転生程度で胸の穴は埋まらない

第一章 異世界転生 ⑦

 先ほど手渡された相場では死病を治癒するだけで半金貨一枚だ。ダンジョンからあふれる死病を治癒できるのはアデプトのみであるとはいえ、法外な金額だと言えるだろう。ある程度働けばしきに奴隷を数人買ってもおつりがくるはずだ。

 ──つまり、目標はもう達成したも同然だった。

 かつて夢見た理想。今度こそ、コノエは一人ではなく、誰かと。


「……」

「アデプト様、外に出られますか?」

「……ん、ああ、お願いします」


 そんなことを考えていると、もう門の目の前まで来ていた。

 両脇にいた門番にうなずくと、設置された鎖が動き始める。高さ十メートル以上の巨大な扉がごうおんと共に左右に開き始めた。


「……」


 その動きはゆっくりとしていて、開ききるまでに時間がかかりそうだった。

 だから、コノエは門から視線を切って、なんとなく振り返る。

 そこには半生を過ごした学舎があった。訓練場があって、寮があって、食堂があった。そして、最上階には。


「──あ」


 そこで、気付く。最上階の一室。その窓に神様が見える。数キロは先の小さな窓。しかし生命魔法で強化された視力なら見える。神様は窓の近くで何か作業をしていて。

 ──ふと、コノエと目があった。

 神様はあら、という感じで目を見開き──コノエに笑いかけてくれる。

 優しい笑顔で、小さく手も振ってくれる。

 それは行ってらっしゃいと言っているような雰囲気で。

 コノエも、そんな神様に笑みが漏れる。

 思わず手を振り返して、自分で自分に少し恥ずかしくなって。


「……行ってきます」


 小さくつぶやいて、前を向く。ゆるんだ頰を自覚して、口元を隠すように手で押さえて。

 ……そして、少し。

 ……あのかたが、自分の薬物奴隷ハーレムを知ったらどんな顔をするんだろう、と思って。


「……」


 頭を振る。考えないことにする。

 今更だった。二十五年った今、引くことなんて出来るはずがない。


「──」


 と、ゴン、というごうおんが辺りに響く。扉が開ききった音だ。

 コノエは一歩足を踏み出す。二歩三歩と歩いて、門へと向かう。

 門の先には大きな街──都が見える。所狭しと建てられた店舗や家屋に、通りを歩く多くの人達。そんな所でこれから自分は楽しく生きていくのだと……。


「……うん?」


 分厚い門の下を通る途中、そこであれ、と思う。なんだか様子がおかしいような。

 コノエは知っている。アデプトの学舎は都でもひときわ高い丘に建てられていて、門の向こうは巨大な下りの階段になっている。

 最初に上った時はげんなりした長い長い階段。そこに。


(……人の気配? それも一人や二人じゃない)


 十や二十でもない。もっと多くの人がいる。街の中だから気付くのが遅れた。


(……なんだ? 祭りか? 階段で?)


 そんなことを考えながら、分厚い門を潜る。階段の頂上から下を見て。


「……は?」


 そこには、人がいた。巨大な階段からあふれるくらいの人がいた。

 そして、その全てがコノエを見ていた。目を、大きく大きく見開いてこちらを見ていた。

 ──声が、聞こえてくる。


「アデプト様だ」「新しいアデプト様だ」「助けて」「アデプト様」「助けて」「どうか」「アデプト様」「おおなんと」「故郷が」「家が」「助けて」「アデプト様」「白翼十字だ」「アデプト様助けて」「死病が」「アデプト様」「どうかどうか」「アデプト様」「お救いください」「アデプト様。アデプト様。アデプト様。アデプト様。アデプト様。アデプト様。アデプト様。アデプト様。アデプト様。お救いください。アデプト様。アデプト様。アデプト様。どうか。アデプト様。アデプト様。アデプト様。アデプト様。アデプト様。どうか、どうか、どうか──」

「「「「「──アデプト様、どうか、我らをお救いください」」」」」


 ──そこには、救いを求める人々がいた。