人妻教師が教え子の女子高生にドはまりする話
一章『潮の匂いが届かない』 ⑦
なにかが許せないという強い気持ち。
自分の気持ちが
いつからか途切れていたように、失われていた心の一部。
こんなのだったかな、え、怒ったのかな、と戸惑う。
「怒ってないから……うん、多分」
自分でも自信がない。
「せんせ、昼休みまだあるよ」
「そうね……あ、話は終わったから、もう教室に戻っても……」
言いかけている最中に、戸川さんがにかっと歯を見せる。
「いいものあるなーと、さっきから思ってたんだよね」
戸川さんが机の上に手を伸ばす。その先にあるのはゴムボールだった。手のひらで
それを
「せんせ、キャッチボールしよ」
「……キャッチボール?」
うん、と戸川さんがボールを見せつけるようにこっちへ近づけてきた。
「私と戸川さんが?」
「他に誰がいるの」
さぁ行こうと、戸川さんが私の肘を
気高いほど
「せんせぇ、行くよー」
戸川さんが童幼の
「かるーくね、かるーいの」
本当にやるんだ、と日差しに髪を焼かれながら変な笑いが漏れた。
球遊びなんて、いつ以来だろう。中学のときは文化部だったし、小学校ではドッジボールに参加するような子供ではなくて……あれ? もしかして、未経験? いや高校の体力測定で投げた……はず。それから、もう記憶にないほどの昔に……きっと、両親とやったのだろう。
放り投げられた緩いボールを、
ボールは私でも片手で
投げ返す、と考えると慣れない動きなのでこんなことでもやや緊張する。
グラウンドには昼休みなので当然だけど、私たち以外に誰もいなかった。
太陽が二つあるように、戸川さんの笑顔も遠くに
「せんせぇが遊んでくれるなら、わたし、退屈しないかも!」
「えー……そう来る?」
戸川さんにボールを投げ返す。投げ方のぎこちなさが
「私、球技の経験ないからー」
言い訳すると、戸川さんが笑ったまま、またこちらに放り返してくる。戸川さんのそれは緩い軌道ながら、私の立っている場所へ正確に投げてくる。明らかに慣れていた。
「部活動かなにかでやってるの?」
「わたし美術部の幽霊部員だよ」
予想が外れた。手を
今度は肘の動かしづらさも考慮して、肩の動きを大きめにするのを意識した。さっきよりはスムーズにボールを投げられたけれど、大振りで、またボールを地面にぶつけそうになった。今度は離すのが遅かったらしい。ただ物を投げるだけでも加減が難しいことを知る。
私のボールはちっとも戸川さんに届かないけれど、彼女は楽しそうにそれを追うのだった。
そうやって、短い時間だけどボールの行き来で交流を図った。
ボール遊び自体に楽しいという実感はない。だけど戸川さんの楽しげな様子に、時折、頰が緩むのを感じた。
校舎の壁に設置された大きな時計を指差して、時間を告げる。戸川さんは投げかけたそれを止めて、時計を見上げて、残念そうに目を
「久しぶりだけど、ボールが返ってくるって楽しいね」
ご機嫌な様子でボールを持ってきて渡す様は、失礼な発想だけど、ちょっと犬っぽい。戸川さんは所々でそういう
「今日は時間なかったから、次はもっと早めにやろ」
「次……」
私の
「遊んでくれたから、ちゃんとまっすぐ家に帰るよ」
「……なしでも、まっすぐ帰ってほしいんだけどね」
私の言い分を笑って流して、戸川さんが駆けていく。まだまだ元気が
「…………………………………」
なにを固まっているんだ、と頭を振る。
運動場に一人きりで突っ立って、
でもやっぱり、そういうことなんだ。つまり戸川凜を夜の町に繰り出させたくなかったら、これからも付き合えということだろうか。やっていることは、確かにあまりに健全だけど。
目立つのでは、と校舎を見上げる。女子生徒と教師がお昼休みにキャッチボールなんて。
「うーん……」
ボールをにぎにぎしながら思いを巡らせる。でも考える時間も残っていないので、足早に校舎へ戻ることにした。お弁当箱を回収して、午後からの授業に備えないといけない。
引き返す間も、戸川さんの躍動する姿と感情が目に焼き付いているように、離れなかった。
職員室に戻って、席に着くと隣の席に座っている日本史担当の同僚が、早速聞いてきた。
「さっきのあれ、なに? レクリエーション?」
私よりやや年上の中年女性で、教師としては先輩に当たる。
職員室からも見えていたらしい。
「見てのとおりです」
「キャッチボーゥ?」
なぜか発音が無駄に凝っていた。
「あれも生徒指導の一環……なんでしょうか」
思わず首を
「でもああいうのいいね!」
「そーですね」
この先生は大体のことにいいねと肯定的なので、ありがたみは薄い。
簡単な運動でも陽気と合わされば汗ばむ。ハンカチで髪の
……いや、する。戸川さんはそこで
根拠は別にない。人柄に精通しているわけでもなく。
でもあの子の笑顔に人を



