魔導人形に二度目の眠りを

第2章 宿主 ①

 リーニアの家にエルガがそうろうをして二日がった。

 彼女の一日というのは、ごく一般的な町民のそれと変わらないようだった。

 日が出てしばらくして、町にある唯一の鐘が鳴らされ朝の訪れを告げる。その頃にはリーニアは寝台から抜け出しており、準備をすると仕事である畑の世話に向かう。


「自分たちと、あと近所の人たちのために作物を育てているのよ」


 水の入った重いおけを持つエルガに言いながら、しやくを突っ込んで作物に水をく。

 差し込むあさに照らされる横顔には、なんのてらいもなく、地に足が着いた生活を送っているのだとわかる。


「大変ではないのですか?」

「大変じゃないとでも思う?」


 片眉を上げて、リーニアは首をかしげてみせる。


「リーン、質問に質問を返すのは感心しません」

「んもう。エルガって厳しいし真面目で堅苦しいのね」

「そういうですから」

「大変よ。前は兄のルカスと世話をしていたのだけれど、いないじゃない? だから私がどうにか守っているってわけ」


 次の場所へ水をくため、リーニアは歩を進める。エルガもあとに従った。

 時代が時代なら、田舎町の畑ではなく王城の花畑で、エルガのような男ではなく、女性の使用人を連れて花でも眺めていたのだろう。

 リーニアを見かけた他の町人が声をかけては、快活に挨拶と簡単な世間話をして手を振って去っていく。リーニアは、この町ではちょっとした人気者のようで、彼女を見かけると色んな人が話しかけていた。


昨日きのうの夜、エルガのことを説明をしてもらったけれど、よくわからなかったわ。現実味がなさすぎて」

「そうですか」


 彼女が言うように、そうろう初日の夜、エルガの正体について質問があった。リーニアが王政を打倒しようという意思があったため、エルガは自身のことを打ち明けた。

 宿主と関わろうとしないただの少女であれば、旅の武芸者だと適当に誤魔化していただろう。


「だって、そうでしょう? 二〇〇年以上前の人だったなんて」

「人ではありません」

「いいのよ。そう見えるんだから」


 畑に目を戻すとリーニアは確認した。


「宿主……っていう寄生虫が入った人間を倒すために、エルガは造られたんでしょ?」

「はい。そうに寄生された宿主は、変異能力という強大な力を持ちます。物質だったり宿主そのものを異形の姿に変えてしまう力です」

「怪物みたいな宿主も人みたいな姿の宿主もいるの?」

「個体差はありますが、人の姿に戻れる器用な個体ほど力は強いです」

「ブリッツ伯爵の見た目は、普通の男の人だわ」

「では、比較的力の強いそうが宿っているのでしょう。ベリングのように、体に異変をきたしたままでいる個体は、大したことがありません」

「あんなに強いのに……?」

「一般的な人間を基準にすると、それでも強力で歯が立ちませんが。だから俺たちのような物が造られたのです。……大戦時に製造され、戦地に投入された魔導人形は大戦果を上げました」

「そのうちの一人がエルガね」

「そうです。宿主と同じように、俺たちの中にもそうがいます。違いは制御できているかどうかという点でしょう」

「剣をやりに変えたり矢に変化させたあれがエルガの力?」

「はい。形状と性質を記憶した物であれば、武器や道具として再現できます」

「炎がぶわぁって出たのも?」

「かつてそういう武器がありましたから、それを作ったのです」


 ふうん、とリーニアは鼻を鳴らす。


「エルガがうそをついているとは思わないけれど、昔のことって、よくわからないのよね……」


 困ったよにリーニアは眉をひそめる。


そうはどうして戦ったのかしら。寄生して乗っ取れるなら、その体で戦う必要はないと思うの」

「『奪う』というのが、やつの習性の一つです。体を奪うことから端を発し、家を奪い土地を奪い町を奪い国を奪う……そう自身は非常に弱い生物なので、何者かに寄生しなくてはならないのです」

「人間に寄生して話せるのなら、戦わなくても済んだのに」


 当時、対話を唱える人物もいたにはいたが、戦場の宿主たちの姿を見て、別の生物だと認識すると簡単に意見をひるがえした。

 エルガが活躍した頃の話をくリーニアは実感がまるで湧かないようだった。それもそのはずだ。


「書物がないそうですね」

「ええ。そういった文字が書かれた紙というのは高級品で滅多に見かけないわ。貴族はそういうのをたくさん持っているって聞いたことがあるけれど」

「では、ブリッツ伯爵のしきにも書庫があるのですか?」

「ショコ?」

「書物が収められた蔵です」


 たぶんねー、とリーニアはまた水をく。

 この町の人は、魔術師も魔術も知らなかった。エルガが製造されたときには、魔術は当たり前に存在し、習得しさえすれば誰にでも扱える力だった。

 はるか未来で、それがなくなっていることのほうが、エルガには信じられなかった。

 昨日、改めてリーニアに町を紹介してもらった。井戸や中央の広場、買い物ができる場所と何が買えるのか。

 不思議に思ったのは、エルガの記憶にあるものより、文明がやや退化していることだった。大都市に行けばまた違うのだろうか。

 ふと手を止めて、リーニアがエルガを見つめる。


「兄は、まだ無事かしら」


 何事もはっきりと口にするエルガに問いかける──それは、最悪の事態すらも言葉として突きつけられることを意味している。リーニアの悲壮な面持ちは、しかし覚悟を意味していた。


「無事です、きっと」


 エルガからの思わぬ返答に、リーニアの曇った表情がぱっと晴れた。


「ほ、本当に?」

「気休めは言いませんから」

「というか、言えないんでしょ」


 含み笑いをするリーニアは、肘でツンツンとエルガをつつく。


「どうしてそう思うの? 全然帰ってこないし、しきに行って帰ってきた商人も、わからない、としか」

「不要なら見せしめとして処刑します」

「私の家族なのに、そんな血も涙もない仮定の話がよくできるわね? 繊細な話なのに傷つくかも、とか考えないわけ?」

「考えません」

「なんなのよ、こいつ……!」


 またしても苦情を送るリーニアだったが、エルガは構わず続けた。


「そうしないということは、理由があるはずです」

「それは……他に解放軍の仲間がいるかどうか、調べるため?」

「それもあるでしょうが、さっきもお伝えした通り、宿主は強大な力を有しています。人間が束になってもかないません」

「そ、そんなに……?」

「ええ。解放軍が兵を率いてしきを襲撃したとしても、ブリッツ伯爵が恐れることはないでしょう」


 おそらく、とエルガは自身の考えを言う。


「宿主の肉体には限界があります。老いや不調も年を取れば取るほど増していきます。人間の体ですから。兄上は、体力に自信があったのでは?」

「そうよ。畑仕事も毎日していたし、背だって大きいし体格もいわ」

そうが次の宿主として保持している可能性があります」

「じゃあ、兄は化け物に……」

「放っておけば。ですが、逆に言えば、乗り換えるその日まで殺されることはありません。利用価値を認めているから、処刑もしないし帰すこともしない」

「そう考えれば、確かに……」

「動くなら早いほうがいです」

「どうしたら兄を助けられるかしら」

「考えましょう」


 畑仕事の手伝いをしながら、エルガは熟考する。

 魔導人形の使命は、第一にそう撃滅が上げられる。それに加えて、宿主からの人命保安も使命に含まれる。

 伯爵家のしきとなれば警護の人間は当然いるだろうが、彼らを攻撃するすべをエルガは持たない。

 家に戻ると、リーニアは二人分の昼食の準備に取りかかった。