神々が支配する世界で〈上〉

【1】邪神の標的 ①

 世界は我々が暮らすこの宇宙一つではない。

 たどってきた歴史だけでなく物理法則からしてかけ離れている宇宙もあれば、つい最近まで同一の歴史を歩んできた世界もある。

 これはそういう、同一の物理法則に支配され歴史のほとんど──西暦一九九九年六月までの歴史を我々と共有した世界の物語。

 その宇宙に存在するもう一つの地球は、西暦一九九九年七月十四日から十五日に掛けて、地球外知性体の一斉攻撃を受けた。日付がまたがっているのは、日付変更線の東西に関係なく、世界中が同時に攻撃されたからだ。

 この第一撃による死者は攻撃の規模に対して、ごくわずかだった。

 地球外知性体は地球の技術をはるかに超えるひとがたの兵士と浮遊砲台を物質転送技術により世界の主要都市に送り込むことで、各国政府中枢をほぼ無血制圧したのである。銃弾も爆弾もミサイルも、オーバーテクノロジーの産物であるひとがた兵士と浮遊砲台には通用しなかった。

 この日の犠牲者は政府が無謀な抵抗を命じた独裁国家で発生したのみであり、多少なりとも民主的に運営されていた国々では地球のテクノロジーが通用しないと判明した時点で国民の保護にかじを切った。

 しかし残念ながら、地球外知性体の侵略は最小の犠牲で終わらなかった。

 ゲリラ戦術による抵抗が世界各地で勃発したからだ。

 無秩序な抗戦は政治的指導者のせんどうで発生したケースも少なくなかったが、それ以上に、宗教的な熱に突き動かされた集団によるものが多かった。

 この事態を招いた原因はおそらく、侵略者の自称にあった。

 地球外からの侵略者は、『神々』を名乗ったのだ。

 聖戦と化した抵抗は直接、間接に十万以上の人命を犠牲にした。

 しかしその無く、グリニッジ標準時一九九九年十二月三十日、地球は神々によって完全に制圧された。圧倒的と言うも愚かな、まさに次元が違う技術力を持ちながらなぜ制圧完了に半年も掛かったのかについては「神々が人命の損失を避けようとしたからだ」というのが定説になっている。

 武力制圧完了後、神々は一年を掛けて地球統治のシステムを構築した。彼らは地球人を直接支配しようとせず、国家の枠組みを温存し各国政府を通じて統治する形態を採用した。神々に対する無謀な抵抗を命じなかった政府については、そのまま存続することを認めた。

 そして西暦二〇〇一年元日のグリニッジ標準時正午、神々はその統治の始まりを宣言し、まず手始めに世界が変わったことの象徴として暦をしんれき元年と定めた。

 そして神々は、全人類の心に直接メッセージを送った。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 神々が全人類に向けて直接メッセージを放った時、古都こみやしゆうすけは四歳だった。

 物心付いたばかりの幼児には難しい内容だったが、二十一歳になった今でも心に直接響いた神々の言葉をはっきり覚えている。

 ──我々は『神々』である。

 ──だが我々は君たち地球人が思い描く宗教的な存在ではない。

 ──我々は数多あまたの次元にまたがる文明を築き、精神生命体に進化した知性体である。

 ──我々はこの星の造物主ではないが、星を創造し生命を創り出す能力を持つ。

 ──我々は信仰を強要しない。君たちには宗教的な自由を保障する。

 ──我々の要求はただ一つ、我々『神々』の軍勢に加わる戦士を提供することのみ。

 ──次元間文明を築いた知性体は、我々だけではない。

 ──我々は邪悪な知性体『邪神群』と長きにわたり闘争を繰り広げている。

 ──恐れる必要は無い。邪神と戦うための力は、我々が授ける。

 ──君たちは我々が用意する「よろい」に適合する者を、我々『神々』にささげるのだ。

 ──さすれば我々は、地球に加護を与える。

 神々は地球人類にこう告げた。

 そしてその言葉どおり、神々の力を宿したよろいじんがい』を人類に与え、これに適合する人間を選び出し育成する社会制度を定めた。

 しゆうすけもかつては、しもべに選ばれたじんがいの適合者だった。

 しかし、今は……。


しゆうすけ、何を考えている?」


 いきなり話し掛けられたことより不意に生じた圧倒的な存在感に、しゆうすけは振り向き、片膝を突いてこうべを垂れた。

 いきなり、ではあったが驚いたわけではない。しゆうすけがこの部屋にいるのは、話し掛けてきた相手に呼ばれたからだった。


「我が神、アッシュ」


 うやうやしく、だがへりくだり過ぎていない口調でしゆうすけがその存在の名を呼ぶ。


「おいおい、しゆうすけ。そのようにおおな儀礼は不要だと、何度も言ってあるだろう? 私たちはと共に戦う同志なのだから」

「しかし……」


 しゆうすけはいの姿勢を崩さないのは敬意やそんすうばかりが理由ではない。このモノトーンの衣服に身を包んだ、一見二十代半ばの中肉中背の美青年からにじる存在感に圧倒されているからでもあった。

 それも、無理のないことだ。

 しゆうすけが「我が神」と呼んだように、この美青年『アッシュ』は人間ではない。

 アッシュは地球人と同じ姿を取っているが、その正体は神々と同じ精神生命体。数多あまたの次元で神々と戦い続けている『邪神群』の一人だ。いや、人ではないからと呼ぶべきか。あるいは、神々同様邪神群も自らを宗教的な存在ではないと認めているから、と表現すべきかもしれない。


「とにかく、顔を見せてくれないか、しゆうすけ。その姿勢では話をしにくい」


 しゆうすけが膝を突いたまま顔を上げる。

 アッシュは、それだけでは満足しなかった。


「……いや、座って話そう」


 邪神がそう言った直後、何の調度品も無かった部屋にこつぜんと二脚の豪華な、見るからに座り心地の良さそうな椅子が出現した。

 物質転送で持ってきたのではない。

 物質創造──物質転送と並んで代表的な「神のわざ」である。


「掛けてくれ」


 アッシュの口調はフレンドリーなものだ。しかしその声にはあらがいがたい「力」が込められていた。アッシュが意図したものではない。これもまた、「神」の特性の一つ。強制力が存在感のもたらすプレッシャーを上回り、しゆうすけはいの体勢から立ち上がった。

 こうして向かい合わせに並ぶと、しゆうすけとアッシュ、二人の目線はほぼ同じ高さにあった。共に身長は百八十センチ強。見た目は線の細い優男のアッシュに対して、しゆうすけは大男という印象こそ無いものの肩幅は広く、全身良く鍛え上げられているのが服の上からも分かる。

 顔立ちも、柔和な美貌のアッシュに対してしゆうすけは切れ長の目がシャープな印象を与える。容姿の威圧感は、明らかにしゆうすけが上回っている。

 しかしそもそもアッシュは精神生命体、今見せている身体からだは仮初めのアバターにすぎない。内包するエネルギーを外見で測ろうとしても、最初から意味は無かった。

 自分で造り出した椅子にアッシュが腰を下ろす。邪神に目で促されて、しゆうすけもその向かい側に座った。


「アッシュ。お話は何でしょうか」