「だって愛莉、マジで奢ってもらえるとは思ってなかったから。あんなの口約束だし有耶無耶にされちゃうかなーって」
おいおい、全然信用されてないな俺。
いくら陰キャだとはいえ、俺は絶対に約束を守る人間なのに。
「てか、さっきから思ってたんだけどー」
「ん?」
「なんか愛莉たち見られてない?」
ふと周りを見回すと、確かに若干男子たちから殺気と嫉妬のこもった眼差しが俺に向けられている……まぁ、こうなるよな。
海山は自覚がないみたいだが、海山愛莉にはアイドル的人気があり、この高校内に多くのファンがいる。
そんなアイドルが陰キャの俺と向かい合って飯食ってたらスキャンダルどころじゃない。
グッバイ、俺の平穏なスクールライフ……。
「おーい諒太? 聞いてる?」
「えっ! ひゃ、ひゃいっ!?」
俺が周りに気を取られていると、海山から話しかけられる。
「もぉー、無視とかサイテー」
「ご、ごめんなさい。許してください何でもしますから」
「そんなガチ謝りしなくても……ま、いいや」
海山はスプーンで豪快にカレーを食べながら話を始める。
「今朝の話なんだけど」
「う、うん」
「諒太、優里亜と何か話してなかった?」
げっ……あれ見られてたのか。
海山は止まることなく口の中にカツカレーを頰張り、咀嚼してゴクッと飲み込むたびに口を開く。
「話してたというか、軽く会話を交わしただけというか……でもなんでそんなこと聞くの?」
「ああ、諒太って1年の頃は他の組だった? なら知らなくても仕方ないか」
ど、どういう意味か全く分からない。
「優里亜ってね、1年の頃から男子とは滅多に喋らないの」
「えっ? そう、なのか?」
「うん、だから優里亜が諒太と話してるとこ見かけてびっくりしたー」
あの市之瀬が男子とは滅多に話さないなんて……。
市之瀬はギャルだし普通に彼氏とかいると思っていたから意外だ。
「優里亜とは何の話してたの? もしかしてムフフな話だったりー?」
「違う! 俺は市之瀬に『覚えたから』と言われて……」
「優里亜に? どゆこと?」
それはこっちが聞きたいんだが……。
「うーん、覚えたからって何だろうね?」
「俺もできれば知りたいけど……ちょっと……」
ダウナーギャルの市之瀬に陰キャの俺が話しかけるのはあまりにハードルが高すぎる。
「それなら優里亜の親友である愛莉から聞いてあげてもいいけど?」
「ほんとか?」
「あ、でもタンマ! やっぱそれじゃ面白くないから」
海山はカツカレーを完食すると、手を合わせながら俺の方にまたお得意のウインクをする。
「今から特別にイイコト教えてあげるから、諒太から優里亜に直接聞いてみなよ」
「い、イイコト……!? イイコトって、一体……?」
生唾を飲み込みながら緊張した面持ちで聞き返す。
「優里亜ってさ、高校だと基本、愛莉たちと一緒にいるでしょ?」
「え? ああ、そういえばそうかも」
「それだと朝のことを聞きたい諒太にとっては不都合だよね? だって愛莉たちが近くにいたら、諒太は朝の話を切り出しづらいじゃん? 優里亜も優里亜で愛莉や瑠衣ちゃんが隣にいたら、諒太と話しにくいっしょ?」
「そ、それは……確かに」
「そこで! 諒太が優里亜と話すためにも、優里亜が一人でよく行くとある場所を愛莉が教えたげる。諒太はそこに行って優里亜に直接聞いてみたら?」
なるほど、イイコトってそういう。
仮にそれを聞いたとして、最底辺陰キャの俺がギャルと一対一で話すのはハードル高いって。
イイコトっていうから期待したのに……こんなことなら市之瀬のスリーサイズ教えてくれよ。
「あー! 話すのは無理って顔してるー!」
「だって現に無理だし」
「諒太は朝言われた『覚えたから』の意味が知りたいんでしょ? それなら優里亜と一対一で話すしかないよ」
それは海山の言う通りかもしれないけど……やっぱ話せる自信がない。
「諒太さぁ、せっかく近くの席になったんだし、みんなで仲良くしよーよ」
「で、でも。俺は海山たちみたいな存在とは真逆で」
「あのね、諒太はどう思ってるか分からないけどさ、少なくても愛莉は昨日、諒太と話して諒太と仲良くなりたいって思ったよ?」
海山はグイッと俺の方に顔を急接近させながら言う。
「だから優里亜にもできれば諒太と仲良くして欲しいっていうか……とにかく険悪な関係には絶対になって欲しくない、から」
海山の言葉が俺に重くのしかかる。
あの海山がそんなことを気にしていたなんて……。
「それならなおさら海山が俺と市之瀬の間に入ってくれればいいんじゃ」
「それはつまんないからイヤ」
「は、はあ?」
「さあ諒太! 優里亜と仲良し大作戦するよ!」
ええ……なんか、海山に遊ばれている気がするのは俺だけだろうか。
☆☆
その日の放課後。
俺は電車に乗って海山に教えてもらったとある場所に到着する。
ここが……市之瀬が一人でいるという隣町のゲーセンか。
『最近優里亜は水曜日に隣町のゲーセンに一人で通ってるみたいでね? 水曜日はいつもノリが悪いの!』
海山から市之瀬が一人になる場所を聞いた俺は、放課後に隣町の駅まで電車で移動した。
そこまでして市之瀬から放たれた言葉の意味を知りたいわけではないが、俺と市之瀬がギクシャクした関係だと海山が嫌らしい。