彼が纏う神鎧は──この名称は神々の鎧にも邪神群の鎧にも使われる。両者は本質的に同じ物だ──邪神・アッシュが彼の為にデザインした物で「神々の戦士」が使用する規格化された物とはデザインも性能も違う。だが彼自身の適性はあくまでもG型に対するものであり、彼専用の鎧『グリュプス』の機能もその枠組みに縛られている。
神鎧はG型とF型の二種類に分類される。
G型の性質はパワー、堅牢性に優れた近接戦闘タイプ。
それに対してF型は機動性、多様性に優れた遠近両用タイプ。
特に飛行性能に関しては、F型が圧倒的に優れている。地球人の中にはG型を陸戦用、F型を空戦用と分類する者もいる程だ。
鷲丞の『グリュプス』は通常のG型に比べて飛行能力が大幅に強化されているが、それでもF型には見劣りする。その上、今彼を追跡しているナタリアは遠距離銃撃戦を得意とするタイプの従神戦士だった。
空中戦では相手に分があると、鷲丞はすぐに覚った。
不利な点は、それだけではない。
地球を支配する神々に仕える従神戦士は、地球上の至る所に瞬間移動が可能だ。任意の地点から任意の地点への転移はできず、基地に置かれた物質転送機をいったん経由しなければならないという制限はある。それでも任意のタイミングで援軍を呼び寄せられるし、不利になれば何時でも撤退できる。
対して邪神の使徒である鷲丞の方は、高度三百キロメートルまで上昇しなければ転移で自分たちの拠点に帰還できない。
高度三百キロメートル、厳密に言えば二十九万九千七百九十二メートル──高度一ミリ光秒までの領域は神々の支配力が特に強く働く第一次神域。この領域内では、邪神の力は著しく制限される。そして瞬間移動は従神戦士の力ではなく神々のテクノロジー、背神兵の力ではなく邪神のテクノロジーで実現している。
第一次神域で背神兵が瞬間移動する為には、転移元・転移先の座標固定に三十秒前後の静止状態を必要とする。しかもその間、神鎧のスペックは半減してしまう。
相手が地球の在来戦力ならともかく、従神戦士と交戦中に三十秒間も防御力半減状態でじっとしているなど自殺行為でしかない。鷲丞が従神戦士・ナタリアの追撃を振り切る為には、何としても第一次神域の外、高度三百キロメートルまで上がらなければならなかった。
一方、ナタリアの方も正規の従神戦士として、第一次神域内における背神兵のウィークポイントは十分に理解している。鷲丞が神域からの脱出を狙っているのを彼女は追撃開始当初から見抜いていた。
「こちらジアース防衛隊ナタリア・ノヴァック、高度百キロに到達」
高度百キロメートル、『カーマン・ライン』。ここから先は伝統的に宇宙空間と見なされている。しかし次元の狭間に存在する「虚無」での戦闘を想定している神鎧にとっては、真空も宇宙線も障碍ではない。むしろ神鎧は、地上よりも宇宙でその真価を発揮する。
『貴官の現在位置を特定しました。予定どおりスフィアを送ります』
虚空に話し掛けたナタリアの耳に、代行局からの応答が届いた。
「お願いします」
そう言いながらナタリアは、わざと上方に外した光弾を撃ち込んだ。
この光弾は半ば物理的な物質、半ば精神的なエネルギーの性質を持ち、物質だけでなく神鎧にもダメージを与える力を秘めている。幾ら邪神の技術で造り出した盾でも、直撃を受け続ければいずれは耐えられなくなる。
ナタリアの思惑どおり、鷲丞は上昇スピードを落として回避した。
ちょうどそのタイミングに合わせて鷲丞の頭上に直径約二メートルの、二十を超える真鍮色の球体が出現した。
(あれは……魔神の浮遊砲台か!)
自分の逃げ道を塞ぐように出現したちょうど二ダースの球体の群れを見て、鷲丞は奥歯を強く嚙み締めた。
十八年前、神々──鷲丞にとっては魔神──が顔の無い人型兵器と共に地球侵略に使用した浮遊砲台。鷲丞に十八年前の記憶は無いがその時のVR記録は何度も体験しているし、「善神の使徒」として戦いを重ねる中で何度もその姿を目にしていた。
鷲丞は咄嗟に、盾を頭上に翳す。
直後、盾を支える彼の左腕に爆発的な負荷が掛かった。
神鎧は物理的な攻撃を全て遮断する。精神エネルギーを併用した攻撃でなければ鎧や盾を破壊することも、それを纏う戦士を殺傷することもできない。
しかし、神々の鎧を纏っていても「そこにいる(ある)」という事実は消せない。障碍物は避けなければならないし、爆風を受ければ押し戻される。
浮遊砲台『スフィア』の滑らかな表面から放たれる反重力エネルギー弾。着弾点を中心として前方百八十度の半球状に外へ向かう力場を発生させるエネルギー兵器だ。それは命中箇所に大質量実体弾に勝るとも劣らない衝撃を発生させる。
その圧力に押されて、鷲丞は数百メートルを落下した。
「グッ!」
空中で体勢を立て直した鷲丞の背中を激しい衝撃が襲う。反射的に回避機動を行うのと同時に鷲丞は振り返った。
彼の視線の先では、ナタリアと呼ばれた従神戦士が彼に銃口を向けていた。
鷲丞は瞬時の判断で盾を前に翳す。
左腕に伝わる衝撃。
従神戦士の攻撃は邪神の武具にダメージを与え、これを破壊し得る。
従神戦士と背神兵の武具『エネリアルアーム』は、神々の技術で半物質化したエネルギーを戦士の想念力で成形し固定している物だ。それ故、武具がダメージを負えば、それがオーナーである神鎧兵──従神戦士と背神兵を一纏めにしてそう呼ぶ──には分かる。
(クッ……、直撃を喰らいすぎた!)
鷲丞は自分の盾が危険水域までダメージを蓄積していると理解した。
(……口惜しいが、ここは逃げの一手か)
続いて襲い掛かるナタリアの光弾を盾で斜めに受けて逸らし、鷲丞は頭上を見上げた。
上空へのルートは、二ダースの浮遊砲台『スフィア』によって塞がれている。