魔導人形に二度目の眠りを

第1章 変わり果てた世界 ④

「シュクシュだかなんだか知らないけどだから何! このまま友達が連れていかれて、家が燃やされるのを見てろってってこと!?」

「はい」


 目をいたリーニアが大きく手を振りかぶる。平手を打つと、頰を打たれる寸前でエルガが手の平で受け止める。

 ぱん、と小さな音が鳴った。


「危害を加えられた場合にのみ人間への反撃が許可されていますが、今のは条件は満たしていません」

「わけのわからないことを言わないで! もう、どうしろっていうのよ……」


 へたり込んでしまったリーニアに、エルガは続ける。


「俺が行きます」

「ただの旅人に、何ができるって言うのよ」

「大したことは何も。俺が自我を保ち存在するのであれば、使命により目の前の宿主を撃滅します。それは、陽が昇り暮れるのと同じことです」


 店主に止められるのも聞かず、エルガは店を出ていった。

 さっきまであいあいとしていた小さな町には、緊迫感と嫌な静寂が漂っていた。


「おい。待て」

「おぉん? 待て、というのは、オレに言ったのか」


 ボロボロになった少女の手をつかんだまま、きよの騎士が顔だけで振り返る。


「そうだ。きたいことがある。おまえ以外にも宿主はいるのか?」

「なぁんだ、お仲間か」

「一緒にするな。質問に答えろ。さもなくば処分する」


 獣のほうこうのような笑い声を騎士は上げた。


「処分? オレをか?」


 指示通り家を燃やそうとしていた騎士の剣を一本奪ったエルガ。


「処分というのは、こういうことだ」


 エルガは能力【万象の鍛工炉ブラツクスミス】を発動させた。



 ゾルゾルゾル、と体内のそうがざわつき、瞬時につかんだ剣まで移動する。

 剣が淡く輝くと、元の形状よりも長く伸び、やりへと変化した。

 それを巨大な騎士めがけてとうてきする。


「何をするかと思えば」


 ニヤりと笑った騎士が巨剣を引き抜くと同時にエルガのやりを払おうとする。

 その瞬間。

 剣が空を切る。

 やりは細切れになり、一〇の矢となって騎士に降り注いだ。


「ぐあぁぁあ!?」


 矢はかつちゆうを貫き、いずれも深く突き立っていた。騎士はたたらを踏んで、膝をついた。

 悲鳴に顔を出した町の人たちが、起こった出来事に感嘆の声を上げた。


「グッ──、今のは一体……」

「急所は外している。きたいことがあるからな」


 一歩一歩、エルガは騎士に歩み寄っていく。その後ろでは、勇気を出した町民の男一〇人ほどが、騎士たちに襲いかかり、装備を奪おうとしていた。


「しゃべるか、戦うか。どうする?」

「お、お、オレはベリング騎士長! この町の警備を任されている! ろ、ろ、ろうぜきは断じて許さんッ!」


 激高したべリングが立ち上がり剣を高く構えた。

 エルガが意外そうにまばたきをした。


「変異しないのか。人間の武器などなんの足しになる」


 ベリングは言葉にならない何かをわめき散らして、たたきつけるようにして剣を振り下ろした。

 少し避けると、切っ先は眉一つ動かさないエルガの鼻先を通る。剣の風がエルガの前髪を触った。

 ごうおんが響き地面は揺れるが、奇妙な何かを見る目でエルガはべリングを見上げた。


「まさか、おまえ変異できないのか?」

「ブォォォォアアア!」


 ベリングはたけびを上げて巨剣をまた振り上げた。

 エルガはベリングに突き立っていた矢を引き抜く。そして【万象の鍛工炉ブラツクスミス】を再び発動させた。

 矢がまた淡く光り輝く。矢じりが細く伸び長い刃となると、矢は剣へと姿を変えた。

 ベリングの攻撃を容易たやすくかわすと、手にした剣で足下の空を斬る。すると、見えない何かで摩擦したかのように刀身が炎をまとった。

 頭に血がのぼっているベリングでさえ、その武器の威容さに目を奪われ、そして足がすくんだ。


「ほ、炎──……だからなんだと──ッ!」


 三度攻撃をしてこようとするベリング。


「手を抜いているわけではなさそうだな。ということは、これが全力か」


 倒れて脚をばたつかせるむしを眺めるように、エルガは無機質な視線をベリングに向けた。


「教えてやろう。変異とは宿主にとっては不変で絶対の能力──」


 一歩踏み込み、エルガは炎をまとった剣を下段からに斬り上げ、巨大な体に炎撃を食らわせた。


「アッがあがあっ、アァあ──!?」


 大炎上するベリングが断末魔を響かせながら膝をつき、地面に倒れ込む。

 エルガは意外そうに目を丸くした。


「一撃で? ……最低限の強度もないのか」


 焦げていくベリングに、あきれたようなつぶやきをもらす。

 人肉が焼けるにおいが漂い、叫び声もなくなり事切れたことがわかった。

 エルガが死体に注視していると、ベリングの口から小さなむしが出てきた。このむしもまた、体のそこらじゅうが焼けており、すでにひんであることがわかる。

 このむしが、そうとエルガたちが呼んでいる寄生虫だった。にも似た形状をしており、足は二〇本。体長は親指の先ほどしかなく小さい。

 エルガはくるりと剣を逆手に持ち替え、切っ先をそうに突き立てた。


きたいことがあったのだが」


 小さなため息をつくと、剣を後ろに放り投げる。【万象の鍛工炉ブラツクスミス】を解除すると、変化前の剣の一部に戻った。



「さあ、さあ、あなたは座ってて」


 エルガはリーニアに半ば強引に着席させられた。

 酒場には町の人間が大勢詰めかけ、店内外で酒盛りが行われている。

 リーニアは料理が載せられた皿をカウンターの向こうにいる店主から受け取り、こちらに運んだ。

 ベリングを倒したことで、この町民からは驚かれ感謝をされた。

 エルガにはよくわからないが、ベリング打倒はおめでたいことらしく、町民たちがここに集って騒いでいるのである。

 そのせいか、町民たちから杯を渡されては飲み干すことをさっきから繰り返している。


「おうおう、いい飲みっぷりだ!」

「町を救った英雄はこうでなくっちゃな!」

「みんな、エルガに飲ませすぎないでよ?」


 リーニアの表情も朗らかだった。

 ここまででわかったことは、エルガが眠りについてから少なくとも二三〇年ほどっていること。魔術を誰も知らないこと。以前せんめつしたはずのそうがいたことだった。

 そして、どうやらこの時代の民は、そうがなんなのか、乗っ取られた宿主がどんな力を有しているいるのか、よくわかっていないらしい。

 過去、やつに何をされたかも知らないようだ。歴史の知識があれば、そうとその力は無視できない。かつては助けた民からさえも、エルガの力は畏怖の目で見られることは多かったが、今は抵抗感も忌避感もなく、こうして大宴会を開いて歓迎されていた。

 テーブルに載せられた大皿の中身は、とりにくの香草焼き。食欲をそそる香りと脂のいいにおいが鼻先で漂っている。

 きゆうの手伝いが一段落したリーニアが向かいに座った。


「エルガって強いのね」

やつに対するとき限定なので、強いというのは正確ではありません」

「いいわよ、そんなこと。むなくそわるいベリングをあっという間に倒しちゃうんだから」


 ベリングが連れていこうとした少女は、今手当てを受けているようで命に別状はないという。

 部下の騎士たちは、町の男たちによって捕らえられており、今はどこかで軟禁されているそうだ。


「俺は、余計なことをしたのでは」