営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常

営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常 ⑤

 おわんに玉子を割り入れると、乾燥しいたけからとったうすくちしよう、みりんを少量加えて溶いていく。砂糖を入れるか迷ったが、何となくしょっぱめな気分のためやめておく。たまに豚汁を確認しアクをとることも忘れない。

 四角い玉子焼き用のフライパンに多めの油を引く。油が足りないと焦げるんだよなぁ。だし巻きは時間との勝負だし。

 くるくるっと玉子を巻き上げる。とんとん、と腕をたたいて成形すると表面に焦げ目のないれいな黄色。

 だし巻きをうまく作れた日はなんだか運気も上がる気がする。

 グリルから魚の焼けたいい匂い、豚汁にを溶かせばもう完成だ。時計を見るとまだ7時台。

 寝室から「ん〜〜〜」という間延びした声とごそごそと音が聞こえる。匂いにつられてようやく起きてきたか。

 俺はエプロンを外すと寝室へと向かった。

 ドアを開けるとそこにはベッドの上でミノムシのようにとんにくるまった秋津がいた。目は覚めているのかこちらを見つめている。


「おはよう、ゆうくん」


 有くんか、また昔の呼び方を。高校時代は下の名前で呼ばれてたっけ。


「おはよう、秋津。寝ぼけてんのか?」


 目をしぱしぱすると徐々に焦点があってくる。


「あれ、なんで私ここで寝てるの?」

「それはこっちが聞きたいわ。人の家に勝手に上がり込みやがって」

「私、昨日……」

「あれだろ、営業の飲み。大方酔って俺の家に来たんだろ毎度毎度本当に」


 はっと全てを思い出したのか、秋津がとんの中に埋もれていく。


「おい! 逃がすか!」


 素早くとんを巻きとると、そこにはモコモコのパジャマが。

 暑いだろ、もう4月も終わりだぞ。というか俺の家のどこに置いてるんだこのかさばりそうなパジャマ。


「ひ〜ど〜い! 女の子が寝てるのに!」

「うるせぇここは俺ん家だ! 自分の家に帰って好きなだけ寝てくれ」


 なおも秋津は起き上がらずにとんの上でもぞもぞしている。


「何だかんだここの方が落ち着くもん〜どう? 一緒に住む? もう少し大きい部屋借りて」

「なんでお前と住むんだよ」

「経費節約?」


 それはいなめないんだよな。固定費が安くなるなら……と考えて頭を振る。別に恋人でもないのになんでこいつと住まにゃならんのだ。


「その手には乗らん。朝ご飯作ってるから食ってから帰るか?」

「ありがと! いただくわ! あんたは昨日寝れたの? 私がベッド占拠しちゃってたけど……いつ帰ってきたのか気が付かなかったし」


 こいつ地雷踏みやがったな? 額に青筋が浮かんでる気がする。


「今だが。」

「え……? は? まじ?」


 目をぱっちり開けて秋津が聞き返してくる。


「大マジだ。早く寝たいからさっさと朝飯食って帰ってくれ」


 それだけ言い残し朝ご飯の準備に戻る。後ろからん〜〜〜! と伸びをする声が聞こえる。

 数分後、ダイニングテーブルの上には先程作った品が並んでいた。焼きじやけにだし巻き、つやつやの白米に具だくさんの豚汁、タッパーに入ったたくあんなどなんとも豪華な朝ご飯である。俺からしたら夜ご飯だが。

