よって、初恋は証明された。 -デルタとガンマの理学部ノート1-
第一章 薄紅が切り取る領域で ⑨
「待て、危ない」
「あれ、でも別に、枝も頑丈そうだし……」
「そうじゃなくて……その、なんだ」
言いづらくて言葉を切ってしまったが、言いかけてしまったのでうやむやにできなかった。
「……ほら、スカートが」
俺は一歩下がり、視線を
「あっ……」
「ごめんね! 夢中になってて気付かなかった。うわあ、悩んだんだけど、私はやっぱりスラックスの方がよかったかな」
まあ俺が後ろを向いていればいい話ではあったが、
「そういえば双眼鏡を持ってるんだった。使えるかも」
と言って取り出したのは、折りたたみできるタイプの、コンパクトな双眼鏡だった。
あまりにも準備がいい。
「どうして双眼鏡なんか持ち歩いてるんだ」
「ほら、通学中とかさ、鳥さんを見たくなること、あるでしょ」
「……そうか?」
スカートのことがあったからか、
「あのね、入学祝いで、お父さんに買ってもらって」
暗緑色のボディが美しい双眼鏡を俺に見せてくる。スワロフスキーだ。
いったいどんな父親なのか、そもそもこんなものを学校に持ってきてよいのか、本当に通学途中にバードウォッチングをしているのか、など様々な疑問が脳を駆け巡った。だがここは、
「一〇倍か。それで桜を見れば、枝の具合がここからでも確かめられそうだ」
「うん、やってみよう」
「えーっと、そうだなあ……あれ? うーん」
しばらく探してから、
「私には、折れてるのは分からなかった。
「……いや、俺は別にいい」
同じクラスの女子がさっきまで
「見落としの可能性が低くなるし、ほら!」
かなり厳密に調べようとしていたらしい。そこまで固辞する理由もないので、俺は双眼鏡を受け取った。眼鏡を額に上げてから
「……すごいな。この大きさで、こんなにはっきり見えるなんて」
照れ隠しではないが、まず真っ先に、双眼鏡の感想が出てきてしまった。
「でしょ! 小型なのに明るくて、森の中でもよく見えるんだ」
話が
「
「だとすると、どうして
少々考えてみる。その可能性は低いと思った。
「それはない。桜は
「へえ……そんなことまで分かるんだ!」
少しマニアックな知識だったかもしれない。
軽く礼を言って
「うーん、折れたわけでもなくて、育ちすぎたわけでもなくて……」
「だったら、どうして
薄紅が切り取る領域の形は、なぜ変わってしまったのか。
花吹雪を浴びながら、スズメたちのさえずりを聞きながら、考える。
そして──
「なるほど……分かったかもしれない」
すると、
「
「ああ。それに、どうやったらハートがきちんと見えるのかということも。
「ハート?」
「いやごめん。
大事なことだ。
「それで、どうしてなの?」
「ヒントは桜じゃない。カタクリにあった」
俺の遠回しな言い方に、
「えええ? どういうこと?」
「桜の枝は折れてもいなかったし、大きく伸びてもいなかった。桜の樹形が変わったわけじゃないとしたら、変わったのは何か」
「桜を見る俺たちの側だ」
しばしの沈黙。
「……え、それって、見る位置が違ったってこと?」
「そうだ。それしか考えられない。立ち位置が違えば、見える図形も当然変わってくる」
「でも、だとしたら、この
「今年から、この観桜台の位置が変わったんだ。そして正しい位置を教えてくれるのが──」
再び
「カタクリだ」
「カタクリはスプリング・エフェメラル。花を咲かせるには、およそ八年間、春先にだけ光合成をして、養分を
「台があったら太陽の光を浴びられないから、光合成ができない!」
「ああ。桜が切り取る
「すごい、科学的だ!」
どうやら
「一面カタクリの咲いているこの周辺で、一ヶ所だけ、なぜかカタクリの咲いていない場所があっただろ。そこに立てば、この仮説が検証できる」
「倒木の向こう側……!」



