魔導人形に二度目の眠りを

第1章 変わり果てた世界 ②

 魔導人形『』の活躍により戦況は一気に傾き、人類は寄生生物を駆逐するに至った。

 聖王歴七三四年九月。

 勝利と終戦が宣言され、一〇年余り続いたそうとの大戦は終わった。

 それは同時に、魔導人形のらない世の中になることでもあった。

 制御下にあるとはいえ、外法の力。

 そうと同じ力を持つ魔導人形は、誰からも恐れられるようになった。

 終戦後すぐに世間の批判論が再燃し、各国の集合会議で『』の永久封印が決定された。

 魔導人形は、生みの親である魔術師ザリオンに封印され、エルガたちは永い眠りについた。


 ……はずだった。




 意識が覚醒状態に近い。

 夢を見ることもなく眠り続けるはずが、体の感覚を取り戻していることをエルガは自覚した。

 指先、手、肩、首、腰、足、それぞれが不具合なく動かせることを確認すると、ゆっくりと半身を起こした。

 周囲には何もなく、ひんやりとした闇が横たわっているだけの真っ暗な空間だった。

 思い出せる最後の記憶は、生みの親であるザイオンに封印の魔術を施されるところ。

 以来封印され続けたエルガは、ここがどこなのか、まったく見当がつかなかった。

 何かの弾みで封印が解かれたのか、誰かが任意に解いたのか、封印の術式が劣化してしまったのか。

 もし解かれたのであれば、誰かそばにいてくれてもいいものだが、あいにくそんな人物は見当たらない。

 そうのいない世に、魔導人形は無用の長物。

 やつによって世界が転覆しかけた経緯から、同じ力を持つを遠ざけ蓋をするのは無理のないことだった。


「封印ができる魔術師を探さなければ」


 事故か劣化で封印が解かれてしまったのなら、再度かけ直してもらう必要がある。

 幸い、エルガは何もしなければただの少年に見える。姿を見られたからと騒動にはならない。

 立ち上がり、エルガは封印ができる誰かを探すため、脱出口を探した。

 見上げると、自然光がかすかに差し込んでいるのがわかる。あそこからなら出られる。

 そう思ってからの行動は早かった。

 能力である【万象の鍛工炉ブラツクスミス】を発動させると、問題なく使うことができた。

 足元にあった三つの石を短刀に変異させ、脱出口の下、壁に向かってそれぞれとうてきすると、小気味いい音を立てて突き刺さった。それを足場に、一度、二度、三度、高く飛び、最後に自然光が差し込む壁の縁をつかんだ。

