神々が支配する世界で〈上〉

【1】邪神の標的 ③

 けん感をしにしてこうが罵倒の言葉を吐き捨てる。


「神々の統治で、一体何の不利益をこうむったというんだ? 神々は人間のに関与しない。司法も行政も経済も、人間の手に委ねられている。凶悪犯罪者にすら下さない」


 それが気に入らない人もいるんじゃない? とようは思ったが、口には出さなかった。独立派に対するけん感は、彼女もこうと同じだった。


「それに神々は、戦争や大災害から人々を守っている。俺たち日本人はそのことを良く知っているだろうに。で町が津波にまれなかったのは、代行局が展開してくれたエネルギーシールドのかげじゃないか。人間にはどうしようもない自然災害だけじゃない。人間の愚かしさが引き起こす戦争も結局人間だけでは止められず、東欧でも中東でも発生と同時に代行局が鎮圧した。独立派は一体何が気に食わないんだ」

「支配されているのが気に入らないんじゃない? 本当の理由は知らないけど」

「……ところでよう。今日は入学前に家族だんらんの予定だったんじゃなかったか? たかみちさんも分からず屋の相手なんか、弁護士や警察に任せておけば良いだろうに」


 ようの冷めた口調で自分がすっかり熱くなっていたことに気付いて、こうは少し恥ずかしそうに話題を変えた。

 ようこうと同じく、アカデミーに入学することになっている。

 アカデミーは「神々の戦士」の候補者を教育する一種の軍事機関。普通の軍人向け教育機関ほど規律は厳しくないが、それでも自宅から通ったり自由に帰宅したりはできない。

 アカデミーに入学する新入生は入学式の直前に身内でその栄誉を盛大に祝うのが、日本だけでなく世界中で見られる光景だった。


「パパはいのよ。どうせ、しょっちゅう顔を見に来るんだろうし」


 確かに、代行局と太い取引パイプを持つたかみちはアカデミーに出入りする機会も多い。


「だから今日は、ママとおちゃんの家でパーティをすることになったんだ」

「そうか」

「……こう君も来る?」

「この後、師匠のお宅にはお邪魔するつもりだった。だがそういうことなら、ご挨拶だけで失礼させていただく」

「柄にもなく遠慮してるの?」

「柄にもなくって……失礼なヤツだな。ご家族水入らずに割り込む程、俺の面の皮は厚くないんだよ。それとも、何か? 俺に来て欲しかったのか?」

「はっ? そんなわけないでしょ。礼儀として誘っただけよ」


 こうようも、それ以上この話題を深掘りしなかった。

 何となく黙り込んだまま、肩を並べて二人は歩き出す。行き先は同じ、ようの祖父の家。

 別々に行く(帰る)のも不自然だと二人とも考えたのだろう。こうようの歩調に合わせて歩く速度を落とし、ようこうと付かず離れずの距離を保った。

 い雰囲気だった。

 ただ誰かにそう言われたなら、二人はすぐに否定しただろう。

 慌てて──ではなく、笑いながら。

 照れ臭そうに──ではなく、面倒臭そうに。

 真っ赤になって──ではなく、白けた顔で。

 二人はおさなみだが、恋人ではない。今も、昔も。

 ようの地元からこの町まで、最短で約三時間。

 一緒にいたのは長期休暇の間だけ。小学校を卒業した後は、年間の日数を合計しても一ヶ月に満たない。同じ「学校」に所属するのは今回のアカデミー入学が初めてだ。

 会うたびになつかしく、再会してすぐに気の置けない空気を取り戻す。それがこうようの関係だった。

 しかしその穏やかで心地のい時間は、道半ばでいきなり断たれた。

 突如、緊迫した気配が二人を包む。

 夕暮れ時の優しい風がよどみ、鳥肌を誘う冷え冷えとした空気に変わる。晴れていた夕焼け空からいきなり光が失われ、今にも雨が降り出しそうな暗雲が頭上を覆っていた。


こう君、雨が降りそうだよ。走ろう」


 ようの言葉は、本心ではない。この異常な変化が単なる天候の急変ではないと、本当は彼女にも分かっていた。

 ようの提案とは逆に、こうは彼女を背中にかばうようにして足を止めた。


「──誰だ!?」


 鋭いすいこうの口から放たれる。

 十六歳とは思えない、気迫のこもった一喝。

 とはいえ、虚勢混じりだったことは本人にも否定できないだろう。


「──大したものだ。我が神の目に留まるだけのことはある」


 薄闇の向こう側から、人影が歩み出た。まるで舞台の演出に使われる濃いスモークを抜け出てきたように。

 ようがビクッと震える。それがこうの背中に伝わってきた。

 こうは口の中が緊張でカラカラに乾いていた。

 背中には逆に、冷や汗がみ出している。先程までのランニングでウェアがまだ湿っているのを、こうは心の片隅でラッキーだと感じていた。──かげでビビっている格好の悪い自分をようさとられずに済む。


「その姿……」


 こうの正面で立ち止まった青年は、鼻まで完全に覆うもうきんのようなフェイスガード付きの西洋式のかぶととスマートなフルプレートアーマーを身にまとっていた。色は黒銀。羽根のような模様が刻まれた追加装甲が両肩とけんこうこつを覆うように回り込んでいる。

 一見金属製だが、鏡のように光を反射するのではなく自らかすかな光を放っているように見える不思議な材質だった。


「そして、神? アンタ、に寝返った戦士か!?」


 アカデミー入学者にはじんがいじゆうしんせんについて事前に学んでおくよう、教材が貸与される。

 だから分かった。青年のよろいは、明らかに地球人類の技術による物ではない。だが神々の戦士は自分たちが仕える相手のことを「神々」と複数形で呼ぶ。「神」と単数形で呼ぶことはない。

 こうの叫びに、青年の口角が苦笑の形に上がった。


「無知故のセリフをとがめるつもりは無い。だが二度と間違えないでくれ。確かに俺は裏切り者だが、ではなく使だ」


 されたのか、こうの表情がゆがむ。


「……その使徒様が、一体俺に何の用だ」


 だが、こうの声は震えていなかった。


「神様が目を付けたとか言っていたから、用があるのは俺なんだろう?」

「話が早いな。頭の回転が速いガキは嫌いじゃないぞ」

「そりゃどーも。人をガキ扱いする程、も年食ってないだろ」


 邪神の使徒は先程より柔らかな苦笑を浮かべた。


「まあな。まだおっさんと呼ばれる程の年ではない」


 男はすぐに、かぶとの下で表情を改める。


あらしまこう。一緒に来てもらおう」

「俺の名前を知っているようだが、俺はアンタを何と呼べば良い?」

「仲間の間では『グリュプス』と呼ばれている」

「コールサインみたいなものか?」

「そうだが……」


 意味があるのか疑わしい質問に、グリュプスと名乗った邪神の使徒がかぶとの下でいぶかしげに眉をひそめる。