「あっ! 類も笑った!」
「いや笑ってねぇって……」
「いやいや、そんな強がらなくていいって! ここには私しかいないんだからさ!」
何気なく言った彩花の言葉に、俺はハッとしてしまう。そうだよな。彩花の前でさえ、感情を隠そうとするなんて……俺らしくないよな。
「……ああ。だな」
「ふふっ、それでいいの。類は類のまんまでさ!」
「……ははっ」
「あははっ!」
……そして俺らは他の動画にも飛んで、伊吹の切り抜きを見ていった。彩花の母親が晩ごはんが出来たことを俺らに知らせるまで、その時間は続いたのだった。
そして夕食を終えた俺らは、また彩花の部屋に戻っていた。俺は料理の感想を口にしつつ、さっきの丸椅子にまた腰を下ろす。
「やっぱり彩花のお母さんって料理上手だよな。すげぇ美味かった。まぁ……相変わらず強烈なキャラしてたけど」
「あははー……ごめんね。ママ、類のことも自分の子みたいに思ってるからさ」
ちょっとだけ申し訳なさそうに、彩花は笑って言う。食べてる最中、今は何をしているのかとか、どうしてずっと遊びに来なかったのかなど、俺はずっと質問攻めにあっていたのだ。まぁ昔は本当に毎日遊びに来てたから、そう思うのも仕方ないことなんだろうけど……。
ちなみに質問に関しては、上手く誤魔化しておいた。全部正直に言うと、余計に心配されそうだったからな。
「ま、それは全然いいんだけど……どうして引き止めたんだ? 俺完全に帰るつもりだったんだけど」
……それで、なんでまた部屋に戻ってきたのかというと、彩花から「まだ帰っちゃダメ」と引き止められたからで。多分俺が「VTuberになる」と言うまで帰さないつもりなんだろうけど……。
「いやー、まだVTuberになるって返事を聞いてないなって思ってね?」
「だから……なる気はないって散々言ってるだろ?」
俺はVTuberになるつもりもないし。そもそもなれるわけがないと何度も言っているのに、彩花はそれを分かってくれないらしい。全くどうしたもんかと、俺が頭を悩ませていると……彩花は次なる作戦に移ったようで。
「……ふーん。それだったら私にも考えがあるよ……!」
そう言って彩花はおもむろにスマホを取り出した。そして画面をポチポチといじった後、それを耳に押し当てて……。
「えっ、お前何を……?」
「…………あ、もしもし、いぶっきー? 今大丈夫?」
……まっ、まさかこいつ……さっき見た動画のVTuber、基山伊吹に電話を掛けてるというのか……!?
「あっ、良かったぁ! それじゃあちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?」
『はい。レイがそんなこと言うなんて珍しいですね。何ですか?』
途中で彩花はスピーカーに切り替えたらしく、彼女の声がここまで届いてきた。その声はさっき動画で聞いたそれと、全く同じものだったんだ。
「うん! あのね、近いうちにスカサンから新ライバーが登場するらしいんだけど、それが私の幼馴染なんだよ!」
『へぇ、そうなんですか。それは面白いですね……でもなんでそれ、レイが知ってるんですか?』
「幼馴染が私の配信に出て、それを見た運営さんがスカウトしたんだよ! それで……」
『あの、今更ですけど、私が聞いても大丈夫なやつですか? それって、まだ世に出てない情報ですよね?』
「…………あー」
彩花は『やっちまったなぁ』みたいな顔をして、俺の方を向く……それ普通に言っちゃ駄目なやつじゃねぇか……いや、別に俺はVTuberになるつもりなど微塵もないんだけどな……?
『……まぁ。私は誰にも言うつもりありませんから、大丈夫ですけど』
「そ、そう? だったら通話が終わったら、全部忘れたことにして!」
『分かりました』
いや続けんのかよ、コイツ……そして彩花はまた口を開いて。
「でね、スカウトされたんだけど、その幼馴染がVTuberにならないーってずっと言ってて! だからどうにか伊吹ちゃんに説得してほしいなって思ってさ!」
『……なるほど』
「あ、今私の隣にいるからさ、変わるね!」
「えっ、お前……!?」
そして彩花は半ば無理やり、俺にスマホを渡してきた。俺は今すぐそれをぶん投げたい衝動に駆られたが……流石にそれは踏みとどまった。しかし、このまま黙っているのも相手に悪い……そうやって色々と考えた結果、俺は大人しく電話を取って、応答することにしたんだ。
「……も、もしもし。えっと……レイがお世話になってるようで……」
『こちらこそです。お名前は?』
「あ、宮坂類って言います……」
『そうですか、類さんですね』
電話の相手、基山伊吹は音声ガイダンスのように淡々と話すのだった。いや、切り抜きで見た時よりもクールなんですけど……!
それで……しばらく俺が何も言えないままでいると、向こうから話しかけてくれて。
『……まぁ。レイからああ言われましたが、私は無理にVTuberなんてならなくていいと思っています。未だ偏見の目で見られることも少なくないですし。絵を被ってるからって、馬鹿にしてくる人もまだまだ存在してますからね』
「そ、そうですよね……!」
『ええ。それにこのグループに入りたくても入れない人だって、数多くいるんです。そんな中イヤイヤやるような人が加入したら……みんなの士気が下がります』
「……!」
その言葉に俺はハッとした。それはそうだ……そのスカイサンライバーに入りたくても入れない人だって、絶対にいるはずだ。俺はそのことを全く考えられていなかったんだ。
『言葉が強くなってすみません。ですがそうなるのが見えてしまったので、言わせていただきました……類さん。レイの説得は私がしますので、安心してください』
「あ、はい……すみません……」
電話越しなのに、俺は頭を下げてしまった。生半可な気持ちで彼女はVTuberをやっていないってことを、強く感じたからだ。
……そして、数十秒の静寂の後。また伊吹さんは言葉を発して。
『……それで。これは個人的な質問なんですけど、どうして類さんはVTuberになりたくないんですか?』
「えっ? そ、それは…………自信がないから……かな」
考えればいくらでも向いていない理由は出てくるが、一番大きな要因はそれだろう。俺が人を楽しませるなんてところが……どう頑張っても想像出来なかったんだ。
そしたら伊吹さんはポツリと。
『…………類さんはレイの配信、見たことないんですか?』
「えっ?」
『レイは雑談配信で、よく貴方のことをお話してるんです。エピソードトークでは、大体貴方のことが出てきます』
「え、ちょ、ちょっと! 伊吹ちゃん!?」
俺の隣で彩花が焦ったような声を上げるが、伊吹さんはガン無視で続けて。
『身バレを避けるため色々と噓の情報も入れてるでしょうが……多分全部類さんのことです。レイはそのお友達のことを「頭がいい」「ゲームが上手い」「困った時すぐに助けてくれる」など、べったべたに褒め倒しています』
「伊吹ちゃん!?」