転生程度で胸の穴は埋まらない

第一章 異世界転生 ⑥

 いつものように。これまで繰り返してきたように。孤独を努力で紛らわせていた。そうやって生きてきたから。

 しかし、神様は、そんなコノエに。

【諦めるのは、仕方ないよ。でも、自分の努力を否定しちゃダメ】


「……」


【頑張った自分を、認めて、褒めてあげて?】

 神様はコノエをぐに見つめてほほみかける。

 よく頑張ったねと。すごいよと。褒めてくれる。言葉はなくて、雰囲気だけが伝わってくる。

 ──そこにうそはなくて、本心から神様はコノエのことを認めてくれている。

 それが心に伝わってくる。笑顔は本物で、疑うことが出来ないほどぐに気持ちが伝わってきて。


「……はい」


 そんな神様に、コノエはなんだか泣きそうになる。

 神様の笑顔に、どういう訳だか何かが満たされた気がする。胸の中にあった知らない欠落が、ほんの少しだけ満たされた気がした。


「……」


 ……だから。だから不思議だけど。

 ……もう少し頑張ってみようと、そう思えたんだ。



 ──その日。コノエは教官の部屋には行かなかった。

 神様と別れた後、寮の部屋に戻って、また朝から努力して。



 ──翌年、コノエはまた心が折れた。

 いや、やっぱ無理でしょこれ。



 そんなことを一年に一度くらいの頻度で何度も繰り返した。

 心が折れて、その度に神様が現れて、また立ち上がった。

 何年も、何年も。訓練を重ねて、血を吐いた。

 終わりははるとおく、いくら努力しても前に進んでいるのかもわからない状態で、それでも歩き続けた。

 走って、泣いて、血を吐いて。死にかけて、生き返って、また死にかけて。

 魔物と戦って、何度も負けて。ようやく勝って、でも次はもっと強い魔物が待っていた。

 いつまでっても才能なんてものは芽生えなくて、何年も後に入った後輩に何百人も抜かれて。そして、諦めて辞めていく人間を学舎から何千人も見送った。

 必死にいて。学んで、学びきれなくて、何度も同じことを繰り返して。

 今度こそはと、夢を見た。かつて見た夢。惚れ薬奴隷ハーレムだれかを追い求めた。

 人に言ったら、アデプトになるより人と話す練習でもしたらと馬鹿にされそうな夢。でもそれが出来ないから、ずっとき続けた。

 下らなくても、みっともなくても。

 今生こそは、誰かと。ただただそう願って──。


「──おめでとう、コノエ。君は確かに成し遂げた」


 その日、コノエはアデプトになった。

 学舎の門をたたいた日から、二十五年がっていた。


5


「コノエ、おめでとう」

「……ありがとう、ございます」


 そのとき、コノエの胸中に喜びはあまりなかった。脱力感と、これは現実なのだろうかという疑念があった。

 ──二十五年。日本にいたころも含めて、人生の半分くらい。

 才能ある加護持ちは最短十年くらいでアデプトになるため、コノエは最長の部類だ。

 長い、長い日々。生命魔法の力で外見こそ若いまま維持されているとはいえ、時間は確かに過ぎ去っている。

 同じ時期に学舎に入ったものはもう誰もいない。確か百人くらいがいて、十五年前と十年前くらいに一人ずつアデプトになった。そしてそれ以外はみんな諦めた。


「これが、アデプトのあかしのコートね。でも、知っての通り着用義務はないから。着てもいいし、捨ててもいい。好きにして」

「……はい」


 教官から真っ白なコートを手渡される。

 二十五年前、コノエを学舎に誘った教官。当時と同じように向き合って立っていて、でもこのコートはあのときなかった。

 そう思うと、少しだけ実感がわいてくる。あまり着用している者はいないアデプトのコート。しかし、これは確かにアデプトの象徴だった。


「……」


 これまでの日々を思い出す。どうしてここまで頑張れたのだろうと思って、浮かんでくるのは神様のことだった。諦めそうになるたびに、お茶をれてくれた。認めてくれた。何年も何年も、ずっと見ていてくれた。

