営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常

営業課の美人同期とご飯を食べるだけの日常 ⑦

「いや、別に近くないけど方向は一緒らしい。さっき課長に聞いた」

「そうなんですね〜! 今度遊びに行ってもいいですか?」

「あ〜〜……。」

「あれ、誰かと一緒に住んでらっしゃるんです? あ、ペットとか?」

「ん〜……まぁどっちも半分正解で半分ハズレかな」


 これ以上は何も答えられないな、と思っているところにちょうどタクシーが。

 運転席に向かってしやくし、手を上げる。少し勢いよくドアが開く。


「ほら、春海さん。家の場所伝えといで」


 ポニーテールな後輩を促す。行き先を告げた彼女は後部座席に戻ってきた。別に前に座ればいいのに。

 タクシーは夜の街を進む。線路と並走するよりも一本中に入った方が早いのか、周りの明かりは少なくなっていく。

 隣を見るとすーっと寝息をたてて春海さんが寝ている。これ着いたら起こさなきゃか。

 相澤さんに連絡しとくかとスマホを開くとメッセージが。


『帰ってきたら話があります。』


 どことなく怒りを含んだメッセージを送ってきたのはご存じ秋津である。なんかしたっけ?

 そう考えているとポコンッとさらにメッセージが。


『やっぱり鹿見くんってポニテ好き?』


 あぁこれ、どこかで春海さんと歩いているの見られたか……? なんだやっぱりって。

 というかなんでこんな数駅離れた場所にいるんだよあいつ。

 秋津からのメッセージを無視して相澤さんにチャットを送る。


『今日はありがとうございました。なんとか駅でタクシー拾って、今春海さんの家に向かっています。』

『お疲れ様、こっちはもう二人を送り届けたわ。それじゃあまた明日、おやすみなさい。』


 スタンプを送ってスマホを閉じる。明日は朝申し訳なさそうな顔をした鈴谷君を見ることになるんだろうなぁ。

 徐々にスピードを落としてタクシーが停車する。一応マンションの入口前まで送りまた明日、と挨拶をして再びタクシーに乗り込む。

 自分の住むマンションから一番近いコンビニをいきさきとして伝えて、後部座席にもたれる。

 恐らくここからだと15分もかからないだろう。仮眠をと俺は目を閉じた。

 先程ドアを開けたせいか、車内には春の匂いが舞っていた。

 なんとか自分の家に帰ってくると、案の定玄関にそろえられたパンプスが目に入る。なぜ合鍵を渡してしまったんだ。

 学生時代よりもお金はあるはずなのに自由がない。

 リビングに入るとクッションをむぎゅっと抱きしめた秋津が座っていた。


「被告、鹿見くん。何か弁解はありますか」

「なーにが被告だよ。意味のわからんチャットを送って来やがって」


 かばんをその辺に置くとジャケットを脱ぐ。ハンガーを手に取り服をかけていると、パジャマ姿の秋津がこちらへ近寄ってきた。


「待って、ネクタイは私が」


 そう言って俺の首元に手を持ってくると丁寧な動作でネクタイを外す。

 淡く塗られたネイル、次いで細い腕、最後に顔が見える。やっぱり何回見てもいいんだよな。


「はい、できた! それでは裁判を始めます」


 床に敷かれたクッションをビシッと指差す。ここに座れということなのか。

 正座になるのもしやくなので胡座あぐらを組む。


「罪状はポニーテールのかわいい後輩とイチャついたことです! 私というスーパー美人がいながらに!」

「全部違うわ。イチャついてないしお前とは付き合ってないだろ」

「む〜〜! そうだけど! やっぱり年下の黒髪でかわいい子がいいんでしょ!」

「春海さんがかわいいことは認めるけど、そんなんじゃないって」

「ほら! かわいいって! やっぱり後輩がいいんだ!!」

「そういうんじゃないって。酔って帰るの大変そうだから送ってっただけだって。相澤さんにも言われたし」


 ここでお前のほうがかわいいと言える口は俺にはない。

 代わりと言ってはなんだが、コンビニの袋から先程買ったあれを献上する。


