女子校の『王子様』がバイト先で俺にだけ『乙女』な顔を見せてくる

一章 雀桜の『王子様』 ④

 ────そのしゆんかん、俺の中でスイッチが入る。そうプログラムされているみたいに、自然とがおわる。たちばなさんがイケメンだとかそういうことは頭の中からすっ飛んでいく。今目の前にいるのは一人の『お客様』だ。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「あ、えっと……二人かな」

「二名様ですね。それではご案内いたします」


 片手をあげ、まどぎわの少し小さめのテーブル席へ案内する。足音でたちばなさんがついてきているのが分かった。


「こちらの席でお願いいたします。ごゆっくりどうぞ」


 自然と下がっていた頭を上げると、たちばなさんが不思議そうな目で俺を見ていた。何か変だったかな。


なつ、なんだか急に人が変わったね?」

「そうかな?」


 確かに仕事モードにえたけど、そこまでのちがいはないと思うんだよな。


「全然ちがう。がおなんか見せちゃってさ」

がおは接客の基本だから。たちばなさんもがおで接客するんだからね」

「それは任せてくれ。がおは得意分野なんだ」


 そう言ってたちばなさんは雑誌の表紙みたいなしようかべる。かっこいいけど何かちがう気もした。それはおもてなしのがおではなく、だれかをりようする時のがおなんじゃないだろうか。さっきのOLに見せた日には、きっととんでもないことになる。



 正直に言えば、たちばなさんがちゃんと接客できるのか、かなり不安だった。いきなりお客様に手をるなんて、そんなことは俺の常識にない。話し方もちょっと変わっているし、果たして俺の見本通りにやってくれるかどうか。

 ────と、思っていたのだが。


「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」


 にこやかであいのいいみをかべたたちばなさんが俺をむかえた。人が変わったような態度に思わず言葉がまってしまう。


「っ、三人で」

「三名様ですね。それではご案内いたします」


 りゆうれいな動作で歩いていくたちばなさんの背中を、俺はおどろき半分、感心半分の気持ちで見つめる。

 どうやらたちばなさんは、一度俺の接客の仕方を見ただけでかんぺきにマスターしてしまったらしい。それは本当にすごいことだ。つう、言葉は覚えられても、きんちようしてすらすらと口から出てこない。


「こちらの席でお願いいたします。ごゆっくりどうぞ」


 たちばなさんがぺこりと礼をする。俺はたちばなさんが顔を上げるのを待ち、はくしゆを送った。


すごい、すごいよたちばなさん。かんぺきだ」

「そうかな? それはうれしいね」


 たちばなさんは王子様モードにもどっていた。つい、言ってしまう。


「まさかつうに接客できるなんて。てっきり王子様モードでやるのかと思ってたけど」

「ほう?」


 俺の言葉に反応して、たちばなさんはちようはつ的な目を俺に向けた。マズいと思ったがもうおそい。かたに手を乗せ、耳元に顔を近付けてくる。


「────これでやっていいなら、そうするけど?」


「っ!?」


 耳がイケボにじゆうりんされ思わず後ずさる。いつしゆんの出来事で何が起きたのか理解が追い付かない。ただひたすらにドキッとした。注意しようと顔を上げると、たちばなさんはいたずらが成功した子供のようなみをかべていた。


「そ、それでやっていいのは友達が来た時だけ! あとはつうに今の感じで接客すること。分かった?」

「はーい。りようかいしたよ、なつ


 俺がつい言ってしまったその言葉のせいで、まさかあんなことになるなんて────この時の俺は全く予想していなかった。



「はあああっ!? おいなつっ、それマジかよ!?」

「ちょっそう、声デカいって」


 すぐにでも言いたい気持ちをなんとか昼休みまでまんし、俺は昨日の出来事をそうに打ち明けた。おどろくだろうなとは思っていたけどそうのリアクションはそれ以上で、食べていたごはんつぶがこちらに飛んできてテーブルに着地した。あとが付く前にティッシュでさっとふき取る。


「わ、悪い……でも流石さすがにびっくりするって。なつは昨日知ったのか?」

「実は一週間前くらいから知ってたんだけどさ。うわさになったら困るから言わなかったんだ」


 自然とひそひそ声になる俺達。そうの大きな声でこちらに注目していたクラスメイトも、これ以上情報が耳に入ってこないとさとるや興味を失ってそれぞれの会話にもどっていく。


「なるほどな……で、どうだったんだよ?」

「どうだったって?」

「見た目だよ見た目。マジで『王子様』だったのか?」

「それはまあ、うん。見た目というか……存在自体が。俺達がじやくおう生から相手にされないのも仕方ないって感じたね」


 俺の言葉に、そうが推理を始めたたんていのようなしんけんな表情になる。


「なんだよそれ、めちゃくちゃ気になるじゃん。俺、見に行こっかな」

「いいけど、ちゃんと売上にこうけんしてくれよ。今日だったら俺もたちばなさんもシフト入ってるけど」

「お、じゃあ行くわ。ポテトいい感じにたのむぜ?」

「あいよ。分かってると思うけど、この話は秘密だからな?」


 そうよう生の中には一方的に『じやくおうの王子様』をライバル視している人間も少なくない。変なふんになってお店に来られてもめんどうだし、たちばなさんにめいわくがかかってしまうかもしれない。


「分かってるって。でも、だと思うぞ? うわさなんてすぐに広がっちまうからな」

「それでもだよ。自然にバレるならそれはもう俺の責任じゃないからね」


 というか、すぐにバレるんだろうなと思っている。たちばなさんのまとうオーラはどう考えてもなんのへんてつもない街のファミレスであるサイベリアには相応ふさわしくない。きっと「ものすごくイケメンな店員がいる」とかうわさになって、それがあの『じやくおうの王子様』だということは、一か月もすればそうよう生の耳にも入ってしまうんじゃないか。



 そんなわけで、たちばなさんがサイベリアで働いていることはいずれそうよう生全員の知るところになるんだろうな──と考えていたんだが。


「な、なんだこりゃ……?」


 人。

 人。

 人人人人人人人人人。

 放課後サイベリアにやってきた俺達は、ホールをくさんばかりの、いや実際にくしてちゆうしや場まではみ出している人だかりに足を止めた。