勇者は論理で死に絶える

プロローグ

──空位の探偵──

 ギフトは『異世界転移トリップ』を服用して勇者になった者だけが持つ異能力。

 探偵はそのギフトによって世界の秩序がくつがえされるのを防ぐために存在している、勇者にとっての敵。その探偵がギフトを持っている? だとしたらそれは──。


「彼女もキミと同じ勇者だよ。いち


 リボルバークイーンは顔を背けて舌打ちをする。

 その態度に、しかし否定のニュアンスはない。


「探偵協会が公にしていないイレギュラー。勇者でもあり探偵でもある特別存在──ゼロ・ディテクティブ」

「…………ゼロ・ディテクティブ?」

「ゼロ・ディテクティブは、そのギフトを探偵としての職務に使うことを条件に、生きることを許されてる。もっとも〝勇者は全員殺すべし〟って結論が先にある以上、非公式的扱いで、衆目のまえで堂々とギフトを使ったりはできないけどね」


 探偵として、勇者を殺すために使役された勇者──ゼロ・ディテクティブ。


もえの【魔弾の射手フライクーゲル】は指差した標的の死角に魔弾を生み出して、いつでも放つことができる。いちに銃を渡しておきながら余裕を気取れていたのはそれが理由だね。実際、いちがトリガーを引くより一瞬はやく、魔弾はいちの背後から放たれていた」

「……ああ、そうだ。それでこいつは死ぬはずだった。なのにどうして生きてる?」

「へへん」


 自慢げに鼻をさすって開かれた手にはいくつもの貝殻が握られていた。

 どうやら浜辺で拾っていたらしい。僕の足下にはその破片とおぼしきものが散らばっている。


いちの死角ってことは、その後ろにいたボクにとってはふつうに視野内だからね。モノをぶつけて軌道をズラすくらい、わけないよ」

「ちがうだろ、ヒトリ。アタシはおまえがそいつをどうやって生かしたかをきいてるんじゃない。なぜ生かしたかをきいてるんだ」


 求められているのは方法How done itではなく動機Wny done it

 勇者である僕を助けた理由。思惑。狙い。


「それはだから、ボクが『名探偵』だから」

「答えになってねえよ」

「ツンケンしちゃって。昔のもえはもっとかわいかったのに」

「アタシの名前はリボルバークイーンだ!」


 地団駄を踏むリボルバークイーンに軽やかな笑みを返して、名探偵は語る。


「────探偵は真実を明らかにする。だけど名探偵は、真実より価値ある未来を示すのさ」


 探偵は全員が『探偵協会』に属しており、協会の定めるランクによって「一級」から「三級」までに序列されている。そこに非公式的に「ゼロ・ディテクティブ」が加わるとして。


