神々が支配する世界で〈上〉

【1】邪神の標的 ⑤

「こいつらは昔から抜け目が無い。その様子から察するに、よう、随分時間稼ぎを頑張ってくれたようだな?」


 姉の問い掛けに、ようは小さく肩をすくめた。


「当たり前じゃない。じゃなかったら、さっさと私だけ逃げてるわよ」

「お前たちの小芝居を見物できなくて残念だよ」


 薄情にも聞こえる妹の答えに、つきは「ククッ」と喉の奥で笑う。

 グリュプスのかぶとの奥から、ギリッと奥歯をきしらせる音が漏れた。

 それに誘われたように、つきがグリュプスに顔を向ける。


「ところでその声……。お前、しゆうすけだな?」

「…………」

「お前の正体はみやしゆうすけだろう。最終試験直前の訓練中に事故死したと聞いていたが、生きていたのか」

「……………………」

づるは、知っているのか?」


 グリュプス──しゆうすけは、答えない。


「遮るものよ!」


 答える代わりに、しゆうすけはそう叫んだ。

 彼がそのフレーズを言い終える前に、つきは立て続けに三本の矢を放っていた。

 最初の一本はしゆうすけの胸部装甲を直撃し彼をよろめかせたが、続く二本のこうしゆうすけの左腕に突如出現した円形の大盾にはばまれた。


「斬り裂くものよ!」


 その叫びと共に、今度はしゆうすけの右手に刃渡り一メートルを超える、ぐな幅広の剣が現れる。


「振りぐものよ!」


 そう唱えたのはつきだ。

 彼女の手の中で弓が光に変わり、次の瞬間、光はなぎなたの形を取った。

 盾を前にかざし、つき目掛けて突進するしゆうすけ

 つきはその突撃を、横や後ろにかわすのではなく、一歩前に踏み出すことで迎え撃つ。

 なぎなたの石突きが、ぐ、一度の傾きも無く垂直に盾を打つ。

 しゆうすけの突進が止まり、つきが突きの姿勢のままあと退ずさった。

 しゆうすけが右足を踏み出し、盾の後ろから身体からださらし、剣を振りかぶる。

 つきが左足を引き、それによって生じた旋回力を乗せてなぎなたの刃を横ぎに走らせる。

 剣となぎなたが激突する。

 全くの互角。

 すかさずしゆうすけが右腕を引き絞り、つき身体からだを軸に新たな回転を作り出す。

 再現される激突。

 またしても互角。

 しかし、五合を数えたところで均衡が崩れる。

 右斜め上空から撃ち込まれた光弾が、しゆうすけ身体からだばした。

 転倒し、すぐに起き上がるしゆうすけ

 かざした盾に次弾、第三弾が襲い掛かる。

 つきなぎなたが、盾の下にのぞくしゆうすけの胴へ打ち込まれた。

 その斬撃をかろうじて剣の根元で受けて、しゆうすけはじばされるように跳躍する。

 空中で、両肩の追加装甲から一対の翼が出現した。装甲と同じ黒銀の、翼の形に固定されたエネルギー。つきの背中にあったのが妖精のはねなら、今しゆうすけに生じたのは天使の──あるいは堕天使の翼に似ている。

 それは単に、形が似ているだけなのだろう。

 羽ばたくのではなく広げたままの翼からかすかな光を放ちながら、しゆうすけが空へと舞い上がる。


「ナタリア!」

「引き受けました!」


 空中からしゆうすけを銃撃したじゆうしんせんが、飛び去っていくしゆうすけの追撃を開始した。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 邪神の戦士が去ったことで暗雲が消え去り──おそらく邪神が衛星軌道からの監視を遮っていたのだろう──、入れ替わりに戻ってきた心地よい夕暮れ時の風の中で、こうは全身のりきみを吐き出すように「フーッ」と大きく息をついた。


「どうした、こう。緊張していたのか?」


 なぎなたを消したつきが、ざとこうの変化に気付き問い掛ける。


「そりゃ、緊張してましたよ。助けが来るとは思ってましたが、間に合うという確信はありませんでしたからね」

「成程な」


 納得感を表情と声音で表現しながら、つきは右手の指先で喉元に触れた。

 そこには虹色の微光を放つ宝石が──宝石らしき物が一粒はめ込まれたチョーカーが巻かれていた。

 つきの全身が、宝石と同じ虹色のりん光に包まれる。

 りん光が消えた後には、ノースリーブのシャツ、七分丈のパンツ、メッシュのパンプスという夏らしいファッションに身を包んだつきが立っていた。

 こうの隣にいたようが「靴まで変わるんだ」と感嘆の声を漏らす。それを聞いてこうは、よろいの下に見えていた黒いボディスーツだけでなくすねふくはぎを守る部分よろいを兼ねたロングブーツまでもが、色もデザインも全くの別物へと変じているのに気付いた。

 不思議と言うしかない。神々の超技術をこうは改めて実感した。


「ところで、お姉ちゃん」

「んっ、何だ?」

こう君が邪神に狙われたのは、やっぱり一人目のF型適合男子だから?」


 地球と神々の絶望的な技術格差に意識をとらわれていたこうは、ようつきに向けた質問を聞いて我に返った。

 自分のことだ。関心を持たずにはいられない。──否、無関心は許されない。


「間違いなく、それが理由だろうな」


 ようこうに見詰められながら、つきはしっかりとうなずいた。彼女の態度は、言葉以上に曖昧さとは無縁だった。


「何で邪神はこう君のことを知ってたんだろうね? アカデミーの生徒の個人情報は守られてるんじゃなかったっけ?」


 小首をかしげる妹に、つきは「分からない」というように頭を振った。


こうの場合はその特殊性をかんがみて、個人情報が特別厳重な管理下にあると聞いている。一体どうやって嗅ぎつけたのか、皆目見当が付かない」

「邪神も神……ということでしょうか?」

「そうだな……」


 こうの言葉につきがため息を吐く。


「とにかく」


 そしてすぐに、気を取り直した顔をこうに向けた。


「ここに突っ立っていても仕方が無い。さんの家に行こうか」

「うん、賛成」


 ようが気持ちを切り替えた態度でこうへと振り向いた。


「ほら、行くよ」

「……そうするか」


 こう躊躇ためらいがちにうなずき、たいら姉妹の後に続いた。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 しゆうすけじゆうしんせんナタリアの銃撃を盾で防ぎながら、後ろ向きに飛ぶ格好でひたすら上昇していた。