神々が支配する世界で〈上〉

【1】邪神の標的 ⑦

 戦闘力だけを見れば、スフィアはじんがい兵の敵ではない。規格品ではなく専用にカスタマイズされたじんがいを与えられているしゆうすけの場合、戦力差はなおさらはっきりしている。二十四対一程度の数的優位でこれをくつがえすことはできない。万が一にもしゆうすけが後れを取ることはないだろう。

 相手がスフィアだけであれば。

 しゆうすけが真に警戒しなければならないのは、敵のじゆうしんせんとスフィアの連携だ。

 に戦闘力格差があるとはいえ、スフィアも神々の超技術の産物だ。神々の浮遊砲台はスフィア、ソーサー、ヘドロンの三種類に分類される。その中でスフィアは特に頑丈な機種だ。撃破するためには、それなりの力を割かなければならない。

 敵のじゆうしんせん・ナタリアとしゆうすけが正面から戦えば、専用のよろいを与えられているしゆうすけに分があるだろう。しかしその戦力差は、決して絶対的なものではない。現にこうして相手の土俵で戦うことを強いられれば、追い詰められるのはしゆうすけの方だ。スフィアを攻撃している最中にナタリアの狙撃を受ければ、決定的なダメージを負ってしまう可能性がある。


(どうする?)


 スフィア単体は直径約二メートルの球体。それが連係して作り出している壁を突破する前に、わずかな時間だけでもナタリアに隙を作らなければならない。

 そのためには……。


(……ぶっつけ本番だが、やってみるか)


 ナタリアから光弾が放たれる。

 しゆうすけは盾を右に傾けて、それを受けた。


(リリース)


 同時に、盾を手甲に固定していた留め具を思考操作で解除する。

 着弾の衝撃で盾が手甲から外れた。

 しゆうすけの左手が飛び去っていく盾を追い掛け、その縁を素早くキャッチする。

 身体からだねじれを巻き戻す勢いを利用して、しゆうすけは円形の大盾をナタリア目掛けて投げ付けた。


 自らの放った光弾が邪神群の戦士・はいしんへいの盾をばしたのを見て、ナタリアは心の中で「チャンス」とつぶやいた。

 彼女ははいしんへいに決定打を与えるべく、相手の頭部に狙いを定める。頭を直撃すれば、かぶとを破壊できなくても着弾の衝撃で敵を無力化できる。その戦術自体は合理的なものだ。「功をあせった」と決め付けるのは、ナタリアに対して酷だろう。

 だがこの状況における正解ではなかったのも確かだ。結果論だが、彼女は慎重に狙いを付けるのではなく、間髪をれず畳み掛けるべきだった。


「なにっ!?」


 ナタリアの口からきようがくつぶやきとなって漏れた。

 ばしたはずの盾をはいしんへいつかみ、こちら目掛けて投げ付けてきた。──その信じがたい光景にナタリアは空中で硬直してしまう。

 神々の武具も邪神の武具も、戦士の想念力によって具象化している。光弾やこうのように、最初から撃ち出すことを前提として作られているのでない限り、戦士の手を離れれば短時間で具象化が解け拡散してしまう。故に、「盾を投げる」という使用法は想定されていない。

 ナタリアを驚かせたのは、それだけではなかった。

 彼女に襲い掛かる盾のスピードは、人の手で投げたとは信じられないものだった。

 の距離は約三キロメートル。だがあっと言う間に──具体的には一秒と少しでその中間地点を通り過ぎている。

 無論ナタリアもじんがい兵の能力は、人のはんちゆうに収まらないと知っている。今相手にしているはいしんへいよろいがパワーに優れたG型の亜種ということも理解している。

 だが人間と同じ外見、同じサイズの手から投げられた円盤が銃弾以上のスピードで迫ってくる光景は、そういう理屈では納得しきれない衝撃をもたらしたのだった。

 とはいえナタリアも神々の軍勢に加わることを許されたエリートだ。きようがくに支配されながらも、光弾を撃ち出す全長百二十センチの大型ライフル──これもまた、エネルギーを物質化した神々の武具──の銃口を自身に向かって飛んでくる盾へと向けて、ひきがねを引いた。

 盾を光弾が迎え撃ち、衝突した直後、激しいせん光が生じた。

 前述のとおり神々の武具『エネリアルアーム』は、戦士の想念力によって具象化したエネルギー。戦士の手を離れれば、物質としての「形」を失う。そこに凝縮されたエネルギー弾がぶつかった。その結果、盾の形に固定されていたエネルギーが光となって解放されたのだ。

 鼻から上、サイドは頰骨の下までを覆っているかぶとのシールドが濃く濁り、ナタリアの目を守る。実際には、ナタリアは肉眼で敵の姿をしていたわけではない。だがもたらされた結果は同じ。シールドの透明度が下がることで彼女のは制限される。

 その瞬間、ナタリアははいしんへい──しゆうすけの姿を


 破壊された盾がらすせん光に目をくらまされたのは、しゆうすけも同じだった。

 この状況は彼にとっても予想外のもの。しゆうすけはナタリアが盾をかわした隙を突くつもりだったのだが、彼の切り替えは早かった。


(今だ!)


 しゆうすけは足下に足場となる板状の力場を形成し、グッと膝をかがめた。

 一瞬静止し、両足で勢い良く足場を蹴る。

 G型装着者の特徴はけんろう性とパワー。そのパワーには持続的な力だけでなく、瞬発的なとうてき力や跳躍力も含まれている。

 しゆうすけは飛行能力に跳躍力を上乗せし、一気に飛び上がった。

 上空で壁を作っているスフィアは、マシンならではの反応速度と正確性でしゆうすけにエネルギー弾を浴びせてくる。

 だが、先程までとはしゆうすけの速度が違う。反重力エネルギー弾の嵐がしゆうすけを捉えるが、彼を押し戻すには至らない。

 ナタリアが戦闘に復帰するよりも早く、しゆうすけはスフィアが壁をなしている高度に達した。

 彼が得意とするエネリアルアームは『斬り裂くもの』。その形状は幅広の長剣。

 剣の間合いに入れば、浮遊砲台はしゆうすけの敵ではない。

 彼は縦横無尽に剣を振るって、スフィアの壁を突破した。

 再度足場を作って跳躍し急上昇するしゆうすけを、下からの光弾がかすめる。

 視界を回復したナタリアの攻撃だ。彼女は銃口を上に向けてしゆうすけを追い掛けている。

 単純な飛行速度ならしゆうすけのG型かつちゆう亜種『グリュプス』よりもナタリアのF型かつちゆうが上だ。

 だがパワーに優れた『グリュプス』の跳躍力で加速したしゆうすけの上昇スピードは、ナタリアのそれに劣るものではなかった。

 差が詰まらないまま、高度三百キロが迫る。

 光弾の銃撃が激しさを増した。

 しゆうすけは回避せず、一直線に空を翔け上がる。

 足や翼に着弾した光弾がよろいの耐久力を削っていくが、同時に着弾の衝撃が上昇をわずかながら後押しする。

 光弾による銃撃がんだのは、ナタリアがそれに気付いたからだろう。