女子校の『王子様』がバイト先で俺にだけ『乙女』な顔を見せてくる

一章 雀桜の『王子様』 ⑤

「おいなつ、サイベリアって何かフェアでもやってるのか?」


 そうもびっくりした様子で人だかりをながめている。


「いや、そんな話はなかったと思うけど……」


 たとえあったとしても、こんなさわぎになるはずがない。ちがいなく俺がサイベリアで働き始めてから一番の混雑具合だった。

 あつられながらも人だかりを観察してみると、あることに気が付く。


「これ、全員じやくおう生じゃないか……?」


 そう、人だかりを形成している全員がじやくおうの制服を着ているのだ。どうやらじやくおう生の集団がなんらかの理由でサイベリアに押し寄せているらしい。

 …………いやな予感がした。


「悪いそう、今日ナシでいいか? 俺ちょっと行ってくるわ」

「お、おう……バイトがんってな……?」


 こんわくしているそうを置いて、俺はバックヤードにした。



「おおなつ! マジでいいところに来た! 悪いけど今すぐ入れるか!?」


 バックヤードに入ると、れいとうあさっていたせんぱいそうさんがガッチリとした筋肉質の身体からだらしてこっちに向かってきた。いつもはピークタイムでもゆうでキッチンをさばいているそうさんがこの様子ということは、きっと中はごくだ。いつしゆんじようきようを理解し急いで手を洗う。


「手洗ったらすぐ入ります。ホールでいいですか?」

「おう、悪いけどたのむ! あのかっけえ新人の子が一人でがんってるから助けてやってくれ!」

「ええっ、一人ですか!?」


 まさかのじようきように思わず聞き返してしまう。たちばなさんはまだ教育すら全然終わっていないのに。


「キッチンが全然人足りてなくてよ。そしたらあの新人が『ボクに任せてくれ』って出ていったんだ。そういうことだからマッハでたのむわ!」


 そう言い残して、そうさんは勢いよくドアの向こうに消えていく。


「……だいじようかな、たちばなさん」


 昨日教えたのは案内とバッシングだけだし、案内に関してはまだ実際にお客様相手にやってもいない。とにかく不安だ。俺は急いでスーツにえると、ホールに飛び出した。


「おはようございます! 今日も一日よろしくお願いします!」


 俺をむかえたのはあらしのような黄色いかんせいだった。


一織いおり様っ、こっちにもスマイルお願いしますううううっ!」

「あっあっマジ無理尊すぎ死ぬ」

「写真……写真らなきゃ……今日れなかったみんなのためにも……!」


 ホールをくすじやくおう生に思わずたじろいでしまう。勝手知ったるサイベリアが、今はまるでじやくおう高校そのものになってしまったようだった。とてつもないアウェー感に背筋がビリビリとしびれる。

 そして────その中できようれつな存在感を放っている存在が一人。


「ふふ、全く仕方ないねこちゃん達だね。あまりボクを困らせないでおくれよ?」


 スーツ姿のたちばなさんが、たくさんじやくおう生に囲まれながら、ラムネみたいにさわやかながおを周囲にりまいていた。背の高いたちばなさんは女の子に囲まれていてもどこにいるかすぐに分かったし、表情もはっきりと見えた。


「…………な、なんだこりゃ」


 いつしゆん、アイドルのライブ会場にでも来てしまったのかとさつかくする。それくらいたちばなさんはかがやいていて、みなの目はハートマークになっていた。


「ほら、みな席にもどってくれるかな。店のめいわくになってしまうからね」

「分かりました……」

一織いおり様、絶対私達の席に来てくださいね?」


 たちばなさんの一言で、じやくおう生達が名残なごりしそうにそれぞれのテーブルに散っていく。

 そして、残されたたちばなさんと俺の目が合った。俺に気が付いたたちばなさんがゆうぜんとした足取りで近付いてくる。二日目にしてすでに「慣れ親しんだ我がサイベリア」といった風格だ。


なつ。来てくれると信じていたよ」


 たちばなさんは相変わらずイケメンで、近くで見るとやっぱりドキッとした。ここまで顔が整っていると性別なんて関係ないのかもしれない。いや、たちばなさんはれっきとした女の子なんだけどね。

 ……それはそれとして。


「今ってどんなじようきよう? 何か困ってることとかある?」

「今のところは問題ないよ。案内は昨日なつから教えてもらったからね」


 ざっと周囲をわたしてみると、まだどのテーブルも案内したてのようだった。そうようじやくおうも下校時間はそう変わらないだろうから、俺と同じくみな来たばかりなんだろう。

 ……キッチンがてんやわんやするわけだ。つうはこの時間から夜のピークタイムに向けて色々準備し始めるのに、いきなり夜でもありえないようなピークタイムにとつにゆうしたんだから。


「実は今日、学校で知り合いにアルバイトを始めたと打ち明けたんだ。そうしたらいつの間にかうわさが広まってしまってね。このありさまというわけさ」


 たちばなさんが軽く両手を広げた。そんな一挙手一投足を各テーブルからみなが見守っている。カメラアプリのシャッター音がいくつもひびいた。


「うちの生徒で席がまってしまったけれど、もしかしてめいわくだったりするだろうか? もしそうなら心苦しいがボクがみなに伝えるよ。だいじようみな聞き分けのいい子達だから」


 言葉の割に平然とした表情でたちばなさんは言う。本当に心苦しいと思っているんだろうか。もしくは自分の言葉は絶対に理解してくれるという自信があるのか。おそらく後者だろう。


「それはだいじよう。テスト前は学生でまったりするしね。ちゃんと注文してくれれば問題ないよ。ドリンクバーだけで数時間ねばられたりしたらちょっと困るけど」

「そうか、それは安心した。ならたくさんたのんでくれるようにみなにお願いしておくよ」


 それはそれでキッチンの人が困るだろうな────そう思ったけど、たちばなさんを前にして俺は何も言えなかった。


 そんなわけでとつじよおとずれた激動の一日はおどろくほどいつしゆんで過ぎていき、気が付けば退勤の時間になっていた。時間がつにつれじよじよに数を減らしていったものの、まだ何人かのじやくおう生がそれぞれのテーブルからたちばなさんに熱い視線を送っている。門限はだいじようなんだろうか。