「けどあの軌道なら星浮島には落ちてこないような……警報も鳴ってないし」
朝から晩まで天体の監視に目を光らせている軍の観測隊により星屑獣の落下はある程度予測でき、おかげで星浮島に落ちてくる可能性がある場合は即座に警報が鳴る仕組みになっている。
現在、僕が肉眼で捉えている赤い光はおそらく落下軌道が星浮島から逸れているため、危険性はないと判断され警報が鳴っていないのだろう。
ならばなぜ、高速飛行艇アクイラが星屑獣に向かっているのか?
頭上ではアクイラと星屑獣の距離が徐々に近づいていく。だが二つがぶつかるより早く、アクイラから一筋の光が飛び出した。白銀の光は矢のように真っ直ぐ伸び、星屑獣の赤い光と衝突すると、星屑獣の輝きが散った。
一瞬の出来事だった。
落下する星屑獣を空中で斬ったのだ。
「すごい。あれが第二特務隊の……姉さんの跡を継いだギニアスなんだ」
輝きの強さからしてたいした星屑獣ではなかったと思う。しかも放っておけば勝手に地上に落ちるような星屑獣だ。
それでもわざわざ倒しにいったのは、おそらく星屑獣の星核を回収するため。
たぶんギニアスも僕と同じ考えなのだ。
星屑獣の星核を集めれば、より多くの星輝剣が造れる。星浮島の星錬技術も向上する。それはやがて地上を取り戻すことに繫がる。
姉さんの跡を継いだギニアスが僕と同じことを考えてくれていたと思うと、なんだか嬉しかった。
「……あれ、噓でしょ?」
頭上を見上げていた僕だけど、違和感に目を凝らす。
星屑獣を倒した白銀の輝きは消失し、かわりに黒い影がこちらにむかってみるみる大きくなってくる。影は人の形をしていて、真っ逆さまに落ちているように見えて、
「もしかして、ヤバいんじゃ……」
信じられない想いを抱きながら次の瞬間には僕は走りだしていた。
落下地点に入って上空へ目を向けると、逆さまに落ちてくる影に再び光が灯る。
なにやら剣を振りかぶる姿勢をとっていた。
怪訝に思う間もなく影が地上に向けて剣を振りぬき、光を放つ。
直後に大地を叩きつける風圧が僕の全身に襲いかかってきた。微かに目を見開くと風圧を利用して減速した影が眼前に迫っていて、咄嗟に僕は腕を広げて受け止める。
けれど打ちつける風に体勢を崩されていた僕は、あえなく落ちてきた人もろとも地面を転がった。
少しでも着地の衝撃を和らげることができていればいいのだけれど……そっと腕の中を覗きこむと、その人と目が合った。
ギニアスではなかった……女の子だった。
とても綺麗な、女の子だった。
年齢は僕と同じくらい、十五、六歳だろうか。
全体的にほっそりとした身体に、小さな頭がちょこんと乗っている。長い銀色の髪が絹糸のように柔らかく彼女を包み込んでいた。
腕の中の彼女は、僕の顔を見てぱちぱちと目を瞬かせていた。
途端に顔が熱くなる。女の子を抱きしめていることに気づき、僕は慌てて腕を離した。
立ち上がった彼女がぱんぱんと軽く服をはたく。風に吹かれて銀色の髪がふわりと揺れていた。彼女の表情は凜として、真っ白い肌は星の光を透かしているかのようだ。
「ええと……その、大丈夫? 結構な高さから落ちてきたけど」
彼女の身体を心配すると、彼女はわずかに小首を傾げた。
「受け止めてくれたの? どうして?」
「どうしてって……女の子が困ってたら助けるでしょ」
「え?」
意外そうに目を見開いて彼女は僕を見る。
もしかしたら困っていなかったのかもしれない。さきほども彼女なりに着地する算段があったようにも思う。だとしたら余計なことをしたかも……。
しばし気まずい沈黙の後、彼女は戸惑いがちに口を開いた。
「私のことも?」
「そ、そりゃあもちろん。困っているなら助けたいと思うのは当然でしょ」
「困ってはいないわ」
「あ、そう……」
「でもやるべきこと……私がやらなきゃいけないことならある」
「やらなきゃいけないこと?」
わずかな間をおいて、彼女はすっと真っ白な指先で夜空を指さした。
「星屑獣を倒して、いつか星になる」
「へ?」
暗い空には無数の星の輝きがちりばめられていて、
「あの空にあるどの星にも負けないくらい、一番輝きたいの。それでみんなを笑顔にできたらいいな」
透徹とした表情で彼女は夜空の星々を見上げていた。
不思議な雰囲気を醸す女の子だった。けれど、言いたいことはわかる。
星輝剣の使い手の強さは、引き出す輝きの強さに比例する。
空に輝く星屑獣よりも強く輝く存在となって、みんなを守りたい。僕と同じだ。
「僕はリュート。キミの名前は?」
「……私は、カリナ」
少女はカリナと名乗った。彼女の銀色の髪が風に揺れると、星明かりを受けてキラキラ輝いているように見えた。
すぐそばにある彼女と一緒に落ちてきた大振りの剣を、僕は指さし尋ねてみる。
「それ、星輝剣だよね?」
「そうだけど?」
見たこともない白銀の刀身。さっきまで僕が同調の練習に使っていたものとは違う、正真正銘の星輝剣だ。
彼女がさきほど落下する星屑獣を倒したのは間違いない。考えられるのは……。
「ギニアスと同じ第二特務隊の人?」
尋ねると彼女はコクリと小さく頷いた。
「今日は星が綺麗に見えたの」
「星が、きれい……どういうこと?」
そんなふうに考えるのは、もう長い間忘れていた気がする。
空にある星はすべて、いつ星屑獣として落ちてくるかもわからない敵だと思っていたから。
青い瞳に星の瞬きを映しながら、カリナは薄い唇を引く。