 石の冷たさと固い感触を感じながら、体を持ち上げがる。


「能力にも身体からだにも異常なし。あの頃のままだな」


 出たそこは石造りの一室。石碑が脇に転がっており、そばにエルガが出てきた暗い穴があった。石碑がどかされたことで、うっすらと光が入ってきたようだ。

 石碑がこうなってずいぶんっているのが跡を見るとわかる。探検好きの誰かが、穴倉をのぞいても暗くてエルガの存在は視認できなかっただろう。

 しかし、放り投げられて埋められるものだとエルガは思っていたが、丁重に寝床を作ってくれていた。かつての働きに感謝と敬意を込めて、ということだろうか。

 部屋から上へ続く階段がありのぼってみると、洞窟に出た。さらに光が強くなるほうへ歩みを進めると、鮮烈な緑色が視界に飛び込んでくる。

 森の中だった。


「人を探そう」


 そのあとに魔術師だ。

 世界最高と称されたザイオンと同じ封印ができるとは思えないが、ないよりはマシだろう。

 獣すら通らない道を枝木をかき分けて進んでいく。踏みしめる腐葉土の感触に、濃い緑のにおい。甲高い鳥の鳴き声。

 いずれの感覚も正常。どこにも問題はない。宿主を見つければ、今すぐにでも戦える。

 体が劣化していないあたり、封印はどうやら対象の時間を止めてしまうようなものだったらしい。

 獣の足あとを見つけ、辿たどってみると湖に出た。向こう岸では鹿が水を飲んでいた。エルガに気づくと頭を上げ、真っ黒な目でじっと見つめてくる。

 湖はひようたんのような形をしており、特徴的なこの形には覚えがあった。

 エルガらが仕えた国──エウデュリア王国にある湖だ。

 こんな森の中にあっただろうか。

 当時の地図を思い返してみても、辺りは少なくとも森ではなかった。

 清涼な水をすくってひと口飲むと、すーっと胃まで落ちていくのがわかる。

 ここがエウデュリア王国のその湖だったとして、記憶通りなら近くに村があるはずだった。

 そこまで行けば、誰かに出会えるだろう。

 幸いにも、道を見つけた。整備されてはいないが、人が幾度も通っているためそこだけ草が生えていない。

 道が伸びるほうへ歩いていくと出口はすぐだった。森を出た先には平原が広がり、街道が続いている。その先に民家がいくつもあるのが遠目にわかる。

 地形も村の場所も、記憶通り。

 エウデュリア王国東部であることは確かなようだ。

 通りかかった荷馬車の御者に行き先を伝えると、御者は快く応じてくれた。空になった荷台に乗せてもらい、ゆっくりと馬が歩き出した。


「ハウルメルの町に行きたいとは、また物好きな」

「ハウルメル?」


 そんな名だっただろうか、とエルガは首をかしげる。


「ちなみに、今は聖王暦何年でしょう?」

「セーオーレキ? なんだい、そりゃ」

「聖王暦です。聖、王、暦」


 わかりやすいように繰り返すと、御者の男は不審そうに眉をひそめた。


「よくわからんが、暦をいてるのかい? そんなら、今はグロス暦二三〇年だ」

「二三〇年……グロス暦、ですか」


 覚えのない西暦だったが歳月が過ぎれば、暦や王の一人や二人代わることは珍しくない。


「では、ここはエウデュリア王国ではないのですね」

「聞かない国だな。そりゃどのへんにある国なんだい?」


 エウデュリア大陸の三割を支配している大国だ。その名が変わったとして、知らないということはないだろう。歴史書があれば、その名が載らないはずはないのだ。

 二三〇年、とエルガは口の中でつぶやく。


「では、ここはなんという国なのでしょう」

「知らないのかい、あんた。ここは、イクザール皇国だ」


 やはり知らない名の国だった。

 湖の周囲に変化があったことや、暦がまるで違うこと、二三〇年という歳月。

 せいぜい一〇年二〇年だと思っていたが、少なくとも二三〇年以上時間がっているのではないか。


「この近辺に魔術師はいませんか?」

「マジュツシ?」


 これも通じないのか、とエルガは嘆くように首を振った。

 男が持っていたこの国の地図を見せてもらうと、エウデュリア王国と同じ地形で、王都も同じ場所にあった。多少国境と町の名前は変化していたが、その土地であることに間違いはなかった。


「ここで結構です。ありがとうございました」


 ハウルメルと呼ばれた町付近でエルガが荷台から飛び降りた。


「あんた、世間知らずみたいだから気をつけるんだよ。元気でなー」


 御者は親切な一言を残して、手綱を引いて去っていった。

 ハウルメルの町に入ると、当時は集落に近い村だったが、今では確かに町と呼んでもいいほど栄えていた。

 大通りには食材を並べる店があり、酒屋や宿屋もある。とはいえ、王都や他の大都市からはるかに離れた田舎町。各一軒ある程度の町ではあった。

 御者の男は魔術師を知らなかった。行商人なら色んな町へ行くだろう。どこかで耳に挟むこともあると思っての質問だったが、空振りに終わった。


「旅の方?」


 話しかけられ振り返ると、そこには一〇代半ばとおぼしき少女がほほんでいた。金髪を後ろで結っている。手に提げているカゴの中には、野菜がいくつか入っていた。


「旅……」


 そう見えるのなら、一旦そういうことにしておこう。


「はい。旅をしていて」

「こんなところに来ても何もないわよ。ただの田舎町なんだから」