そもそもうちの高校の生徒なら、高校の真横にある商店街のスターバックスに行くのが自然だ。
しかし海山の走っていった方角は真逆で、スターバックスはない。
いや、どうせ彼氏が別の高校にいるからそっちに向かっているのだろう。どちらにしても俺にとってはどうでもいいな。
それ以上、海山のことは考えず、俺はアニメイトに向かうのだった。
☆☆
高校から徒歩15分の場所にある駅前のアニメイトに到着した俺は、ずっと欲しかったラノベを探しに来ていた──のだが。
「誠に申し訳ございません。ただ今『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』はご好評につき品切れ状態でして」
レジでアニメイトの店員からそう言われてしまう。
俺が好きなWEB小説『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』が、書籍化されたので買いたいと思って来たのだが……まさかの在庫切れ。
さすがWEBで人気の異世界モノ……数万フォロワーを誇る注目作だったから仕方ないか。
俺は肩を落としながら帰路に就く。
アニメイトには限定特典があるので、できればここで買いたかったが……はぁ。
「今日の俺、つくづくついてないな」
電子書籍という選択肢もあるが、休み時間に読みたいし、やっぱ本で買いたいよな。
俺はスマホを使って近くの本屋を検索する。
おっ、人気の少ない裏通りにツタヤがあるな……ここならワンチャンあるかもしれない。
アニメイトですら品切れだったんだ。ツタヤも品切れの可能性がある。
一応、行く前に電話で在庫確認してみよう。
俺はアニメイトを出ると、ツタヤの方へ歩きながら電話をかける。
『はーい、ツタヤでーす』
「あ、すみません。ラノベの……え、えっとそのぉ……『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』って本の在庫を知りたくて」
『お、おぱっ? と、とりあえずりょーかいでーす』
なんかやけにノリが軽い女性店員だな。
それにどこか聞き覚えのある声質……気のせいか?
『えっとー、おっぱいなんたらって本なら残り4冊あるっぽいですー』
「分かりました。わざわざありがとうございます。これから向かいます」
『はいはーい』
ブチッと電話が切れる。普通はお客様が切るまで待つものだろうに。
やけに若い女の子の声だったし、きっと新人アルバイトなんだろう。
俺はバイトしたことないから、大変さはよく分からないしあまり責めないでおこう。
そもそも俺の高校は、許可がないとバイト禁止だから、やりたくてもできないんだけどな。
ツタヤに到着した俺は、そのまま入店する。
ちょうどレジでは店員が何やら作業していたので、俺はそのままレジへ直行した。
「あの、さっき電話した者なのですが……っ!?」
「ああ! お客さん『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』なら……って」
白いブラウスの上に紺色のエプロンを着けたツタヤの女性店員は、俺の顔を見ると一瞬で苦虫を嚙みつぶしたような顔になった。
明るい髪色のツインテと抱えた本の上にどっさり乗っかる胸元の大きな果実。
このおっぱい……間違いない。
「み、海山?」
「うわっ、後ろの席の……」
理由は全く分からないが、なぜか海山愛莉がツタヤでバイトしていたのだ。
海山は彼氏とデート行くんじゃなかったのか?
海山愛莉は放課後、彼氏とデートするから市之瀬たちの誘いを断っていたはず。
それなのにどうしてこんなところでバイトを……。
ツタヤの制服姿で本を持つ海山を見てしまった俺は、啞然としてその場に立ち尽くす。
噓をついていたってことはきっと何かしら深い事情があるのだろうが、俺みたいな部外者には関係のないことだ。
よし。ここは見なかったことにして逃げ──。
逃げようと思って踵を返した刹那──海山は抱えていた本をレジ前に置き、俺の肩を思いっきり引っ張った。
「ねえ、何しに来たの?」
俺を引き留めた海山は、怪訝そうに眉を顰めながら俺の方を睨んできた。
お、俺はただ本を買いに来ただけなんだが!
「もしかして……愛莉がバイトしてるのをみんなにバラすつもり?」
「はあ?」
「い、言っとくけど学校の許可は貰ってるし、校則で決められた労働時間内のバイトだから! 後ろめたいことなんて……何も……」
徐々に顔が曇って、最後には今にも泣きそうな表情に変わる海山。
どうやら海山は、バイトしていることを俺が悪いように広めると思い込んでいるようだ。
オタク陰キャに対する偏見と被害妄想は大概にして欲しいと思うが……まぁ、日頃の行いを考えたら妥当か。
「あの……さ。何か勘違いしてないか?」
どう話すべきか分からずに、俺は辿々しい口ぶりで話しかける。
「お、俺は単にラノベを買いに来ただけで、海山のことは何も」
「お願いだからッ!!」
「えっ……」
「優里亜や瑠衣ちゃんには、このこと……言わないでっ!」
海山は大粒の涙を流しながら必死な形相で俺に頼み込んできた。
「お願い……お願い、だからっ」
な、泣くほどなのか?
ど、どどど、どうしたらっ!
オタク陰キャに女の涙は拭けないぞ!
「──はいはい。アンタら痴話喧嘩はそこまで」
いつの間にか俺たちの間に割って入ってきた金髪ショートの女性店長。
「海山ちゃんさ、バイト中に痴話喧嘩はマジでアウトだから」
「……っ」
海山は嗚咽を漏らしており、反論できないようだ。
いやいや、お前が「こいつは彼氏じゃない」って反論してくれないと場が収まらないんだが……。
「ったく仕方ないなぁ。海山ちゃんは一旦休憩室入って。彼ピくんも付いてきて?」
「え、あ、はい」
俺は場の空気を読んで、反論せずに付いていくしかなかった。
☆☆
レジ裏にあるスタッフの休憩室に通された俺たちは、部屋にあった小さなパイプ椅子に向かい合って座らされる。
こんな所に連れてこられるなんて、まるで万引き犯みたいな扱いだな。
「痴話喧嘩なら、この部屋でごゆるりと〜、あっ、でも休憩時間はバイト代から引かせてもらうから」
金髪ショートの女性店長はニヤリと笑みを残して行ってしまった。