 しずしずと手を合わせる。


「「いただきます」」


 最初に何を口に運ぶかで性格って出るよな。俺は味が気になる豚汁をすすった。

 が効いているのはもちろん、ほくほくの里芋やサクッとしたゴボウがしい。こうを突き抜ける香りは頭にかかった眠気の霧を晴らしていく。

 いや今から寝るんだけど。

 秋津の方はと言えば、真っ先に箸がだし巻きを目指している。こいつ前からだし巻き好きだよなぁ。

 んもんもとしやくするとぱぁっと顔を輝かせる。どっちがしそうに食べるのやら。


「これしい! ほんとにしい! いこと言えないけどがぎゅっとしてる!」

「おうおうよかった。だし巻きってくできた日は運気が上がる気がするんよな」


 そう言いながら俺も黄色い直方体に箸をつける。プルプルと震えただし巻きは、んだ瞬間じゅわっとあふれてくる。うーん、成功してる、い。


「このしやけしい〜和食食べてる時はほんと日本に生まれてよかったって思うわ」


 頰を緩ませながらぱくぱくと箸は進んでいく。

 こいつもうなんの躊躇ためらいもないな。俺の家で俺の作ったご飯をおそろいのちやわんとお箸で食べてる。

 満遍なく食べ進め、ほぼ同時に食べ終わった俺たちは手を合わせる。


「「ごちそうさまでした」」


 食器を流しまで運ぶとリビングのソファに倒れ込む。だめだ、おなかが満たされて眠気が復活した。なんなら先程よりも強い。

 遠くで声が聞こえる。


「有くん、ごちそうさまでした。そしてお疲れ様、私のためにありがとね。あとは任せてゆっくり休んで」


 妙に安心する声を子守唄に、俺はそのまま意識を手放した。


 目が覚めると外は暗かった。ソファで寝てしまったからか身体からだの節々が痛い。ふと身体からだに薄いタオルケットが掛けられていることに気が付く。こういう不意の優しさが彼女の魅力なんだろう。

 それはそうとあいつが寝る直前何か言ってた気もするが、あまり思い出せない。

 ここからでも休日を満喫しようとスマホを手に取る。あぁそう言えば食器とか片付けとかなきゃな。

 キッチンへ足を進めるとそこにはれいに片付けられた食器たち。秋津のやつ、こういうところはほんとにりちなんだから。

 起き抜け一杯水が飲みたい。そう思って冷蔵庫を開けると見慣れぬ白い箱が。

 取り出してみると、中にはいちごのショートケーキが入っていた。

 スマホのチャットを確認する。


『お疲れ様、ほーんのお礼よ。しいのは保証するわ』


 やはり、というかそれ以外考えられないが、彼女からだった。こういうところがモテて仕事ができる所以ゆえんなんだろうな。

 しかもよく見ると並ばないと買えない店のやつじゃねーか。

 スマホに指を走らせてお礼を言っておく。やっぱり憎めない。

 ダイニングテーブルに着いて丁寧にケーキを開封する。大粒のいちごが載ったショートケーキは、部屋の中でも圧倒的な存在感をかもしていた。

 スマホがブーッと震える。見れば秋津からメッセージが届いている。


『そういえば食器洗ってて思ったんだけど』

『二人分洗うの面倒だから食洗機買わない?』


 ツッコミどころが多すぎる。これはもうどうせいしてる人間の会話なんだよ。

 そもそも二人分洗うのはあいつのせいだし、面倒だからと俺の家に食洗機を増設するのもおかしい。

 だがここは返信に気をつけるべきだ。ここでサラッと「なら買ってくれよ」なんて言おうものなら、あいつがここに住むことを認めてしまうし、秋津の給料なら本当に買いかねない。なんなら明日の日曜日にでも。


『洗い物が面倒なのは肯定するが、食洗機は要らないな。一人分しか洗わないし』

『ぶ──。二人分洗うことになるでしょ? これから』

『断じてならん』


 チャットを返しながらも手はフォークに伸びる。ふんわりとしたケーキの生地に厚塗りされたクリーム、甘さの暴力が味覚を襲う。


『あ、それはそうとあんた大型連休はどうするの?』

『高校の同期に飲み誘われたから実家帰るかな、最後二日はこっちに戻ってくる予定』


 別に大型連休までこいつと会わなくていいだろう。どうせ会社でも会うんだし。


『りょーかい!』


 なにがりょーかいなんだ……。あいつの予定聞くのも怖い。