おいおい。海山が泣いたままなのに、置いていかないでくれよ店長。
「ごめん、ね……愛莉のせいで」
「あ、いや、なんていうか、俺もごめん」
俺には謝る必要性が全くないのだが、流れでつい謝ってしまう。
泣いてまで、バイトのことを黙っておいて欲しい理由があるのだろうか。
海山は落ち着いてくると目元の涙を指で払って俺の方を見つめてくる。
あの海山愛莉が、俺を一心に見つめて……。
10文字以内で今の率直な感想を述べるなら『おっぱいでっけえ』。
顔や髪型もファッション誌のモデル並みに可愛いが、おっぱいはグラドルのそれと堂々、いやそれ以上にエロい……って、こんな状況で何を邪なこと考えてるんだ俺は!
すぐに目を逸らし、俺は視線を泳がせる。
陰キャにこの距離で向かい合うのはやはり無理が──。
「愛莉ね、急に怖くなっちゃって」
ここに移動してからあまり会話がなかったが、海山は自分からゆっくりと話し始めた。
「また昔みたいに、貧乏って言われたらどうしようって思ったの」
「び、貧乏……? それってどういう」
俺が聞き返すと海山はグッと唇を嚙んで、また話し始める。
「実は愛莉の家、めっちゃ貧乏なの。小さい頃にお父さん死んじゃって、お母さんが女手一つで育ててくれたんだけど、色々大変でさ。昔からお小遣いとか貰えないから……辛い思いすること多くて」
海山は徐に身の上話を口にした。
それはこれまで俺が思っていた海山愛莉のイメージとは、かけ離れた境遇だった。
想像してた100万倍ほど激重な話が始まったんだが……。
「中学の時にね、友達がみんなお化粧とか始めたのに、愛莉だけ乗り遅れてたくさん辛い思いした。高校からはそんな思いしたくないから、必死にお金貯めてオシャレやメイクもいっぱい勉強して可愛い自分になれたの。おかげで自分でも愛莉が一番可愛いって思ってたけど、可愛い自分を演じるにはお金が要るって現実に直面したっつうか」
なるほど。だからバイトをしてるのか。
今までの海山愛莉はファッションの最先端にいるようなイメージだった。
身に着けている物がすぐに様変わりして、センスに富んだ物ばかり着けていた。
でも、まさかそれほどまでに苦労人だったなんて。
バイトしてる=貧乏とはならないと思うが、本人からしたら気になるものなのだろう。
「べ、別に愛莉は貧乏って馬鹿にされても平気だし! 周りから貧乏って言われるのには、慣れてる……でも、せっかく1年の時から友達になってくれた優里亜や瑠衣ちゃんには、絶対にバレたくないのっ! だから」
どうやら海山はまだ俺が馬鹿にすると思っているみたいだ。
実に心外だ。オタク陰キャの代表として、ここはしっかり言っておかないとな。
「お……俺は! 海山のこと尊敬するっ。馬鹿になんて絶対しない」
「……え?」
「だって俺なんか! 自分で稼いだ金で物を買ったことなんてないわけで……だ、だから、なんていうか、海山は俺なんかより何倍も大人だ。そんな海山を俺が馬鹿にはできないし、絶対にしない」
オタク陰キャの俺にはこれくらいのフォローしかできないが……これで俺が馬鹿になんてしないと伝わってくれればいいが。
「……なんだ、意外と優しいんだね」
海山の顔に、じんわりと笑みが戻った。
これは伝わったということでよろしいか?
「もう愛莉は仕事に戻らないと。本買いに来たんでしょ? ほらなんたらおっぱいって本」
「あっ……忘れてた」
思い出した途端、俺は部屋を飛び出して売り場へと直行した。
☆☆
ない……ないぞ!
俺の『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』がない!
ラノベコーナーでは既に俺の目的のラノベがなくなっていた。
在庫はあったはずなのに……はぁ。
今日は最後の最後まで運がなかったってことか。
「ねえ、お目当ての本あった?」
「……いや、売り切れてて」
「ぷっ、ぷぷっ、あははっ!」
俺が残念そうに肩を落としながら言うと、海山はゲラゲラと笑い出した。
腹立つ……誰のせいでこんなことになったと思ってやがる。
こうなったらやっぱ腹いせにこいつの過去を言いふらして──って、ん?
「これ、なーんだ?」
海山は俺に1冊の本を差し出した。
なんだなんだ?
俺は渋々それを受け取って、その瞬間ハッと目を見開いた。
「こ、これ、『異世界でS級美女のおっぱい吸いまくってチートスキルも吸い上げてやった』の1巻じゃないか」
「これが欲しかったんでしょ? 残りわずかだったから取り置きしておいてあげたの」
マジか。天使かよ……。
腹いせに過去を言いふらすとか思ってた数秒前の俺を殴りたい……。
「もー、取り置きのお礼は?」
「あ、ありがとう……ございます」
ありがたすぎて、俺は敬語になってしまう。
「お礼ってそうじゃなくて」
「え?」
「サービス精神で取り置きしてあげたんだから、その代わり何か奢ってって話」
「は、はあ?」
「愛莉の本性がバレちゃったからハッキリと言っとくけど、愛莉は現金な女なの。だから明日学食で何か奢って?」
こ、この女ぁ。やっぱ天使じゃなくて小悪魔だ! この爆乳小悪魔! ドスケベサキュバス!
「ねえ、キミって名前、なんていうの?」
「えと、泉谷諒太……っす」
「ふーん、諒太ねっ。とりあえず諒太さ、愛莉とLINE交換して?」
「LINE? あ、はい」
俺は言われるがまま、LINEのコードを海山に見せる。
「うん、これで交換完了〜。ありがと諒太っ、明日の昼休み楽しみにしてる〜」
海山に見送られて、俺はそのままツタヤから出……って、おいおいおい!
なんか流れでLINE交換した上に、明日は学食であの爆乳美少女・海山愛莉とランチ!?
俺の平穏……間違いなく終わった。