魔導人形に二度目の眠りを

第1章 変わり果てた世界 ③

 少女は快活そうな笑みを浮かべて肩を揺らした。


「魔術師を探しているんです」

「マジュツシ?」

「知りませんか。魔術師……いや魔術を」


 ええっと、と少女は曖昧な反応を見せる。


「ちなみに、今は何年ですか?」

「今? 二三〇年だけど」

「聖王暦七三四年から、どれほどったかわかりますか」

「せいおう、れき?」


 これも御者と同じ反応を示した。

 違う世界なのかと一瞬思ったが、見せてもらった地図の王都の名こそ変わっていても、位置やその他地形が変わっていない。

 あの封印された時から地続きの世界であることに違いはないはずなのだが。


「その、マジュツシっていうのを探しているのね」

「そういう人がいれば、ですが」

「私も探してあげるわ!」

「いえ。結構です。ご存じないようですし」


 そう? と少女は首をかしげた。


「たいした物はないけれど、町を案内してあげる」


 旅人が珍しいのか、やたらと関わり合いを持とうとする少女。

 しかし、こういった人間は以前もいた。外からやってきた者が珍しい田舎の町に暮らす者特有の親切心なのだろう。

 しゆんじゆんしていると、カラン、カラン、と鐘が鳴らされた。


「いけない……もうそんな時間なのね」

「どうかしましたか?」

「騎士様がいらっしゃるわ」

「騎士、ですか」


 少女の朗らかだった表情に固い物が混じっている。

 治安維持に務める者であることはエルガにも容易に想像がついた。

 だが、鐘が鳴らされるというのは、まるで──。

 通りにいた人たちがそそくさと家屋の中に入っていく。野菜を並べていた八百屋も肉屋も、急いで商品をしまっていた。


「酒屋さんに入りましょう」


 少女は、事態がわからないエルガの手を引いて、酒屋へと小走りで向かう。

 さっきまでご機嫌な声が響いていた酒屋は、今ではしんと静まり返っている。


「酒屋さん」


 締められた扉を少女がノックすると、わずかに隙間が空いて、男が顔をかすかにのぞかせた。


「リーニアか。ささ、入りな」


 扉が開くとエルガとリーニアと呼ばれた少女は中に入った。


「また来やがったな、あいつら」

「ええ、急だったわね」

「暇潰しか何かのつもりかねぇ」


 男は、恨みがましそうに窓の外を一度うかがってすぐに閉めた。


「リーニア、その人は?」

「旅の方。マジュツシっていうのを探しているみたいなの」

「はーん? よくわかんねえが、年頃の娘がお節介焼きすぎんじゃねえぞ」

「わかってるわよ」


 親しげな二人のやりとりを聞いても、店主らしき男が魔術師という単語にピンときた様子はない。


「おい、あんちゃん。リーニアの親切心に付け込んで、変なことすんじゃねえぞ」


 男はすごみをかせた表情でエルガを威嚇すると、自重を促すようにリーニアが男をたたいた。


「マスター、やめて。旅の人に失礼よ」

「付け込む以前に、そもそも案内を頼んだわけではないので」


 きっぱり言うと、店主はきょとんとした顔になり苦笑する。


「リーニア。ありがた迷惑だとよ」

「ひどい」


 リーニアが唇をとがらせた。


「そうは言ってませんよ」


 田舎町だから魔術そのものを知らない可能性がある。

 当時は魔術師ザリオンを筆頭に、魔術先進国として知られていた。そして、町には一人くらい魔術に詳しい者や扱える者がいたが、数百年もてば変わってしまうのかもしれない。


「遅くなったけど、私、リーニア。あなたは?」

「エルガといいます」

「同い年くらいかしら」

「いえ。封印後からついさっきまでを数えないのであれば、製造年から数えると、自分は六つになります」


 ぷっとリーニアと店主が吹き出した。


「でっけえ六歳もいるもんだ」