「わぁ新発売のシュークリーム!」


 目をキラキラと輝かせた彼女は俺の手から光速でシュークリームをもぎ取る。

 おい、潰れるだろうが。


「私これ食べたかったのよね」

「んじゃ、そういうことで。俺はシャワー浴びて寝るからお前もそれ食べたら帰れよ」

「ちょっと待ちなさい、私へのおびを買ってきたってことは申し訳ないと思ってるってことよね」

「なんかよくわからんモンスターの怒りに触れたからお供え物を買ってきただけだ」

「だれがモンスターよ! まぁこのシュークリーム食べたかったし今回は許してあげるわ。ほら、一緒に食べましょ。半分こしたげるから」

「いや、俺自分のは冷蔵庫に入れてきたからあるんよ」

「ほんっとかわいくないわねあんた……。」


 きゅきゅっと音を響かせてから上がる。日中暖かくなったとはいえ夜はまだ冷えるな。

 リビングに戻ると秋津はソファでむにゃむにゃ言っていた。さっきは勢いに負けて何も言わなかったけどこいつなんでパジャマなんだ。

 ほっぺたをつんつんしていると次第に目が開く。


「今日泊まってく……。」


 どうしてこいつは警戒心がないんだろうか。それを許す俺も俺だが。


「わかったわかった。明日も仕事だろ? ベッドで寝ろよ」

「うん、ありがと」


 眠気で少し幼くなったこいつはちょっとかわいい。普段のビシッとスーツで決めた姿を見ているがゆえ、そのギャップは大きい。

 こしこしと目をかきながら寝室へと向かう秋津を見送ると、俺もソファへ身体からだを横たえる。

 さっきまであいつが寝ていたからか、そのざんが離れない。普段は少し離れた距離から香る甘い匂いも、今はダイレクトに鼻を通り抜けていく。寝起きの温かい体温が残るソファに居続けるのも、すぐ近くに彼女がいるかのようで自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 これは寝れねぇな……。長期戦を覚悟しながら、俺は目を閉じるのだった。


◆ ◇ ◆ ◇


 さて今は金曜日の朝、俺はフライパンと対面していた。

 現在時刻は6時と30分。なぜ普段より早起きして朝ご飯を作っているのかというと、今日から休みだからだ。金曜日なのに休んでいいんですか……?

 大型連休の初日、スタートダッシュを切るためにわざわざ早起きして朝ご飯を食べようと思う。

 今日は秋津も朝には来ないはず。というのも昨日は営業課の仲良い同期と飲みに行くとチャットが来ていたからだ。業務中に社内チャットでそんなことを送ってくるな。

 冷蔵庫から玉子を取り出すとボウルに割っていく。最近は値段が高騰してもはや高級食材となりつつある玉子をふんだんに使っていく。

 味付けは塩コショウだけ。トースターに食パンをセットするのも忘れない。

 俺が住むマンションの近くにはとんでもなくしいパン屋さんがある。残業まみれの俺をもってしても食パンの回数券を買ってしまうほどにはしい。

 あ、パンも無くなるし実家から帰ってくる時に買ってこよう。

 温めたフライパンの上で油が跳ねる。火の勢いを落とすと卵液を一気に流し込む。

 はじめはスクランブルエッグを作る要領でフライパンに箸を滑らせる。静かな休日の朝にフライパンを回す音が響く。

 なんで玉子ってこんなにしそうなんだろう、いや実際しいんだけど。

 少し固まり始めたら縁からはがし、奥側に寄せていく。そのまま少し待ってフライパンの丸みを使って形を整える。

 最後に箸を支えにしてひっくり返せばオムレツの完成だ。ツヤツヤと輝きを放つ黄金色のそれを見るとごくっと唾を飲みこまざるを得ない。

 ちょうどパンも焼けたところだ。平皿にパンとオムレツを盛り付けるとダイニングテーブルに運ぶ。おっと冷蔵庫からジャムを取り出すのも忘れない。


「いただきます」


 一人で手を合わせる。オムレツにケチャップをかけると、先程玉子を巻くのに使っていた箸で割る。洗い物なんて少ない方がいいに決まってる。

 中は少し固めの半熟、玉子本来の甘みにケチャップの酸味がよく合う。