不可逆怪異をあなたと 床辻奇譚
二 禁忌 ⑤
まだ
今になって振り返れば、相当乱暴な遊びにも付き合わせていたと思う。それでも俺は
俺たちは二人でいることが自然で、両親を失ってからは更にそうなった。葬儀の時、
俺はだから
「ぉに……ちゃ……あぶなぃ……こと、しない……で」
「大丈夫だよ。無茶しないように気をつけてる」
最初はかなり用心しながら始めたけど、
「とりあえず明日は、さっき買った記憶の鳥居に行ってみて──」
その時ふと、俺は気づく。
道の先の電柱に貼り紙が貼られている。見覚えのあるそれは、さっきのいなくなった女の子を探す貼り紙だ。通りすがりざま見ると、やっぱりさっきと同じ。「子供を探しています。
『
「……まずいな」
道の先の電柱には、また同じ貼り紙が貼ってあった。
いくらなんでも間隔が狭すぎる。人探しのポスターをたった五十メートルおきになんて普通は貼らない。おそらく俺たちはいつの間にか何かの怪奇に巻きこまれている。
「お……にぃちゃ……?」
「
俺は呪刀を取り出すと、それを手に走り出した。次の電柱が見えてくる。そこに貼られている貼り紙は右端が少しちぎれていた。さっき見たものとまったく同じだ。
「つまり、閉じこめられた?」
知らない間に何かの禁忌に触れたんだろうか。俺はもう少し走ってみたけど、やっぱり同じ電柱の前に出てしまった。念のためスマホを取り出してみるけど、電波がない。
「そう簡単には脱出できないか」
閉じこめられ型の怪奇からの脱出パターンはいくつかあるけど「外の世界に電話で連絡を取る」ってのは代表的な一つだ。でもどうやら今回はそれができない。
「他の解法としては抜け道を見つけるか、鍵になっているものを探して破壊するかだったか?」
セオリー的にはそんな感じだけど、知らない人間は多分脱出できない。そういう人間はいわゆる「神隠し」扱いになるんだろう。普段は怪奇を探して回っているけど、予備知識なしで出くわすのはできれば遠慮したかった。
俺はとりあえず明かりがついている家の玄関前まで行く。庭先に見える窓からはカーテン越しに食事をしている人影が見えた。それを確認して俺はインターホンを押してみる。ピンポンと軽い音が家の中に響き、けど食卓にいる人は立ち上がる様子がない。もう一度鳴らしても同じペースで食事を続けているままだ。
俺はおもむろに庭に入りこむと、人影が見えるガラス窓を
「……なに、してる……の?」
「んー、他の人間に接触できるかと思ったけど駄目だな。反応がない」
窓をどんどん
「おおっと」
けどそこに広がっているのは元の道路だ。電柱の貼り紙も変わらない。空間がループしている。じゃあ他の可能性は、ということで俺は電柱に歩み寄ると貼り紙に手をかける。溶けかけたテープに手をかけ引きはがした。けどやっぱり辺りには変化がない。
「これが一番怪しいと思ったけど、ただ目立ってただけか」
無関係の貼り紙だとしたら悪いことをしてしまった。俺は剝がしたテープでもう一度電柱に貼り紙をくっつけようとして──
「あれ? 昭和五十三年?」
貼り紙に書かれた文章を、俺は改めてちゃんと読む。
【
思わずぞっとする。こんな昔の貼り紙、今の時代に残っているはずがない。
やっぱりこれも怪奇の一種だ。俺は貼り戻そうとした貼り紙を畳んで電柱の下に置く。
そうして顔を上げて、違和感に気づいた。
「さっきより辺りが暗い……」
気のせいじゃなくて道の先が暗くなっている。建ち並ぶ家々から
まだそんな夜中じゃないし、これは早いうちに脱出しないとまずい。
そう思っているうちに背後の家がぱっと暗くなった。さっきインターホンを押した家だ。
「ぉ……にぃちゃ……だいじょ……ぶ?」
「大丈夫だ」
そう断言する。
今まで怪奇に踏みこんだことはあるけど、知識なしに空間タイプに閉じこめられたのは初めてだ。空間タイプのトリガーに出くわしたこともあるけど、今までは禁忌の情報があったから避けられていた。けどこれは知らない。知らないってことは巻きこまれて戻れた人間が少ないってことだ。いわゆる初見殺し。こんなことなら記憶屋で火器を借りて帰ればよかった。
ふっと、また遠くで一軒
「ひょっとして……
全部の
どこに進むべきか
真っ暗なそこから声だけが聞こえてくる。
「き、きサ子ちゃぁん、どこナのぉぉ!」
「うげ……」
引きつれたような高い声は、明らかに人間のものじゃない。しかも何十年も前に行方不明になった子供を探す声だ。俺は少しだけ迷って足元にスポーツバッグを置く。
「
「気……をつけ、て」
「任せとけ」
短く請けあって、俺は呪刀を持ったまま声のした窓へ走る。塗りつぶされたみたいに黒い窓からまた調子外れの声が聞こえる。
「キさ子ちゃァン! どこに隠れたノォ!」
「知るか」