「名探偵」なんてランクもまた、僕はきいたことがない。

 しかしその自称「名探偵」によってリボルバークイーンのギフトは封じられ、僕の命は救われた。

 そしていつの間にかこの場の空気──話の流れは彼女にコントロールされている。

 あらゆる疑問とその答えを自分自身に集約させることで。


「…………」


 いったい彼女が──ひとりのぞみがなにを考えているのか、わからなかった。

 勇者の僕が、探偵のリボルバークイーンによって殺される──それで問題はすんなり解決するはずなのに。明らかにするべき真実はすでに出そろっているのに。

 名探偵の目は〝その先〟をのぞくように、遠くへと投げられている。


「……ヒトリ。アタシの目の届かないところでおまえがなにをしていようと関係ない。だけどそいつはアタシの獲物だ。その邪魔をするってんなら……」


 リボルバークイーンはホルスターに銃をしまうと、立てた右手の指をひとりへと向ける。

 するとひとりの背後十数センチの距離に真っ黒な弾丸が出現した。

 音もなく宙に浮かんでその場で回転し続ける「魔弾」は、いつでも標的の命を奪えるようにと彼女の心臓に狙いを定めている。

 それは常識では説明のつかない現象。起こるはずがない事象。

 ゆえに、はたらいているのはことわりの外にある力──ギフト。

 彼女リボルバークイーンもまた、僕と同じ勇者であるあかし


「邪魔なんてしないさ」


 上げられたひとりの両手からパラパラと貝殻が落ちていく。

 そのポーズは、しかし降参の意を含まない。


「ボクはただ、問題を解きほぐすだけだよ」


 風にそよぐ前髪がげられ、大きなはくいろの瞳がピカンとえた光をともす。

 そして名探偵はニヤリと笑うと、揚々とした声でもって突きつける。

 真実より価値ある未来を示すという、名探偵の答えを。


「────ここに勇者はいない。それで問題は解決だ」


 僕とリボルバークイーンはポカンと口を開けて固まった。

 あまりに素っ頓狂な言い草に、返す言葉が見つからない。

 その回答は、だって、だれがどうみても、まちがっていた。

 真実より価値ある未来を示すとのたまう名探偵──それがいったいどんな答えを披露するのかと思えば、口にされたのはまったくの見当違い。デタラメ。ウソ。


「…………ふっざけんな! そいつは勇者だ。そしてアタシも。それはたった今、おまえが明らかにしたことだろ! ヒトリ!」

「そう。もえはたしかに勇者だ。だけど勇者が探偵をやっていることは秘密になっている。勇者は勇者であることがバレてはいけない。それはゼロ・ディテクティブも同じだよね?」

「だからどうした? アタシはべつにギフトの使用を禁止されているわけじゃない。要は、証拠さえ残さなけりゃいいんだ。そこにいるを殺せば、ふれて回るヤツはいなくなる」

「そうだね。だけど、殺せないでしょ?」


 まるで、すべてわかっているかのようにひとりは言う。


「殺せないだと? アタシは探偵だぞ。さっきだってそこにいる勇者を殺したところだ」


 ガードレールの下で冷たくなっている少女の死体。

 それをいちべつするひとりの目が憂いの陰りを帯びる。


「それが、もえの仕事だったんだよね?」

「ああ、そうだ」

「なら、今日はもう働かなくていい。もえはもっと休んでいいんだよ。そんなイケイケな格好しててもまだ十五歳なんだから。しっかり眠らないと将来の夢がみられなくなっちゃうよ」

「それはアタシが決めることだ」

「そうだね。だからもえが決めればいい」


 いかにも相手に判断を委ねているような物言いだ。

 けれど会話の主導権はずっとひとりが握り続けている。


「殺せないってのは語弊があったかな。でも、殺したくないっていうなら正しいでしょ?」

「だから、なにを根拠に……」

「その銃」


 と、ひとりはリボルバークイーンがホルスターにもどした銃を指差す。


「それでいつでもいちのことを撃ち殺せたはずなのに、わざわざ渡してピンチになったのはどうして?」

『無抵抗なやつを殺すのが性に合わない』とリボルバークイーンは言っていた。

 それが本心であることは僕の【虚構破りノン・フイクシヨン】によって証明されている。


もえは無抵抗な相手を殺せるほど冷酷じゃない。だから良心のしやくさいなまれることなく殺せるように、いちにリボルバーを渡して抵抗の機会を作ってあげた。ちがう?」

「…………ちがう」


 彼女がそう答えると、僕の右目が赤く染まった。

 それはウソがかれたあかし


「…………チッ」


 ウソに気づいた僕を見て、リボルバークイーンはやりづらそうに舌打ちをする。


「アタシがどう思っているかなんて関係ない。アタシは探偵だ。勇者を見つけたら殺す。それが仕事で、放棄はできない」

「……そうだね。だからもえが仕事として殺した勇者についてはしかたない。だけど今ここで望まない殺人を繰り返す必要はない。ボクはそう言ってるんだよ」

「おまえがどう言おうと、そいつが勇者である以上…………」


 口にされたのはそこまで。続いたはずの言葉は、細い息にまれて喉の底へと落ちていく。

 ひとりはふふんと鼻を鳴らして、もう一度、同じ答えを口にした。


「────ここに勇者はいない」