」


 絵里さんはごまかすようにふわりと笑った。思わず強い言い方になってしまったことを反省し、僕は理由を説明する。


「インプットはちゃんと管理しないと。0号の社会性はまだインビボには早いですからね。学校ぐらいが関の山です。細胞を培養している試験管を野ざらしにしないのと同じですよ」

「……そうだね」


 絵里さんは納得してくれたようで、デスクから立ち上がる。


「じゃ、私もそろそろ行くね。ソルトの改良進めなきゃ」

「はい。また」


 僕はラボから出ていく絵里さんの背中を見送ったあとで、0号との実験に戻る。


「じゃ、これいってみよう」

「……このまま、時が止まってしまえばいいのに。ね、明さん……?」

「時間の停止か。相対速度が亜光速に近づけば近い状態が実現できるかな。次」

「あんな女のどこがいいの? 明さんには、私がいるじゃない!」

「女──今の文脈だと絵里さんか。絵里さんには研究者として学ぶべきところがたくさんあるよ。でも彼女じゃないし、機能的に交換不能だ。次」

「べ、べつに明さんのことなんか、好きじゃないんだからね!」

「うーん、好きならそう言えばいいのに、この台詞せりふは変だな? 次」

「わ、私、どうなっちゃうの〜〜〜〜?」

「短期的には感情を学習して、中長期的には彼女らしくなってほしいかな」


 0号は指示通りにくるくると表情を変えて、台詞せりふを読み上げていく。

 しかしさっきわずかに感じた変化はだんだんとしぼんでいって、ついにはなにも感じなくなってしまった。


「うーん、なにか違うんだよな……むしろ外的なかくらんが必要なのか……意外と絵里さんにも協力してもらったほうが……」


 0号を立たせたまま、ヒントを求めてPCに向かう。


「あれ?」


 青いマウスが壊れていることに、僕はそのときはじめて気づいたのだった。



 自分が詳しくない分野については、知見がある人に聞くのが一番だ。

 ということで邦人に聞いたところ、いわく。


「それはずばり、自主性だな。お前は手遅れだとしても、0号ちゃんはまだ生まれたばかりだろう? まだ赤ん坊だ。男女の機微なんかわかるわけがない」

「でも、知識はインプットしてあるはずだよ?」

「そういうのは、経験が伴わないと知恵として消化されないんだよ。だから──」


 そうして邦人が示した解決策は、意外なものだったけれど。

 行き詰まった僕は、それに乗ってみることにしたのだった。