営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常

営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常 ④

 おい、俺の足を蹴るな秋津。おおかたサバのの味見をしたいんだろうが、今日は屈しない。後輩の前で情けないところを見せてたまるものか。

 ゲシゲシと蹴られる足を無視しながらサバのを口に運ぶ。ホロホロに崩れる身と濃いが混ざって新天地すら見える。

 魚特有の匂いはによってむしろ白米を進める能力を獲得していた。白髪ネギは味としても食感としても新鮮味をかもしてる。

 白米を口に運ぶ手が止まらない。途中三人の話を聞いて黙々と食べていたら、視線を感じてそちらを向く。いつものように優しく笑った秋津がそこにはいた。

 どうやら後輩ズは席を外しているようだ。


「あんた、ほんとしそうに食べるわよね。ほら、これも食べてみなさいよ」


 そう言うと彼女は俺の皿にだし巻き玉子を一切れ置き、交換条件とばかりにサバを奪っていく。

 固い玉子焼きではなく、がじゅんじゅんとでる柔らかいだし巻きは酒も進むが白ご飯にも抜群に合う。


「ん〜やっぱりサバもしい! 次夜来た時は頼もうかしら、ねぇ?」

「知らん。営業課で打ち上げにでも行ってくれ。俺たちはお前たちのおかげで、もといお前たちのせいで無限残業編が始まるんだから」

「わかってるわよ。ごめんって」


 いつになく素直だな。こういう時、こいつは緊張している。まぁ明日社運をかけた大口案件があるんだから、さすがのエース様も緊張するか。

 励ましの言葉をつむぐ前に後輩ズが帰ってくる。思わずつぐんだ口は後悔してももう開いてくれない。


「わかってるから、ありがとう」


 うれしそうに顔を綻ばせた彼女は後輩二人分の伝票もかっぱらうとさつそうとお会計を済ませて出ていった。

 今回は俺の負けだな。こいつにどきっとさせられるのももう慣れたもんだ。まぁ慣れないから心臓が早鐘を打っている訳だが。

 あせる気持ちはジャケットの内側に隠して、俺は後輩二人と連れ立ってコンクリートでできた我が社、もとい戦場へと足を進めた。


◆ ◇ ◆ ◇


 一夜明けて金曜日、いやもう実は土曜に差し掛かっているんだが。なぜこんな時間にオフィスにいるかと言えば……本日の大口案件は2件とも受託となったからだ。めでたい! いや俺の身体からだはもうボロボロなので何もめでたくないが……。

 後輩二人とお子さんが熱を出した相澤さんは帰宅、俺と先輩の小峰さんだけはこの無駄に広い事務部屋でひたすらに書類をさばいている。

 後輩には基本的に事務仕事を任せており、俺と小峰さんは本来企画担当である。しかし、こういうイレギュラーな際は事務にかかりっきりになるのである。

 まぁ俺担当のイベントは来期だし今はまだ耐えている。下準備もとい根回しは済んでいるしな。


「鹿見ぃ〜さすがに疲れた、休憩行こうや」


 伸びをしながら小峰さんが話しかけてくる。事務エリアから二つ階を隔てた休憩スペースへと向かう。実はうちの会社はフリーアドレス制を導入しており、社内に散りばめられたフリースペースでゆったりと仕事をする社員も少なくない。

 だが事務に関しては営業から急ぎの案件を振られたりするため、すぐに捕まる場所にいて欲しいとの願いから同じ場所に集まって仕事をしている。社内チャットの意義が消失している。どんだけ割を食わされるんだ俺たちは。

