よって、初恋は証明された。 -デルタとガンマの理学部ノート1-
第一章 薄紅が切り取る領域で ⑤
「信頼できる先輩。ともかく、一九年の奇跡はれっきとした事実だぜ」
「……確率の問題だろ。有名な桜で、毎年何組も見ていれば、そりゃ一組くらいは
「まったくなあ、論理的すぎる男はモテないぜ」
少し肩をすくめてから、
「でな、大事件ってのには続きがあるんだ」
「そうなのか」
「そうなのだよ」
インパクトを狙おうとしているのか、
「その先輩によるとな、実は今年、そのハートマークを見た人は誰もいないって話だ」
「……どうして」
「いや、それが気になってるんだけどな。どうも、形が崩れて、お世辞にもハートには見えなくなってるらしいぜ」
「残念だ」
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「ま、百聞は一見に
「ああ」
ずいずい歩いていく
フェンス沿いに進んでいくと、体育倉庫か何かの裏に出た。そこで道が広くなっていて、プラスチック製のベンチまで置かれている。運動部員が休憩に来る場所だろうか。あまり使われないらしく、
「この辺りで山に入るはずなんだけどなあ」
などと言いながら、
そして突然、俺に向き直る。
「あ。いっけね」
なんだかわざとらしい言い方だった。
「悪い、今日はどうしても外せない用事があるんだった。また明日な」
「は?」
「絶対埋め合わせする! ミニトマト箱買いしてやるから、許してくれ。じゃ!」
急いで帰るなら、最短ルートは来た道を戻るはずなのだが、なぜだろう。そう思って来た道を振り返り──俺は
そしてその理由は、
道の向こうから、理由が一人で歩いてくる。
──
「あれ、デルタくん、どうしてこんなところに?」
「ちょっと強制連行されて……ちなみに、無理してデルタと呼ばなくて大丈夫だ」
「そう? じゃあ、
そちらの方がよっぽどいい。「デルタくん」という呼び方は、あまり
「
「私? 実はちょっと面白そうな話を聞いて、調べにきたんだ」
なんだか不穏なものを感じた。とても不穏なものを。
「……面白そうな話って?」
「この裏山にね、見ると幸せになれる有名な桜があるらしくて。入学の時期にだけ、
なるほど。少しずつ状況が分かってきた。
名探偵でなくても、この状況が偶然によってつくられたものではないことくらい察する。
「……それってもしかすると、
「うん! よく分からないんだけど、何かのお
あの野郎……。
「
「……まあ、聞いてというか、連れられてというか」
ちなみに
「あれ、でも、
「用事があるとか言って、帰ったよ」
俺を置いて。
「そうなんだ……
今日のあいつが何かに興味をもっていたとすれば、その対象はきっと、俺に
「……かわいそう?
「うん。だって今夜、すごい低気圧が来て、かなり荒れる予報だよね。せっかくの花も、全部散っちゃいそうだから」
「なるほど、今日を逃したらチャンスはないってことか」
ここまで話して、なんとなく、あくまでなんとなく、俺は非常に不都合な展開を予期していた。タチの悪いことに、
そしてさらに悪いことに、
この流れだと、
「じゃあせっかくだし、
楽しそうに、例の「見たかよあのスマイル」を浮かべる
「あー……」
「あれ、もう帰るつもりだった?」
「いや別に、そういうわけではないんだけど」
「じゃあ行こうよ! 高校生活、
高校生活、
断りづらかった。というか断るための理由がない。ここであえて恋愛
すべては
考える。
そうすると──これはむしろ、何もないことを証明してやるチャンスではないだろうか。
俺の生き方はこの程度じゃ揺るがないのだと、あいつに示してやればいい。
「まあ、そうだな。せっかくだし見にいこうか」
「うん! 探しにいこう、幸せの桜!」
気まずくて、俺は
秋に葉を落とすから、落葉。葉が広く平らだから、広葉樹。そういう樹木の多い林である。
本来、温暖なこの地域は、冬になっても葉を茂らせている常緑広葉樹の林になる気候帯なのだが、人が山に入っては木を伐採してきたため、成長の早い落葉広葉樹が多くなっている。
そして、落葉樹の森は明るい。



