天才ひよどりばな先生の推しごと! ~アクティブすぎる文芸部で小生意気な後輩に俺の処女作が奪われそう~

第一章 焦がれ続けた超超超大ファンから ⑧

 ふじばかまがMAPを手描きし、あやが注釈を入れてくれたデータもあるので、そのうちそちらと合わせて冊子として校内で配布する予定だ。うつはキーボードをたたく手を止め、コピー用紙を受け取った。


ひよどりばな、これなに?」

「自分で見て、わかるでしょ? うつの小説のなかではまとまった量があって、比較的ストーリーラインがわかりやすかった『龍のカゴ釣り』よ。そのこうがいを勝手にまとめて、それぞれのシークエンスを三幕構成で言えばどこに当たるのか対応させてみた」


 うつはコピー用紙をじっと見た。たしかに一行目には『龍のカゴ釣り』とタイトルが書かれており、その下にはおおまかなあらすじが書かれていた。

 それとともに、〝セットアップ〟だの〝第一のターニングポイント〟だのうつにはピンとこない単語が記され、なにやら解説もついている。

 ふじばかまが横からのぞき込んできた。


「……『龍のカゴ釣り』なら、あたしも途中までは読んでる。投稿サイトに、反響もなくちまちまと連載してるやつっしょ? 男の子が、現代日本で、叔父さんのかたきのでっかい龍を釣ろうとする物語」


 図書室から借りた分厚いノンフィクションを読んでいたあやも、同様に目を向ける。


うつの小説にしては珍しく冒険物っぽい雰囲気で、俺は苦手ではないぞ」


 たちばなだけはそんなもの気にも留めず、椅子に座って熱心にスマートフォンをつついていた。

 ひよどりばなは意気揚々と続ける。


うつ、部員の意見は吟味しないといけないんでしょ? 現状は三幕構成になってない『龍のカゴ釣り』を改稿するとしたら……と考えて、整理したんだ。といっても完結してない小説だし、三幕構成にするには足らないピースだらけだから、わたしのアイデアを加えさせてもらった……、うつどうしたの? 頭が痛い? あっ」


 うつが頭を押さえたのを見たひよどりばなが、あせりをにじませた。


「もしかして、変更点が気に入らない? ちがうからね、誤解しないで。わたしはべつに、こう直せ、と一方的に言ってるんじゃないよ。あくまで一例。大事なのは、うつがシナリオ作りの基礎を理解すること。わたしががんばって書いたのはあくまで参考、勉強のための教材であって──」

「うん。ひよどりばなががんばったのは、この文章量を見ただけでわかるよ。ひよどりばなが書く文章やシナリオは本来、報酬が発生しなきゃならないようなものだろうに。だから、……ごめん、と感じたんだ。頭痛じゃない」

「え、なに、謝らなくていいよ! わたしはそのために入部したんだし、わたしが苦労しただけうつの頭に入るんなら、やったかいがある──」

「いや、それが申し訳ないんだよ。……せっかく書いてくれたのに興味がなさすぎて、読んでみようと試みてもびっくりするほど頭に入らない」

「──まず頭には入れろや!! うつがやりたい、書きたいっていう自分の楽しみ優先主義なのは充分わかったけどさあ!」


 ひよどりばなが怒鳴って、あやがなぜかうれしそうにくくっと笑って、ふじばかまが同情的なまなざしをひよどりばなに向けたそのときだった。

 たちばながいきなり、悲痛な叫び声をあげた。


「──あぁあっ!?」


 うつたちが振り向くと、思わず腰を浮かせたたちばなはスマホをつかみ、やり場のない怒りと苦しみに耐えるようにわなわなとしていた。

 数秒の間がある。


たちばな先生?」


 ひよどりばなが声をかける。と、たちばなはしばらく鬼の形相を続けたあと、表情をすうっと消して、椅子に座り直した。それから、最初から浮かべていたと言わんばかりのさわやかな笑顔を、生徒たちに向けてきた。


「諸君、特にうつくん、朗報だよ」

「なにこれ怖い」


 ひよどりばながうめいた。

 うつひよどりばな案のコピー用紙を指で軽く弾いて、にやりとする。


「朗報って、今週末はどうかって俺が頼んでたやつ?」

「そう。このあいだ保留にさせてもらっていたろう? うつくんの目標を達成するにはい時期なのはわかっていたし、もともと僕の趣味のひとつだから、休日に付き合うのも決して嫌じゃなかった。……けどね、実はデートの予定が入るかもしれない状況にあって、決められていなかったのさ」

たちばな先生、そんな人格なのに彼女いるんですか?」


 いぶかったひよどりばなの袖を、ふじばかまが慌てて引っ張った。


ひよどりばなちゃん。見てられなくなるから、やめて……」

「あれ、どうして」

「彼女ではないよ。……いまはまだ、ね。それに近い存在ではある。見てみるかい? いくらスレた元子役であっても、子供には早い駆け引きかもしれないけれどね。僕は半年も前からずっと、サヤカちゃんに愛をささやき続けてた……」


 立ちあがったたちばなが、ふっ、と笑ってうつたちのほうに歩いてくる。ふじばかまが、見るに忍びないというふうにうつむく。

 たちばなが手渡したスマホの画面を、ひよどりばなのぞき込んだ。

 うつはどちらかと言うと、スマホの画面よりもひよどりばなの反応を注視していたので、ひよどりばなもとを引きつらせる瞬間を見た。


ひよどりばなくんも心当たりはあるだろう? 女の子はね、やはり甘い言葉に弱いんだ。コツは覚めない夢を見させてあげることさ。うつくんとあやくんも後学のためにおぼえておくといい。努力は裏切らない、と……」


〝ねえたちばなっちー☆ 土曜日ねぇ サヤカったらおヒマなんだぁ♪ このあいだ言ってたお寿屋さん 出勤前に連れて行ってくれるんなら その前にカラオケかショッピングもありカナ♥♥♥〟

 ひよどりばながスマホをうつに渡して、ぼそりと、苦しそうにつぶやいた。


「……キャバクラの、同伴──……」


 つい真実を口にしてしまった天才少女の細い肩を、あやがいさめるようにぽんとたたいた。そっとしておいてやるんだ、というぬくもりに満ちた所作だった。うつは、受け取ったスマホを、最新のメッセージが表示されるところまで縦スクロールする。

 先ほどたちばなを叫ばせたのであろうメッセージだ。

 それをひよどりばなに見せる。

たちばなっちごめーん☆ たちばなっちに早く会いたかったんだケド うちの猫の調子が悪くて♪ でもぉ お店のオープン直後はしばらくほかのお客さんの予約があるんだけどぉ 九時くらいからは大丈夫と思うからぁ会いにきてネ♥♥♥〟

 たちばなは誇らしげに語る。


「最後まで読めば生徒諸君にもわかるかな? 僕も最初はたしかに、絶望した。いらった。これまで店に支払った金を返せと思った。が、よく考えさえすれば、文面に込められた愛を見抜けたんだよ。サヤカちゃんは飼い猫の秘密を話してくれるほど僕を信頼し、たくさんハートでおもいを伝えてくれてる……」