 ──先日のアデプトの最終試験。神様は離れたところからコノエを見ていた。

 試験に挑むコノエを見守って、そして、決まったとき大きく拍手してくれた。少し涙目になっていた。伝わってきた。コノエも泣きそうになった。……言葉はなくても、おめでとうと祝ってくれていた。

 ……だから、コノエは感謝している。

 神様の優しさに。コノエにすら手を差し伸べてくれた、その慈悲に。


「……」


 手元のアデプトのコートを見る。そこには神様を表す白翼十字の紋章が刻まれている。

 だから、コノエはコートに袖を通して、首元から腰まである固定具をすべて閉じた。


「君は、着るんだね。うん、それもまた自由だよ。アデプトは神から与えられた使命に背かない限り、人よりはるかに多くの自由が許されている。そして、コノエ、君は本日より九千百二十人目のアデプトになった」

「……はい」

「君はこれから、何をしてもいい。その身に付けた生命魔法で病から人を救ってもいい。冒険者になってダンジョンへ挑んでもいい。邪神との戦に出て武功を立て、貴族になってもいい。かつて言っていたように、ハーレムを作ってもいい」

「……はい」

「まあ、そうは言っても、普通は実家の貴族家や信仰上のしがらみなどでなかなか好きには生きられないんだけど。でも、異世界人の君にはそれがない。……もしかしたら君はこの世界で最も自由なアデプトなのかもしれないね」


 あはは、と教官が笑い、少し羨ましそうにコノエを見る。

 コノエは、そんな教官に何と返せばいいか分からず、口をつぐむ。


「……ふふ、ごめんね。余計なことを言ったよ。じゃあ、そろそろ終わりにしようか。最後に君にこれを」

「……? これは?」

「相場表だよ。アデプトに仕事を頼むときの料金表と言ってもいいかもしれない」


 渡された紙を見る。そこには『死病の治癒:半金貨一枚』と書かれている。他には『護衛(三十日):金貨二千枚』や『しよう汚染の街駐在(三十日):金貨千枚』などとも。

 あまりコノエは金銭的な相場には詳しくない。この世界に来てからほとんどの時間を訓練に費やしていたからだ。しかし、金貨一枚があればみやこの市民一家族が三十日は暮らしていけると聞いていた。

 ……なるほど。これは確かに稼げる。奴隷ハーレムだって簡単に作れるだろう。


「ああ、念のためもう一度言っておくけど、君は自由だ。だから、その相場に従う必要はない。無料で治療をしても良いし、相場の十倍の額を要求してもいい。それが、アデプトだ」

「……はい」

「ただ、まあ……いや、止めておこうかな。ここから先は君が自分の目で見て決めるといよ」

「……? はい」


 教官が含みのある表情をして……コノエはなんなのかといぶかしげに見る。

 しかし教官は、そんなコノエを他所に一つの門の方へ視線を向ける。そこにあるのは学舎の正門にあたる大扉だ。人の何倍も大きくて、普段は閉じられている。しかし、アデプトが新しく生まれた時だけに開かれる扉。


「さあ、行きなさい。好きに生きて、欲望を満たせばいい。君は成し遂げた。だから、君に課せられた使命は一つだけだ。

 ──邪神と、そのせんぺいと戦うこと。邪悪よりなる民を守ること。ただそれだけが、アデプトに課せられた義務なのだから」



 門へ歩く途中、コノエは考える。ついに目的を果たす時が来たのだと。

 奴隷ハーレムを作り、れ薬を飲ませる。そうすればあとはやりたい放題だ。美少女も美女も好きにはべらせて、エロいことだろうが何だろうが自由。

 それなりに働いてそれなりに金を稼げば、すぐにかなう。