勇者は論理で死に絶える

プロローグ

──ウソとリボルバー──

 違法薬物────『異世界転移トリツプ』。

 服用した者に強い幻覚作用を引き起こし、精神を異世界へと転移させるドラッグ。

 服用者は「勇者」となり、異世界に君臨する「魔王」をたおすことで現実世界へと帰還する。現世のことわりからは外れたを持って。

 しかし、魔王の存在しない現実に勇者の居場所はない。

 人の枠組みから外れてしまったソレらに対し、世界は利活用ではなく排除の道を選んだ。

 多くの常人によって成り立っている世界の秩序を守るために。リアルがファンタジーに侵食されることのないように。勇者のギフトを暴いて殺す──『探偵』を擁立することで。


「…………認めるよ。僕の負けだ」


 僕のギフトがウソに関するものだとあたりをつけるやいなや、リボルバークイーンは僕がギフトを使わざるをえない状況を作った。

 自分に銃口を向けることで僕にそれを下ろさせた。

 バレバレのウソをくことで僕に〝ウソを見破らせた〟。

 わずかな言動の違和感から僕のギフトを見破り、推論を証明するための「場」を一瞬であつらえて、真実を明らかにするぎわはまさにプロの探偵。

 その実力に圧倒された僕は、もはやすべてを話すしかない。


「…………【虚構破りノン・フイクシヨン】」

「へえ」

「僕にはウソがわかる。だれかがウソをくと僕の右目は視界を赤く染める」

「そいつはすごい。アタシもそんな目がほしかったぜ」


 じわり。裂けた血管から血がにじみ出すように僕の右目が赤く染まる。

 向けられた銀のリボルバーも、潮風にそよぐブロンドの髪も、こちらをじっとのぞき込むエメラルドの瞳も、すべてが夕焼けよりも濃い赤に染まって輪郭を失う。

 それは見慣れたウソの色。ウソを見破る。すなわち【虚構破りノン・フイクシヨン】。

 それが僕のギフトの正体。僕が勇者であるなによりの証拠。


「目の色が変わったりはしないのか?」

「コンタクト」

「なるほど」


 冷めたあいづちひとつで話を終わらせると、リボルバークイーンは立ち上がった僕を堤防のほうへと追い立てる。硬いコンクリートが背後を塞ぎ、突き出された白い手足が退路を断つ。


「まっ、アタシに出会っちまったのが運の尽きだな」

「…………運の尽き、か」


 向けられた言葉をはんすうして、思わず自嘲めいた笑みがこぼれる。

 僕がついていたことなんてただの一度もありはしない。

 ろくでなしの親から生まれ、風邪薬の代わりに『異世界転移トリツプ』を与えられ、こんな目をもってしまった時点で、僕の人生は詰んでいた。

 ────だから、いつかはこんな日がくるだろうと思っていた。


「で? 抵抗はもうおしまいでいいのか?」

「…………正体を暴かれて、額には銃口。逃げ場はない。むしろこっちがききたいくらいだよ。この状況で、いったいなにができるっていうんだよ?」


 周囲に人の気配はなく、助けを求められそうにもない。

 そもそも僕が勇者だと暴かれている時点でだれかが助けてくれるはずもない。

 秩序をくつがえし、ことわりゆがめ、人々の日常を犯しかねない勇者は、排除すべき敵。本人の意思とは関係なく、ただそこに存在しているだけで、罪。

 その罪を清算するべきときがきた。それだけのこと。

 僕は両手を上げて降参を示す。

 するとリボルバークイーンは大きなため息をいた。


「わかってんのか? 勇者にとっての敗北は、イコール──『死』だぜ?」

「わかってるよ」


 認めると認めざるとにかかわらず、僕が勇者だとバレてしまった時点で勝敗は決している。

 探偵に求められるのは勇者のギフトをあばく「論理」と、勇者を殺せる「力」。

 プロの探偵であるということは、すなわち殺人のプロでもあるということ。

 ろくにケンカもしたことがない僕が暴れてみたところで、無駄に痛めつけられるだけだ。


「……ずいぶんいさぎのいいことで。無駄だとわかっていても、ふつうは最後の抵抗ってやつを試みるもんだけどな」

「言っただろ。抵抗もなにも、この状態で僕にできることなんてなにもないんだよ」


 つまらなそうに鼻を鳴らしたリボルバークイーンは、なにか考えるように自分の顎を指でたたく。そしてまもなく、思考が終わり。

 僕の額に当てていた銃を下ろした彼女は、それをクルリと回してこちらに差し出してきた。


「ほら。これならやりようもあるだろ?」


 そう言って僕に銃のグリップを握らせると、大きく一歩後ろに退いて彼女は立ち尽くす。

 彼女の両手に武器はなく、僕の手には渡された銃がある。あっけない形勢逆転。


「正体をあばかれた勇者が助かる方法は、どのみちひとつだ」


 勇者が助かる方法──それはつまり、犯人が逃げのびる方法と同じ。

 自分の正体を知っている者を消し去る──探偵を、殺す。

 それだけが、勇者が生きのびる手段。


「装塡されているのはあと一発だ。外すなよ」

「…………なにを考えてるんだよ?」

「なにも」


 彼女の言葉に、僕の右目が赤く染まる。

 それはウソがかれたあかし

虚構破りノン・フイクシヨン】が発動したことに気づいたらしい彼女は、バツが悪そうに言い直す。


「…………ただ、無抵抗なやつを殺すのが性に合わないだけさ」


 その言葉は真実で、この目がウソの色に染まることはない。

 つまり彼女はこの状況からでも僕を殺せる術を持っているということ。


「…………なら、かまわないか」


 構えた銃の向こうに立つリボルバークイーンを見据えて、大きく一回、深呼吸。

 ごくりと生唾を飲み込んで、僕は引き金に指をかける。

 静まりかえった海岸に、そして──ふたつの銃声が鳴り響いた。