鬼の山田が竹刀を片手に言うと、ビビった生徒たちは大人しく席に着く。
山田の後に来た黒木も、自分の席である俺の右隣に座った。
黒木め……お前のせいで、俺はこんな最悪の席に座ることに……。
「席替えは終わったみたいだな。お前ら、あんまり浮かれるんじゃねえぞ」
山田が鋭い眼光で生徒たちを見回す。
「今回は委員長の黒木が『どうしても』と言うから特別に席替えを許可したが、席替えなんて無駄なものは二度とないと思ってろ。今日は連絡事項がないので朝のHRは以上だ」
山田は床に向かって竹刀をパシンッと一発叩くと、教室から出ていった。
はぁ……今日はあっさり山田のHRが終わったな……って、待て。
今、山田のやつ、席替えは〝二度とないと思ってろ〟って言わなかったか?
まさか、2年の最後までこの席のままなのかよ!? 俺の平穏……間違いなく死んだ。
「──泉谷くん、久しぶり」
俺が顔面蒼白になっていると、右隣から澄んだ綺麗な声が聞こえてきた。
「今日からわたしたち、隣同士だね? よろしく、泉谷くん」
こ、この声は……黒木瑠衣……。
今回の一件における全ての元凶であり、このクラスの委員長。
緑なす黒髪ストレートは大和撫子そのもので、優しそうな眼差しに端整な顔立ち。
陸上部に所属しており、そのスレンダーな身体つきはモデルのようにスラッとしている。
そんな美人委員長さんが急に話しかけてきたことに、俺は正直びっくりしている。
言っておくが、俺と黒木はこの5年間一度も話したことはないのだ。
「瑠衣ちゃん、なーに話してんのー」
「……瑠衣、そいつと知り合いなの?」
美少女三人衆の他二人がそう訊ねながら黒木の席まで歩み寄ってくる。
市之瀬に関しては、俺を「そいつ」呼ばわりしながら、指を差してきた。
「うーん。今まで話したことはなかったけど……実はわたしと泉谷くん、同じ中学だったから」
そう……俺と黒木は同じ中学出身なのだ。
中学時代から黒木の一挙手一投足は周囲の注目を集めており、生徒会長に陸上部部長、さらには全国模試1位の肩書きを引っ提げ、人気や人望を恣にしていた。
だからこそ、あの黒木瑠衣が俺みたいな底辺陰キャの名前を覚えていたこと自体が意外だ。
なんで黒木は俺に接触してきた?
たまたま隣の席になったからか?
何はともあれ、俺は絶対にお前を許さねえぞ黒木瑠衣……。
俺が睨むと、それに反応するように黒木は不敵な笑みを浮かべた。
な、なんだよその顔っ!
黒木を睨んでしまった俺は、そのまま黒木と会話を交わすことなく、机から取り出したラノベを読み始める。
黒木はなんていうか不気味な感じもするし、下手に干渉しない方がいいな。
「うわ、えっちな絵の本だ」
俺がラノベを読んでいると、海山が興味本位で俺のラノベを見てくる。
「ねえ優里亜、これ絶対えっちな本だよー」
「…………」
「優里亜?」
「……なんつうか、人の趣味をイジるのは違う。ほっといてあげな」
「なーに優里亜、優しいじゃん」
「そういうのじゃないから」
意外にも市之瀬のフォローのおかげで、海山のイジリは終わった。
もしかして市之瀬は俺を守ってくれたのか……?
いや、さすがにそれはないか。すぐに「自分を助けてくれた」なんて思うのはオタクの悪い妄想だ。
三人はそのまま黒木の席でガールズトークを始める。
「てか今日、あたしコスメ買いに行くんだけど二人はどう?」
「わたしは陸上部もお休みだから大丈夫だよ? 愛莉は?」
「あ、愛莉は……えっとー」
さっきまでとは違い、急に歯切れが悪くなる海山。
「ごめん今日はパス! か、彼氏が放課後にスタバに行きたいって言っててー。あはは」
「そっか。それなら仕方ない」
「うん、ほんとごめんっ」
へー、海山って彼氏がいるのか。
まぁこんなバカみたいに乳のデカい爆乳女を世のイケメンが放っておくわけないもんな。
このデカい胸を好き放題揉める男の背徳感は計り知れないだろう。
「おーいお前ら席着けー。授業始めるぞー」
1限目の教師が教室に入ってきたことで、美少女三人衆の会話は終わり、各々席へ戻っていった。
☆☆
──放課後。
夕陽を背に高校から出ると、校門の前で大きなため息をつく。
「はぁ……なんて一日だ」
遅刻しそうになったり、席替えで美少女たちに囲まれてしまったり、他の男たちからの嫉妬の視線が痛かったり……。
今日一日を総括すると、とにかく最悪の一日だった。
「仕方ない。憂さ晴らしにアニメイト行くか……」
残金2000円。漫画かラノベを何冊か買える額。
財布を確認した俺が駅のアニメイトへ向かって歩き出すと、いかにも陽キャな見た目のカップルが前から歩いてきた。
「なあ、今日お前の部屋行ってもいい?」
「えー、私の部屋散らかってるよー?」
「大丈夫、俺がもっと散らかしてやるから。特にベッド」
「もー、えっちー」
チッ、このクソリア充が。
見せつけられてイラついたが、大丈夫だ問題ない。俺には漫画やラノベの世界がある。
三次元の女子はみんな陰キャの敵だが、二次元の美少女は俺の味方だ。
俺が脳内で怒りをおさめていたその時、一人の女子生徒が俺の真横を小走りで駆け抜けていった。
あれ? この甘ったるい香水の匂いは……海山愛莉だよな。
「やばやば……店長に怒られるっ」
海山はご自慢の爆乳をたゆんたゆんと揺らしながら、やけに急いで行ってしまった。
店長……? よく分からないが、そういや海山は放課後に、デートで彼氏とスタバに行くとかなんとか……ってあれ?
おかしい。海山が走っていった方角にはスタバはない。