いつものように軽く素振りを繰り返した後、手近な石にむかって星輝剣を振り下ろす。ガリッと音を立てて不格好に石が砕け散った。星輝剣と同調さえできればそこらの石など容易に斬り裂くこともできるのだろうけど、その同調をするには何をすればいいのかわからず、教わろうにも言葉で伝えることは難しい感覚的な部分や才能に左右されるらしく、これくらいしか今の僕にできることが思いつかなかった。
きっとレインにでも見られれば「可能性を信じて努力を惜しまないのは立派ね」とか言われるのだろう。可能性は信じている。けれどこれは努力とは少し違う。
こうでもしないと、不安で眠れないんだ。
姉さんは十五歳のときにはすでに星輝剣の使い手として星屑獣と戦っていた。一方僕はいまだ訓練生で、星輝剣と同調すらまともにできない。このままでは姉さんを超えるどころか、どんどん離されていくだけではないかと、不安や恐怖を振り払うために、がむしゃらに星輝剣を振るっているだけだ。
奇跡を起こした人がいた。それが僕の姉さんだった。
姉さんに追いつきたくて、追い越したくて……けど憧れの姉さんは、もういない。
長い時間姉さんの慰霊碑の前で、無我夢中で身体を動かし続けた。
ふと星輝剣を大きく振るうのと同時に、突風に煽られた。ぐらりと視界が流れる。崩れた体勢はどうやら立て直せそうにない。けれど星輝剣は手放したくなくて、僕は肩から地面に落ちた。たかが突風で体勢を崩すほど、疲れきっていたらしい。
芝の上に転がって、呼吸を整える。
眼前に広がる空では無数の星が輝いていた。
あのすべてがいつ落ちてくるかもわからない、星屑獣となりうるのだ。
昼間僕が口にした『地上を取り戻すこと』など不可能かもしれない。地上の星屑獣をすべて倒しても、いずれ空から降ってくる。空にはこれだけの星があり、目には見えないところにも星はあり、そのすべてを倒すなんて途方もないことだ。
「それでも……やるって決めたんだ」
力を込めて僕は起き上がる。
ふと視界の端で光が流れていくのが見えた。
頭上で移動しているのは星の光ではない。目測で高度はここからおよそ千メルほど。空を飛ぶ飛行艇による夜間飛行の明かりだった。
現在、この空の上には東西に伸びるように大小数十の星浮島が浮いている。僕がいるのは、人が多く住む東部第1星浮島。その他にも農業生産用の島や、自然が多く観光地となっている島、まったく人の住んでいない島などもある。それぞれの島はおよそ五百メルから千メルほどの距離を保ってまとまって浮いており、島同士のやりとりを空を飛ぶ飛行艇が繫いでいた。
この飛行艇も星浮島同様にかつての地上の人々が造ったものである。星核を動力に浮力を得て、翼や帆に受ける風を頼りに空を飛ぶ。あくまで気流に乗って飛んでいるので、飛行距離には制限があり、また極端な高度の上げ下げもできないので、地上に行って星浮島まで帰ってくるなんてことはできない。
農作物や物資の運搬など、各島との往来は、空の上で生きる僕らの生活を支えるのに必要不可欠であり、技術者たちは血眼になって飛行艇の解析を進めた。おかげで地上で造られた飛行艇ほどの性能は有さなくても、各島同士を繫ぐのに支障がない程度の飛行艇なら、空の上でも造り上げることに成功していた。
しかし現在僕の頭上を飛んでいる飛行艇は、普段見かける運搬用の飛行艇よりも遥かに速度が速い。あの速度で飛べる飛行艇は、空の上の技術で造ることはできない。
かつての地上で造られた高速飛行艇『アクイラ』。
防衛軍所有の飛行艇であり、第二特務隊の専用飛行艇だった。
「ギニアスが……本当に来てるんだ」
ギニアス・ライオネルという名は、僕の中では五年前に姉さんの跡を継いだ憧れの人の名だ。
けれど世間にその名が知れ渡ったのは三年前のこと。
ある日、農業生産用の星浮島に巨大な星屑獣が落ちた。島のほぼ真ん中に落ちた星屑獣は、外縁部まで誘導して落とすには被害が広がりすぎるため、軍は第二特務隊に殲滅を命令した。
だがギニアス率いる第二特務隊は、星屑獣を倒すことができなかった。強大な星屑獣を相手に犠牲ばかりが増え、またその星屑獣が短距離なら飛行できることもわかり、他の島への被害の拡大を危惧した軍は、島の星核を破壊して島ごと星屑獣を地上へ落とす決断をした。
おそらく最善の策だったのだろう。
しかし彼らの行いは批判の的となった。落としたのが農業生産用の島であり、一時は空の上全体で食事制限がかかるほどの食糧難に見舞われたのが原因の一つ。だが批判の根幹にあったのは、星屑獣を倒すための部隊が星屑獣を倒すことができなかったということだろう。
空の上なら、降ってくる星屑獣にも対処できる、という概念が崩されてしまった。
僕らは星屑獣に対してあまりに無力で、この空の上の生活にもいずれ終わりが来る。世間にそう痛感させるほどの出来事だった。
「でもなんでこんな夜中に飛んでいるんだろう?」
不思議に思いながら高速飛行艇アクイラの進路に目を向けてみると、夜闇を裂くような赤い光が尾を引きながら流れているのが見えた。赤い光はこのままいけばアクイラと交錯する軌道で……しかもあの赤い光は他の飛行艇の明かりじゃない。
星屑獣が降ってきているのだ。