「ちょっと。おかしなこと言わないでちょうだい」


 くすくすと品良く笑うリーニアに、腕を軽くたたかれた。

 事実なのだが、とエルガが補足説明をしようとしたとき、エルガの体内のそうがぞわりと動いた。

 この感覚──近くに宿主がいる。そうを宿した何かが近づいてきている。

 そうせんめつしたはず。

 それなのに

 派手な物音と悲鳴が外から聞こえてきた。


「はじまったか」


 苦虫をみ潰したような顔で店主が言うと、エルガは窓の外をのぞいた。

 騎士と言ったリーニアの言葉に相違はなかった。

 道に五人ほどの屈強な騎士がいる。

 そのうちの一人に、かつちゆうに身を包んだひと際大きな騎士がいる。身長は二階に届きそうなほど高く、濃いひげで顔が覆われており、体毛がかつちゆうの隙間からのぞいている。騎士の名を冠するにはいささか品がない。

 その男が足を振り上げ、家の扉を蹴破った。

 大きな音を立て扉が奥へ吹っ飛ぶと、他の騎士は止める様子もなく、ただニヤニヤと事の推移を見守るだけだった。


「あれが、騎士、ですか」

「旅人さん、あいつはべリング騎士長といってな、あれがこの近辺の警備を任されている騎士の長なんだ。警備だなんて言って、ああして毎回一軒ずつ入って家の中をあらためるんだ。欲しいもんがありゃ、取っていくのさ」


 べリング騎士長と呼ばれたあのきよの騎士が宿主だ。


「奪うという習性は相変わらずということか。……店主、あれは騎士ではなく宿主です」

「シュクシュ?」


 あの戦争は風化させるにしては大きすぎるはずだが、店主もリーニアも反応は曖昧だった。


「マスター、あの家は私の友達の家で」


 今にも飛び出していきそうなリーニアの腕を店主はぐっとつかんだ。


「落ち着け。何かされるって決まったわけじゃないんだ」


 中に入った巨大な騎士が、少女を伴い出てくる。

 大きすぎるべリングからすれば、その少女は人形のように見えた。ベリングは少女のか細い腕をつかんで道に放り出した。

 少女が悲鳴を上げるのと同時にリーニアが声を上げた。


「助けなきゃ! 友達、友達なの!」


 自分の腕を固く握ったままの店主に訴えるが、店主は首を振った。


「去るのを待つしかない。耳を塞いで、目を閉じて、去るのを待つんだ」


 諦観する店主の嘆きに、リーニアは唇をんだ。

 外では、騎士が座り込み、リーニアの友人をのぞき込んでいる。丸くなった体は、まるで巨大な岩のようで道には大きな影が落ちていた。


「どうしてもてなさぬ。今日はおまえの家の番だった。我ら騎士隊も暇ではないのだぞ」


 少女は震えていた。それでもなお、理不尽なこの男にあらがおうと勇気を振り絞った。


「警備とは、町を守ること。どうして私たちがあなたたちの言いなりにならないといけないの!?」


 騎士は破裂音のような大きな笑い声を響かせた。


「我らが守っているということは、好きにしていいということ。違うか?」

「あんたたちなんか、騎士でもなんでもないわ」

「黙れぇい!」


 少女ごとつかめそうな分厚い手の平をぶん、と横に振ると、嫌な音を立て少女が壁にぶつかる。短く息をんだリーニアが顔を両手で覆った。


「なんと軟弱な。だから守ってやろうと言っているのだ」


 攻撃ですらないその平手は、騎士にとってはただのたわむれに過ぎなかった。


「娘は連れていく。家はそうだなぁ、燃やせ」


 部下に言うと、先ほど吹き飛ばした少女を人形を扱うように雑につかんで引きずっていく。


うそ……」


 そうはくな顔色でリーニアがぽつりとつぶやく。やがて、瞳に激情の火がともった。店主がつかんでいた腕を強引に振り払い、店を出ていこうとする。

 そこをエルガは止めた。


「相手は宿主です。あなたが出ていっても、何もできないでしょう」


 はっきりとした物言いに、リーニアがキツくエルガをにらんだ。