よって、初恋は証明された。 -デルタとガンマの理学部ノート1-
第一章 薄紅が切り取る領域で ③
うっすらと日に焼けた指で、
二段重ねになっていた弁当箱の、一方はすべてミニトマト。ちなみにもう一方には、梅
「おいしいからな、ミニトマトは」
理由になっているのか分からない俺の答えに、
「うん! おいしいよね、ミニトマト」
同じ内容を繰り返されるだけで、まるで自分のすべてを肯定されているかのような気持ちになってしまう。恐ろしいほどの人心掌握能力である。
「でも、そんなにたくさん食べて飽きない? 親御さんと
どうやら
「いや、好きでこの量を食べてるだけだ。これでももの足りない」
ミニトマトのシンフォニーについて小一時間語れる自信はあったが、控えておく。代わりにミニトマトの入った弁当箱を
「すごい!
想定していなかった言葉が
俺の表情の変化を敏感に読み取ったらしく、
「あ! 私、おかしなこと言った! ごめんね、効率よく詰まってるねって言いたくて」
「そんな、別におかしいとは──」
「ということは
強引な話の切り替えにちょっとした違和感を覚えながら、俺はまあいいかと
「作ってるというほどでもないけど」
ほとんど詰めているだけだ。ミニトマトを。
「偉いね! 私、マ──お母さんに作ってもらってて」
何もおかしな会話はしていないのに、慌てて話題を変えようとしているかのようだった。
というかさっき、ママって言いかけていたか。
弁当箱を持つ指先を見ると、爪がきれいに
……いけない、つい観察してしまった。自然に聞こえるよう会話を続ける。
「別に、作ってもらえるならいいんじゃないか。うちは両親とも東京に勤めてて、朝が早いんだ。だから自分で用意してる」
「へえ! そうなんだ! 私のお母さんは家で仕事する人だからいっつも甘えちゃってるんだよね。高校生になったんだし、今度は自分で作ってみようかな」
言いながら、
家で仕事をする人とは、なんだろう。プログラマー、デザイナー、ライター……自宅が店舗になるのであれば、他にも可能性はありそうだ。しかし自宅と店舗が
何をしているんだ。別に興味があるわけでもないのに、
ポニーテールを結ぶのは、昨日も今日も同じ、装飾のない黒のヘアゴム。
やはり俺の思い過ごしだろう。
「
「部活は……いや、まだかな。体験入部してから決めようと思ってる」
「そっか。そうだよね。私もまだ、迷っててさ」
ちなみに
「
礼儀として同じ質問を返すと、
「そうだなあ、お母さんには運動部にしておきなさいって言われてるんだけど、私、そんなに運動得意じゃないし……」
ご謙遜を。
「中学では? 何部だった?」
「えっとね、おかしな部活だよ。
「別に笑ったりはしない」
かくれんぼ研究会とか、お嬢様部とかだったら……笑ってしまうかもしれないが。
「ほんとに?」
そんなにおかしな部活なのかと身構えながらも俺は
「私……実はカガク部だったんだ。ほら、ミョウバンの結晶育てたりとか、星を見たりとか、植生調査をしたりとか……あんまり真剣に活動してたわけじゃなくて、ただのエンジョイ勢だったんだけど」
エンジョイ勢の是非はともかく、別に笑う要素なんてどこにもないじゃないかと思う。
「へえ、実は俺も──」
化学部だったんだ、と言いかけて、違和感に気付く。ミョウバンはまだいいとして、化学部が星を見ることはない。植生調査もかなり怪しいところだろう。
「カガク部って、サイエンスの?」
「そう! のぎへんの科学部!」
科学と化学。意味が近くて発音が同じだから、たまにこうした勘違いが生じる。
「全然おかしな部活じゃないと思うけどな。実は俺も、カガク部だったんだ。とはいっても、ケミストリーの方の化学部だけど。バケガク部」
「ええーっ、そうなの?」
大きな声で反応してから、
しかし俺は、その黒い瞳が、レトリックではなく本当に、きらっと輝いたのを見逃さなかった。少しこちらに身を乗り出してきたから、角度の関係で蛍光灯が反射したのかもしれない。
「確かに
そんなことは初めて言われた。褒め言葉のように聞こえたが、おそらく違う。むしろ「いかにもインドアっぽい」ということの
「白衣は実際に割と着てたからな。週三回の活動で、半分は実験だった」
「例えば? どんな実験?」
「面白かったのを挙げるなら……ルミノール反応とか。



