天才ひよどりばな先生の推しごと! ~アクティブすぎる文芸部で小生意気な後輩に俺の処女作が奪われそう~

第一章 焦がれ続けた超超超大ファンから ④

「それでもわたしは小説をたくさん読んできてて、選考委員やってるようなバケモノ連中が賞をやっても良いかと思うくらいには、小説の体裁を整えられる。でもってそれ以上に、作品を客観視した上で、どういった読者がどんなふうに感じるかを予測するのがいと自負してる。書評家でもあるんだから」


 作家、ひよどりばななつとしての二作目は出版されていない。

 嘱望はされているだろうに、予定もいまのところないようだ。

 代わりに現在注力している活動が、ふじばかまが入学前から知っていた理由でもある〝ひよどりばな先生〟という名義での書評・読書系動画配信チャンネルなのだった。

 ひよどりばなが、近くで見ると思いがけないほどぱっつんぱっつんの胸を張る。


「ほかはともかく、その点だけは自信がある。わたしはあなたの編集者になれる──この言い方だと、ねちねちと口うるさく重箱の隅をつつくクソ野郎じみてるか……、格好良く表現すると、そう、あなたをディレクションできる」


 もともと子役時代の終盤にはじめたものだったが、プロ作家デビューとともにチャンネル自体を作り直し、人気が急伸した。最近コミカライズし、アニメ化も時間の問題とされるライトノベル『月剣のベテルギウス』は、ひよどりばな先生チャンネルで激推しされていなければメディアミックスには届かなかったと思うと、作品のファンであるふじばかま自身が語っていた。

 最近はひよどりばな先生名義での仕事が多く、ネットメディアで書評の連載を持ったり、大手書店とコラボレーション企画をやったり、読書好きの芸能人と対談したり、あれこれやっているのだという。


「気晴らしではじめたひよどりばな先生の動画チャンネルも、文芸というマイナーなジャンルのなかでは影響力があるほうだし、やり方はいろいろ……、……うつ、さっきからなんでそんな、おえー、みたいな顔してんの? ちゃんと聞いてる?」

「いや、ちゃんと聞いてるんだけど、……臭くて」


 ひよどりばなの隣で十何枚目かのウェットティッシュを取り出していたあやが、あ、良くない、といった感じに眉をぴくりとさせる。

 部室の隅、体育座りで落ち込むふじばかまはびくんっとして、超・文芸部の顧問であるたちばなひと三十四歳だけは『人間失格』を読みながら、そうだよねえ、とにここにしていた。

 ひよどりばなはなにか言いたげだったが、目を潤ませたふじばかまをちらりと見て、言葉をみ込んだ。ひと呼吸置いて話を再開してくる。


「……書く内容によるけど、適切な新人賞に応募するのが第一選択だし、小説投稿サイトに新しく公開するのも有りだと考えてる。そっちはそっちでレッドオーシャンだけど、ひよどりばな先生チャンネルで推しまくる前提ならば勝算はゼロじゃない。どうであれ、わたしはうつを在学中にプロデビューさせる自信がある」

「窓を全開にしてても、臭い……」

「デビュー後に次回作か続編を立て続けて出せる態勢作りも大切、……だけど短命な作家で終わらないための最優先事項は、エンターテインメントの技術をきちんと学ぶことだよ。わたしは、自分の小説を書く際には三幕構成を利用した。特にハリウッドで、観客の心を捉える合理的な技法とされているものよ。うつにあれをたたき込みたい」

ひよどりばなの制服が、とんこつとと魚介と鶏パイタンマーラー臭い……」

「……。作家はプロデビュー後こそが大変なんだけど、幸運にもうつは若い──わたしとひとつしかちがわない現役高校生だし、わたしとおなじで顔がいから。作品そのものとはちがう部分での付加価値も高い。わたしも宣伝するし、なんなら顔出しで、チャンネル内で対談するのも──」

「顔が良くても、制服がゲロ臭いのはなぁ!」

「──あんたのお友達が! わたしの制服に! 各種ラーメンをブレンドしたゲロを引っかけたからでしょうがぁぁぁ!!」



 超・文芸部は顧問のたちばなに了承をもらった上で、もともとあったごくふつうの文芸部を新生させた部であり、その活動内容は言わば〝うつが自分なりに長年やってきた創作活動そのまま〟である。

 発足時のメンバーは部長のうつ、副部長のあや。一ヶ月後にふじばかまが漫研と掛け持ちで入部して、合計三人。これはずっと変わっていなかった。排他的なわけではない。いつでも新入部員ウェルカムだが、だれも入ってくれないだけだ。

 活動が悪目立ちすることも多いから。大人たちから注意されるのもしょっちゅうだと、校内のみんなが知っているから。

 しかしうつは、自分たちの部を大変気に入っている。あやうつがやりたいと提案したことには基本的に反対しないし、ふじばかまだってぶつぶつ文句を言いながらも楽しんでくれている。うつの創作意欲も、超・文芸部をはじめてから向上した。

 ディストピア国家で放送塔を乗っ取ってクラシックを流し、撃ち殺されるまでの心境をつづった『破滅国家にひびく破滅のうた』や、一風変わったオバケと一夜をすごすホラーコメディ『カップラーメンばばあのいない夜』など、活動内容を下敷きにした小説も、うつはよく書いてきた。

 本日も、それらとおなじような活動だったのだ。

 うつが春休みのあいだに思いつき、あやたちと詳細を固めた企画だ。

 このあたりの全ラーメン店をめぐる。

 それぞれの感想を添えたラーメン店のMAPを作る。……もちろんただ食べるだけでは、うつ好みの企画にはならない。

 第二弾となる今日、昼前からの三時間で回ったラーメン店の数は、五軒だ。

 本来とてもしいはずのラーメン。それが満腹と飽き、さらに限界突破したがゆえの体調不良によって、だんだんと炭水化物と油の怪物のように思えていく様、現代の飽食と虚栄をノンフィクションにする企画なのだった。

 先週末に第一弾をやっていたので、一軒目からすでに、全員がラーメンはもうしばらくはちょっと……という気分だった。そこからの各種ラーメンだ。うつも四軒目入店時にはかなり苦しくなっていたし、あやでさえ五軒目で目の前に唐辛子も花椒ホアジヤオも増し増しのマーラー味のラーメンが置かれたときには半泣きで冷や汗をかいていた。

 車を出してくれたたちばなだけは、自分が食べたい二杯のみ食べていたが。

 ふじばかまはほぼ死体と化していて、早速のレポートを書くために学校の駐車場から文芸部部室に向かうあいだ、うつが肩を貸す必要があった。

 そして部室にたどり着くと鍵は開いていて、なかにひよどりばながいたわけだ。

 色っぽさを意識した妖しい笑みを浮かべ、机の上に腰かけて、脚を組んでいた。それを見たうつは先ほどひよどりばなが言ったように、あ、ひよどりばななつだ、と口に出して、ふじばかまから手を離した。……息も絶え絶えだったふじばかまは、椅子に座りたかったのだろう。机のほうに近づいて、途中でとうとう限界を迎え、ゲロを吐き、ひよどりばなにも散った。