 通りかかった経理課も電気がついている。まぁ彼らも俺たちと同じ境遇だよな……なんだったら決算期や期末は泊まり込みも普通らしいし。

 ガコンッと自販機から缶コーヒーが吐き出される。100円でリフレッシュできるなら安いものだ、とプルタブをあけて喉に液体を流し込む。


「はぁ〜〜〜〜」


 張っていた身体からだの緊張がゆるんでいく。目の前の小峰さんも似たようなものだ。


「来週も今日の処理が続きそうですね」

「そうだな……今週よりはマシだと信じようぜ」

「じゃあ来週に飲み会セッティングしますか。お子さんいるし来られないとは思いますが、相澤さんにも声掛けときますね」

「すまんな、頼むわ」


 何食べようかと話しながら事務部屋に戻るが、二人とももう頭が正常に働いていない。

 さて、ただいまの時刻は4時28分。まだまだ始発は動かない。机にだらしなく身体からだを預けた小峰さんの寝息と俺がキーボードを打つ音だけが部屋を支配する。

 そういえば営業課は今日(昨日)は飲み会だっけか。会社を挙げての豪華なお祝い会(経費持ち)は別にするが、とりあえずの祝杯をあげたようだ。あいつちゃんと自分の家に帰ってるよな……酔うと俺の部屋に転がり込むんだよな。

 なんか21時くらいにスマホが鳴っていた気もするがもう記憶の彼方かなたである。

 なんとか週末は休めるところまで仕事を進めると、パタンとPCを閉じる。時刻は6時と14分。電車ももう動いているだろう。

 まだまだ起きない小峰さんの近くにアラーム付きの時計をセットする。7時には爆音で目が覚めるはずだ。


「お先に失礼しま〜す」


 小声でささやくとパタン、と事務部屋の扉を閉める。土曜日の静かな早朝は嫌いじゃない。誰一人いないオフィス街を革靴を鳴らしながら歩いていく。

 まずは寝て、昼過ぎにフレンチトーストでも作るかと考えながら地下鉄へ続く階段を下りた。


 自室の鍵を差し込んでがちゃがちゃと回す。キーホルダーにぶらさがったクラゲともう一つの似た鍵が揺れる。

 扉を開けてすぐに違和感に気付く。あいつ、酔ってこっちに帰ってきやがったな……!

 黒いパンプスを横目に部屋に入ると今日も今日とて自動で照明がつく。

 荷物を置きさっさと手洗いとうがいを済ませて冷蔵庫をチェック、よし、何もあさられてない。眠気がまぶたを下に引っ張るが、俺には朝ご飯を食べるという使命がある。

 二徹明けの身体からだは重い。大学生の頃は徹夜からの講義なんて芸当もできたが、今はもう無理だ。まぁあの時はうるさい食欲モンスターが近くにいなかったからというのもあるが。

 寝室をのぞくとぴーぴーと鼻を鳴らして今回の功労者ことでいすいモンスターが眠りこけている。とんを蹴飛ばしているうえにパジャマが着崩れているところから察するに、調子乗って勧められるがまま酒を飲んだんだろう。

 別に彼女がお酒に弱い訳ではない、弱い訳ではないがアルコールの魔力というものは不思議なもので、判断力を鈍らせる。

 お調子者なあいつは酒が入れば入るほどにさらに酒を飲むのだ。永久機関か?

 ここ数時間コーヒーしか口にしておらずおなかいている俺と、この後のそのそと起きてくる二日酔いモンスターの折衷案だ、豚汁でも作るか。

 徹夜明けの重い身体からだしつげきれいしてエプロンを身につける。

 冷凍庫を開けて、以前時間がある時にささがきにしたゴボウを取り出す。豚汁と言えばこいつは外せない。ごそごそと奥から里芋を救出するのも忘れない。

 後は豚肉か、休日にまとめて買って冷凍しておいたものを解凍する。

 残業しすぎで危うくしなびるところだったニンジンと、上に散らす用のネギをまな板に開ける。


「豚汁なら和食だよな〜」


 独りごつと冷蔵庫の中身とにらいする。あとはじやけとだし巻きだな。

 半月切りにしたニンジン、冷凍里芋、ゴボウのささがきを油を引いた鍋に入れる。野菜は先にいためたほうがしい気がするんだよなぁ。

 軽く火を通すと豚肉を広げながら投下する。肉にも火が通りそうな頃、だし汁を入れていく。

 豚汁を作っている間にキッチン備え付けのグリルにしやけを二枚並べ、焼いていく。朝からぜいたくだ。