女子校の『王子様』がバイト先で俺にだけ『乙女』な顔を見せてくる

一章 雀桜の『王子様』 ⑧

「────俺は君の教育係だから。たちばなさんを守ってあげるのが俺の役目だと思うんだ」

「…………そうか」


 信号が青になった。どちらからともなく俺達は歩き出す。

 ふと気になって横目にたちばなさんの顔をかくにんすると、ほおに信号の赤色がまだ残っていた。


 この一週間でそうよう生の間でも『じやくおうの王子様』が俺のバイト先で働いていることはうわさになっていた。今のサイベリアはじやくおう生のたまり場になってしまっているのでそうよう生が押しかけてくることはなかったけど、その代わりに俺は一つのミッションをたのまれてしまっていた。


そうようじやくおうの歴史?」

「うん。たちばなさん、そういうの知ってるかなって」


 いわく、両校は学校ぐるみで仲が良く生徒の交流も深いとか。

 いわく、そうよう生とじやくおう生のカップルはいつまでもラブラブで上手くいくだとか。

 そういうことを果たしてたちばなさんは知っているんだろうか。全く興味なさそうだけど。


「それはあれかな、何年に創立したとかそういう歴史?」

「いや、そうじゃなくて。どう言ったらいいかな……」


 れんあい系のぞくっぽい話をたちばなさんにするのは、なんだか神聖な存在をけがしてしまうような気がして、俺は言葉をげなくなる。そんな話を一織いおり様に聞かせないでよ、とその辺りのしげみからじやくおう生が飛び出してきそうだ。

 俺が何も言えないでいると、たちばなさんが代わりに口を開いた。


「もしかして、じやくようカップルのことかな?」

「……知ってたんだ」


 これは意外だった。たちばなさんはそういう下々の者が好きそうな話に興味がないと思っていた。


じやくおうみながこう言うんだ──私、そうようなんてどうでもいい。一織いおり様さえいればそれでいいんです──ってね」

「ああ……やっぱりそういう感じなんだ」


 この一週間でじやくおうの空気がこれでもかってくらい理解できた。そしてそれを引き起こしているたちばな一織いおりという人間のりよくも。正直言って、そうようの男子を全員集めてもたちばなさんのりよくかないっこないだろう。


「もしかしてボクのせいでそうよう生はさびしい学生生活を送っていたりするのかな」

たちばなさんのせいかは分からないけど、例年よりカップルが少ないのはちがいなさそうだね」


 俺はうそをついた。ちがいなくたちばなさんのえいきようだし、正確には少ないのではなくゼロだ。

 駅前が近付き、人通りが増え始めた。すれちがうサラリーマンや学生がみなたちばなさんを見ておどろいたような顔をする。女子高生にしてはかなり背が高いし、何より顔が整い過ぎているからだろう。その子はお前の彼女なのかとさぐるような目が俺に向けられることもあった。安心してください、俺とたちばなさんはただのバイト仲間です。


「そうだったのか。でもボクは謝らないよ。それはみなの気持ちに失礼だと思うから」

「うん。たちばなさんは何も悪くないよ。これはそうよう生のりよくが足りてないってだけの話だから」


 話はこれで終わり──のはずだった。俺が無理難題を押し付けられてさえいなければ。


「…………実はさ、来月にそうようさいっていうイベントがあるんだ」

そうようさい?」

「早い話が体育祭なんだけどね。例年じやくおうの生徒がたくさん見に来てくれて、すごにぎわうらしいんだ。じやくようカップルのほとんどはそうようさいでできるって言われてるくらいでさ」


 ちなみに去年はすでに女っ気かいだった。ということは、当時一年生のたちばなさんは入学一か月かそこらでじやくおう生全員の心をわしづかみにしたらしい。


「なるほど、このままではそうようさいが盛り上がらないというわけだね」


 なつとくしたようにたちばなさんが言う。ここからが本題だ。


「情けないことにね……実は俺とたちばなさんが同じバイト先で働いているのがそうよう生にバレてさ。なんとかならないかってお願いされちゃったんだ」


 我ながら、何様なんだと思う。俺とたちばなさんはまだ知り合って一週間しかっていない。友達でもない。断じてたのみごとをできるような関係ではなかった。


「申し訳ないんだけど、たちばなさんの力でなんとなったりしないかな?」


 変なことを言っている自覚はあるけど、流石さすがに全校生にお願いされては動かないわけにもいかない。まあ断られたら断られたで「無理だった」と報告するだけだ。

 ……多分断られるだろうし。協力する理由がたちばなさんには何一つない。


「うーん、そうだね……」


 たちばなさんは考え込むようにあごに手を当てる。駅はもう目の前だ。たちばなさんが何線かは分からないけど、きっと改札で解散することになる。


なつはどう思ってるんだい?」

「え?」


 駅舎に入ったところでたちばなさんが口を開いた。スマホをいじっていた近くのサラリーマンがいつしゆんだけ俺達に視線を向けるのが分かった。たちばなさんを見ておどろいたような表情になり、すぐに顔をめてスマホに目を落とした。たちばなさんはどこにいても目をくんだな。


みなたのまれたと言っていたじゃないか。そういうことではなく、なつ自身がどう思っているのかを知りたいんだ。そうようさいじやくおう生がいた方がなつうれしいのかい?」


 たちばなさんが俺を見る。切れ長のひとみめられ、顔が動かせない。


「…………そうだね。その方ががんれると思う」


 なんとかした俺の言葉に、たちばなさんはか満足そうにうなずいた。


「そうか。ならその件はボクがなんとかしよう」

「えっ、いいの?」


 おどろいた。まさか引き受けてもらえるなんて思っていなかった。


「でも、一つ条件がある」

「条件?」


 一体何をお願いされるんだろうか。たちばなさんにたのまれることなんて、何一つおもかばない。


「────そうようさいなつのかっこいい姿をボクに見せること。当日、期待しているからね」