メイクアガール

第三章 ACTIVATION ①

 私の名前は、みずたまりごう

 あきらさんの彼女です。

 生まれたばかりの元気な生後1ヶ月です。

 なので、私にはわからないことがたくさんあります。

 立派な明さんの彼女になるべく、今日も勉強中です。


「週末にやまくんとカラオケに行くんだー」

「え、山田君? 意外」

「クラスで知らないのあかねと水溜君だけだよ」

「えぇ……」


 茜さんとお友達ふたりのそんな会話を、私はファミレスで聞いていました。

 もちろん、みなさんの仲間に入れてもらったわけではありません。隣の席からこっそりと、です。

 どうしてそんなことをするに至ったのか。

 それはもちろん、明さんがそうしろと言ったからです。

 どうも私には、として足りない部分があるみたいです。

 うまくパワーアップに貢献しない私に悩んだ明さんは、くにひとさんに相談しました。

 そこで邦人さんは、私には自主性が足りない、と言ったそうです。

 私はまだ生まれたばかりの赤ん坊と一緒。知識はちゃんとインプットされているので、どうにも納得がいきません。知識があっても、経験が伴わないとダメだとか。そのためには、平均的な女子──がどんなものなのか、知る必要がある。

 そんな邦人さんの主張を聞いて、明さんはこう言いました。


「確かに一理ある。0号、茜さんを観察してみよう」


 私は当然、こう答えました。


「はい。茜さんを観察します」


 私は明さんの彼女です。

 だから明さんの言う通りにします。

 明さんのことを、パワーアップさせる。

 私はそのために生まれてきたのです。

 だから今もこうして、ファミレスでみなさんの会話に耳をそばだてています。


「いやいやそうだって。茜はホント水溜君以外に興味ないな〜」

「ていうか、茜は水溜くんと最近どうなの?」

「どうって言われても、どうもこうもないわよ」

「えー、そんなわけなくない? けっこう一緒にいるじゃん。茜モテるんだしさぁ」


 茜さんたちは、明さんの話をしていました。


「いつも……一緒に……」


 それを聞いて、私は口の中でそうつぶやきました。胸のあたりにざわざわするような感覚があります。それは今までに経験したことがない気持ちでした。いえ、私は生まれたばかりなのですから、ほとんどのことは新しく出会う経験なのです。でも、なんだかその気持ちは、これまでのどの気持ちとも違うような気がしました。


「そんな簡単なものじゃないのよ、あいつとは」

「かんたんなものじゃ、ない……」


 私の体は、茜さんの言葉を再び繰り返してしまいます。胸の感覚は、さらに強まりました。どこかに不具合でも発生しているのかもしれません。軽微なものだとよいのですが。


「ごめんごめん、悪かったって」


 こちらに背を向けている茜さんの表情は見えませんでしたが、お友達が謝っていることから察するに、きっとなんらかネガティブな感情を表していたのだと思います。でも、私の想像が及ぶのはそこまででした。

 もっと経験というものを積んだら、そういうこともわかるようになるのでしょうか?


「やば、いい加減なんか頼も!」

「ねぇねぇ見てこれ、期間限定のパフェ」

「おいしそ! でもカロリーやばいな。シェアしよ、シェア」

「もーしょうがないなー。茜は?」

「私は……うん、私も一緒に食べよっかな!」


 茜さんたちは、パフェを注文するようでした。

 私は急いで店員さんを呼ぶと、同じパフェを注文しました。きっとこういうときにパフェを頼むのが、普通の女の子なのです。そして私がそうなることを、明さんは求めている。飲み物はみんな違ったので、どれが普通なのか今回だけではわかりませんでした。もう少しインプットが欲しいところです。今回は、いったん茜さんが頼んだ飲み物(ダージリン、だそうです)を頼みました。


「うわでっか! これ3人でも多くない?」


 そんな悲鳴が隣から聞こえてきたのは、私の目の前に、その巨大なパフェが置かれるのとほとんど同時でした。

 この日、シェアという言葉の意味を、私ははじめて知りました。



「もう! ずっとついてきてなんなの!」


 夕暮れ時。坂道を登っているときのことでした。

 茜さんは振り向くと、震えながらそう言いました。

 私はあれからずっと茜さんの後をついていきました。お友達とパフェを食べ(私もがんばって完食しました)、お会計をして(明さんにお金をもらっておいてよかったです)、店を出てウィンドウショッピングに興じ(なにも買わないのに見て回るのが不思議でした)、お友達と手を振り合って別れるまで(私もこっそり手を振りました)、一定の距離を保って観察し続けました。しかしどうもそれは、茜さんにとっては望まざることだったようです。

 私は茜さんの質問に、ちゃんと答えます。


「明さんに茜さんを観察するよう言われました」

「なんで?」

「平均的な女性を学べとのことです」

「むかつくなぁ……平均よりはがんばってるつもりなんだけど」


 引きつった顔で髪に手をやる茜さんがどんな感情を持っているのかは、私にもわかりました。


「怒らせてしまいました。こういうときは謝罪をするんですよね?」

「そういうのはいちいち確認せずにやるの。……ったくあいつ、本当に私がいないとなにもできないのね」


 私の振る舞いに対して、明さんに文句を言うのは、不思議に感じられました。でも、少し考えると、思い当たる言葉がありました。

 。私を作ったのは明さんです。だから私にがあると、それは明さんがになってしまうのです。

 これは大変だ、と思いました。私のせいで明さんの評判を落とすわけにはいきません。として、もっとしっかりしなくては。

 そのためには、ちゃんと茜さんを観察しなくてはなりません。

 私は改めて、茜さんの様子をうかがいました。そっぽを向く茜さんには、今度は別の感情が浮かんでいるように見えます。私は意外なその表情をよく観察しようとのぞき込みました。


「なに?」

うれしそうです」

うれしくない!」


 そう勢いよく言った茜さんは、私に背を向けて、登り坂をずんずん大股で歩いていってしまいました。がんばってここまでついてきたのに、離されてしまうわけにはいきません。私は走って、茜さんの隣に並びました。


「茜さんは、明さんとは最近どうなんですか?」

「え、は!?」


 歩きながらそう話しかけると、茜さんは驚いた顔をしました。なにか変なことを言ってしまったのでしょうか。さっきと同じフレーズのはずなのですが。


「女の子同士は、こういう話をするんですよね?」

「ちょっと待って。もしかして、ファミレスからいた……?」

「はい」


 盛大なため息が、茜さんから漏れました。


「あのね。人の後をついていって話を盗み聞きしたりしちゃいけないの。そういうの、ストーカーっていうのよ」

「ストーカー……普通の女の子は、ストーカーですか?」

「ストーカーな時点で普通じゃないわよ!」

「……ええと、すみませんでした」


 さっき学んだことを実践しようと思って質問したのですが、どうやら的外れだったようです。普通の女の子の振る舞いというのは、なかなか難しいものです。


「ちゃんと謝った……あなたって、成長してるのね」


 茜さんはさっきとは少し違った種類の驚きを浮かべました。謝罪はいちいち確認せずにやる。先ほどの学びをかしたのですが、今度はうまくいったようです。


「はい。私はストーカーではなくて、平均的な女性──普通の女の子になりたいので。もっと成長しないといけないんです」

「私が平均的かはともかく、なんで明はあんたに平均的な女性を学ばせてるのよ」

「私は明さんのですから。明さんをパワーアップさせるためには、そうなることが必要なんだそうです」

「彼女、ね……」