天才ひよどりばな先生の推しごと! ~アクティブすぎる文芸部で小生意気な後輩に俺の処女作が奪われそう~

第一章 焦がれ続けた超超超大ファンから ⑤

 ひよどりばなもふくめてみんなでゲロの処理をして、ひよどりばなふじばかまの制服はとりあえずウェットティッシュでできるかぎり拭いたあとで、ひよどりばなはすべてなかったことにしてもう一度仕切り直したのだった。

 だがすべてはなかったことにはできない。

 臭いは、すぐには消えない……。



「ほ、……ほんっとごべぇぇん!」


 ひよどりばなふじばかまの涙声にはっとして、即座に切り替えた。


「いぃえふじばかま! ごめん、さっきも言ったけどこれはあなたのせいじゃなかった! 制服はクリーニングに出すから大丈夫。わたし、ここに入学してからもうつのこと聞き込みしたんだから、よくわかってる。この部はそういう部で、どうせうつがよくわかんない企画を強行した結果でしょ?」


 うつくちもとをほころばせた。


「まあ、それはその通りだなぁ。部員ふたりのクリーニング代くらいは責任持つよ。ちゃんと顧問に払わせるからさ」

「はは、パチスロで五万円失ったばかりの僕の財布に、そんな余力があるかな?」


 たちばながさわやかな口調で言い、ひよどりばな本人もふくめてほかの全員、え、と目をしばたたかせた。けれどたちばなの言動に引っかかったわけではない。少なくともあやふじばかまたちばなという教師の人間性にいまさら驚かない。

 あやひよどりばなの制服をまた拭いてやりながら、ぽつりとこぼした。


「部員……ふたり?」


 ひよどりばながその疑念を引き継いだ。


「そうだよ。待って。うつ、いまそう言った。たちばな先生からなにか聞いた……んじゃないよね? ふじばかまだけじゃなくて、わたしのことも指した?」

「え。だってひよどりばな、部室のなかで待ってたじゃん」


 AIA学園では、部室の鍵は顧問が管理している。そもそも、土曜日に、部室にくるかどうかもわからない部員たちをぽつねんと待つのも馬鹿みたいだ。つまり、事前にあれこれ調整していなければ、部室で待つという選択肢は生まれない。


「うちに入部届け出した上で、たちばな先生から、今日は昼すぎに部室に寄る予定があると聞いてたんだろ。で、余裕をもって早めにきて、たぶん、お弁当食べたりそっちに置いてるタブレットでなんか作業したりしつつ、まだかなー、うつたち早くこないかなー、とそわそわして待ってた」


 ひよどりばなの顔が見る間に不機嫌そうになっていくのが、また、実にわかりやすかった。表情がころころ変わる。

 渦巻く感情の色あざやかさが、透けて見えるようだった。

 うつは笑ったまま続けた。


「だから、いま嫌そうな顔してるのは、ほんとは自分の口で入部を告げて俺たちを驚かせたかったからだ。俺のこと調べたと言ってたんだし、机に座ってるのもあれだよな、常識はずれのやつだと思われたほうが興味を引けると考えて──」

「──ぶ、分析しなくていいから!」


 ひよどりばなは顔を赤くして、机からぴょんと飛びおりた。……ふじばかまは泣き腫らした目で、意外そうにひよどりばなを見ていた。あやのほうはまたちがう意味で驚いた顔で、うつを眺めている。

 うつは適当な椅子に腰をおろして、問いかける。


「なんで?」

「へっ? な、なんでって、……恥ずかしいでしょ!」

「じゃ、なくて。……ひよどりばなのことはたしかに聞いてる。プロとして本を出してて、次回作も嘱望されてる感じなんだろ? すっげぇな、とは素直に思うよ」


 あやがぼそりと言ってきた。


うつ、……ずいぶん楽しそうだな」

「そりゃそうだろ、面白いじゃんひよどりばな。ふつう、プロ作家がわざわざ新しく高校の文芸部に入ってきて、リソースを無駄にするか? 流れを考えると、俺のことをその、なんだっけ、口うるさく重箱の隅をつつくために入部したわけだよな?」

「人を、あんな人面獣心のぞうごん見当はずれ社畜マシーンといっしょにしないで! 適切なディレクションと言って!」

「担当編集となんかあったんか」

「ともあれ、文芸部の規則にあるんでしょ? うつが部を魔改造しちゃう前からの規則のひとつ。創作物に関しては部員同士で意見をちゃんと交わすこと。このへんはいろいろ確認して、顧問のげん取ってる。ですよね、たちばな先生?」

「まあそうだね」

「ね? ほかの部員の意見を必ずしも取り入れる必要はない、ただし意見されたら吟味はすること、って。だったら、うつがいかに技術論には興味ないと突っぱねても、わたしの話を聞く必要性ができるでしょ?」


 ひよどりばなは入部理由を言外に認めた。

 最後に、ぶつぶつと付け加える。


「っつーか、興味ないという発言がそもそも意味不明なんだけど……。物書きだったら、たくさんの人に評価されたいと思うもんでしょ……」


 しかし実は、うつきたいことの答えにはなっていなかった。

 もう一度尋ねたときにはもう、ひよどりばなの反応を楽しみにしている自分がいた。


「入部理由はわかってる……からこそ、なんで? っていたんだけど」

「はえっ?」

「なんでそこまでして、俺にからんでくるのかな? ひよどりばなは最初に、俺の小説をつまんないと言ったけど、そりゃそうだろうなと思うよ。ふじばかまとかも俺の小説読むのを嫌がること多いしさ。なのに、なんでひよどりばな自身の才能の無駄遣いみたいに俺にこだわってるわけ?」


 ひよどりばなはわかりやすく動揺した。

 が、すぐそれを抑え込んだ様子で、はっ、と強気に笑う。


「……わたしのプライドの問題よ! わたしは、うつがネット上に公開してる小説を偶然から目にしてた。で、この学校を受けることが決まって調べて、文芸部にあの小説の作者がいると知った。それで、気まぐれで声をかけてやったのに、断りやがった。それはひよどりばな先生のけんに関わるから──」

「いやいやうそだろそれ」

「──…………えっ?」


 ひよどりばながより激しく、ぎくり、とした。

 うつの声は自然と弾んでしまう。


「だってさ、ひよどりばなが俺に話しかけてきたのは昨日の昼休みだよ? しかも半分はすぎてたし、俺に断られてひよどりばなはうろたえてた。ひよどりばなのごはんはほとんど残ってた。あのあとで、昼休みのあいだに入部届け取りに行ってたちばな先生に渡せるかな? ひよどりばなの担任に預けたにしても、たちばな先生の手に渡るのはどのタイミングかな?」


 うつはほとんど確信していた。


たちばな先生に確認したってことは、多少なりとも時間を取ってもらったってことだろ? たちばな先生が生徒の気持ちをんでそんなにスピーディに動くはずがないよ。仮に、昨日の放課後にひよどりばなの入部届けを確認したとしたら、その放課後のうちに対応なんかしない。なんなら、あれこれ面倒くさいなあ、明日いっそのことうつくんインフルエンザになって部活休みにならないかなあ、とぼんやり考えるはずだ」

「顧問がそんな発想の部、大丈夫?」