戦闘力だけを見れば、スフィアは神鎧兵の敵ではない。規格品ではなく専用にカスタマイズされた神鎧を与えられている鷲丞の場合、戦力差は尚更はっきりしている。二十四対一程度の数的優位でこれを覆すことはできない。万が一にも鷲丞が後れを取ることはないだろう。
相手がスフィアだけであれば。
鷲丞が真に警戒しなければならないのは、敵の従神戦士とスフィアの連携だ。
如何に戦闘力格差があるとはいえ、スフィアも神々の超技術の産物だ。神々の浮遊砲台はスフィア、ソーサー、ヘドロンの三種類に分類される。その中でスフィアは特に頑丈な機種だ。撃破する為には、それなりの力を割かなければならない。
敵の従神戦士・ナタリアと鷲丞が正面から戦えば、専用の鎧を与えられている鷲丞に分があるだろう。しかしその戦力差は、決して絶対的なものではない。現にこうして相手の土俵で戦うことを強いられれば、追い詰められるのは鷲丞の方だ。スフィアを攻撃している最中にナタリアの狙撃を受ければ、決定的なダメージを負ってしまう可能性がある。
(どうする?)
スフィア単体は直径約二メートルの球体。それが連係して作り出している壁を突破する前に、わずかな時間だけでもナタリアに隙を作らなければならない。
その為には……。
(……ぶっつけ本番だが、やってみるか)
ナタリアから光弾が放たれる。
鷲丞は盾を右に傾けて、それを受けた。
(リリース)
同時に、盾を手甲に固定していた留め具を思考操作で解除する。
着弾の衝撃で盾が手甲から外れた。
鷲丞の左手が飛び去っていく盾を追い掛け、その縁を素早くキャッチする。
身体の捩れを巻き戻す勢いを利用して、鷲丞は円形の大盾をナタリア目掛けて投げ付けた。
自らの放った光弾が邪神群の戦士・背神兵の盾を撥ね飛ばしたのを見て、ナタリアは心の中で「チャンス」と呟いた。
彼女は背神兵に決定打を与えるべく、相手の頭部に狙いを定める。頭を直撃すれば、兜を破壊できなくても着弾の衝撃で敵を無力化できる。その戦術自体は合理的なものだ。「功を焦った」と決め付けるのは、ナタリアに対して酷だろう。
だがこの状況における正解ではなかったのも確かだ。結果論だが、彼女は慎重に狙いを付けるのではなく、間髪を容れず畳み掛けるべきだった。
「なにっ!?」
ナタリアの口から驚愕が呟きとなって漏れた。
撥ね飛ばしたはずの盾を背神兵が摑み、こちら目掛けて投げ付けてきた。──その信じ難い光景にナタリアは空中で硬直してしまう。
神々の武具も邪神の武具も、戦士の想念力によって具象化している。光弾や光矢のように、最初から撃ち出すことを前提として作られているのでない限り、戦士の手を離れれば短時間で具象化が解け拡散してしまう。故に、「盾を投げる」という使用法は想定されていない。
ナタリアを驚かせたのは、それだけではなかった。
彼女に襲い掛かる盾のスピードは、人の手で投げたとは信じられないものだった。
彼我の距離は約三キロメートル。だがあっと言う間に──具体的には一秒と少しでその中間地点を通り過ぎている。
無論ナタリアも神鎧兵の能力は、人の範疇に収まらないと知っている。今相手にしている背神兵の鎧がパワーに優れたG型の亜種ということも理解している。
だが人間と同じ外見、同じサイズの手から投げられた円盤が銃弾以上のスピードで迫ってくる光景は、そういう理屈では納得しきれない衝撃をもたらしたのだった。
とはいえナタリアも神々の軍勢に加わることを許されたエリートだ。驚愕に支配されながらも、光弾を撃ち出す全長百二十センチの大型ライフル──これもまた、エネルギーを物質化した神々の武具──の銃口を自身に向かって飛んでくる盾へと向けて、引鉄を引いた。
盾を光弾が迎え撃ち、衝突した直後、激しい閃光が生じた。
前述のとおり神々の武具『エネリアルアーム』は、戦士の想念力によって具象化したエネルギー。戦士の手を離れれば、物質としての「形」を失う。そこに凝縮されたエネルギー弾がぶつかった。その結果、盾の形に固定されていたエネルギーが光となって解放されたのだ。
鼻から上、サイドは頰骨の下までを覆っている兜のシールドが濃く濁り、ナタリアの目を守る。実際には、ナタリアは肉眼で敵の姿を視認していたわけではない。だがもたらされた結果は同じ。見掛け上シールドの透明度が下がることで彼女の視界は制限される。
その瞬間、ナタリアは背神兵──鷲丞の姿を見失った。
破壊された盾が撒き散らす閃光に目を眩まされたのは、鷲丞も同じだった。
この状況は彼にとっても予想外のもの。鷲丞はナタリアが盾を躱した隙を突くつもりだったのだが、彼の切り替えは早かった。
(今だ!)
鷲丞は足下に足場となる板状の力場を形成し、グッと膝を屈めた。
一瞬静止し、両足で勢い良く足場を蹴る。
G型装着者の特徴は堅牢性とパワー。そのパワーには持続的な力だけでなく、瞬発的な投擲力や跳躍力も含まれている。
鷲丞は飛行能力に跳躍力を上乗せし、一気に飛び上がった。
上空で壁を作っているスフィアは、マシンならではの反応速度と正確性で鷲丞にエネルギー弾を浴びせてくる。
だが、先程までとは鷲丞の速度が違う。反重力エネルギー弾の嵐が鷲丞を捉えるが、彼を押し戻すには至らない。
ナタリアが戦闘に復帰するよりも早く、鷲丞はスフィアが壁をなしている高度に達した。
彼が得意とするエネリアルアームは『斬り裂くもの』。その形状は幅広の長剣。
剣の間合いに入れば、浮遊砲台は鷲丞の敵ではない。
彼は縦横無尽に剣を振るって、スフィアの壁を突破した。
再度足場を作って跳躍し急上昇する鷲丞を、下からの光弾が掠める。
視界を回復したナタリアの攻撃だ。彼女は銃口を上に向けて鷲丞を追い掛けている。
単純な飛行速度なら鷲丞のG型甲冑亜種『グリュプス』よりもナタリアのF型甲冑が上だ。
だがパワーに優れた『グリュプス』の跳躍力で加速した鷲丞の上昇スピードは、ナタリアのそれに劣るものではなかった。
差が詰まらないまま、高度三百キロが迫る。
光弾の銃撃が激しさを増した。
鷲丞は回避せず、一直線に空を翔け上がる。
足や翼に着弾した光弾が鎧の耐久力を削っていくが、同時に着弾の衝撃が上昇をわずかながら後押しする。
光弾による銃撃が止んだのは、ナタリアがそれに気付いたからだろう。