勇者は論理で死に絶える

プロローグ

──あぶり出されたウソの色──

 彼女が言っているのはつまり、すべて見なかったことにしようということだった。

 それはなんの解決にもなっていない。ただにしているだけ。


「名探偵」というわりにはなんとも場当たり的な提案だ。

 なのに。それが不思議とこの場ではもっとも円満な解決策に思えてしまう。


「ダメだ。そいつを生かす理由がない」

「生かす理由なんて、殺したくないからで十分じゃない」

「そいつはおまえがなにを言おうと【虚構破りノン・フイクシヨン】の勇者だ」

「どうしてギフトの名前まで知ってるの?」

「それは、そいつが自分で……ッ……!」


 やられた、とリボルバークイーンが唇をむ。


「なら、その自白がまちがいだったなら、もえの論理もまちがいだったってことになるね」


 それはリボルバークイーンの論理をかいさせる一撃だった。

 たしかに、僕はまだ決定的なあやまちを犯してはいない。

 死体の近くに銃を持っているやつがいたらそれを探偵だと思っても不自然ではないし、弾丸が装塡されていないと言われても自分の頭に銃口を向けて引き金を引こうとしているやつがいたらそれを止めようとすることは一般的な倫理観からも逸脱していない。

 僕が持つ【虚構破りノン・フイクシヨン】のギフトはまだ、その存在を完全には証明されていない。

 だから僕がここで証言をひっくり返せば──ただ一言、やっぱり自分は勇者なんかじゃなかったと言えば──証拠不十分。僕が殺されることはなくなる。


いち。キミは、勇者なんかじゃないよね?」


 名探偵は僕に向かってやさしくほほみかける。

 それはさながら、天上から垂らされた救済の論理

 先刻までどうしようもなかったはずの状況が、いつの間にか、ただうなずくだけで救われる状態に変えられている。

 問題が、解きほぐされてしまっている。


「…………」


 ひとりのぞみ──ふざけているようでいて、とんでもない。

 問題に潜むを捉える洞察力。捉えたを明らかにする論理性。いずれも卓越している。

 だが、真にきようがくするのはそうして語れる能力の高さではない。

 むしろ理解して語れない部分にこそ本質がある。

 彼女は──名探偵は──なぜかその目で見ていないはずのことまで知っている。

 すくなくとも僕がリボルバークイーンと出会ったとき、周囲に彼女の姿はなかった。僕のギフトについて白状させられたときも同様だ。

 にもかかわらず、なぜか彼女は僕とリボルバークイーンのやりとりを最初から見ていたかのように話を展開している。彼女はなぜかこの場で交わされた会話のすべてを知っていて、並べられた言葉のなにがウソで、なにが真実か、逐一問いただすまでもなくわかっている。問題を解きほぐすために必要な情報をすべて事前に手に入れている。

 見るまでもなく知っていて、聞くまでもなくわかっている。

 まるで、全知全能。神さまが人の姿をして降臨したみたいだった。


「…………まさか、ここまでとはな」


 探偵は勇者を殺すために存在している。

 そんなあたりまえに縛られない常識外の存在──名探偵独希

 探偵でありながら、勇者を救うことをひようぼうして。証明が終わったものとして処理されようとしていた問題を蒸し返したかと思えば、それを解き明かすこともなく消滅させてしまうなんて。絶体絶命のピンチから僕を救うために、こんな異常イレギユラーが舞い込んでくるなんて。

 ────まったく、本当に。

 どこまでいっても、僕の運は尽きている。


「…………ああ、そうだな」


 僕は右目のコンタクトを取り外して投げ捨てる。

 黒目を偽るレンズが夜空でまたたく星の輝きを乱反射して、暗い水底へと沈んでいく。

 吐き出した息が白く変わって沈黙に溶けていく。

 僕はゆっくりと顔を上げる。

 そして、二人の探偵のまえで宣言した。


「────僕は【虚構破りノン・フイクシヨン】の勇者なんかじゃない」


 瞬間、僕の右目は赤く染まる。

 僕がいたウソに感応し、瞳に宿ったギフトが発動する。

虚構破りノン・フイクシヨン】によってを明らかにすることで、真実もまた明らかになる。

 確定された真実は、神さまにだってくつがえすことなどできはしない。


 僕は【虚構破りノン・フイクシヨン】のギフトを持つ勇者──せんさいいち

 僕の望みはただひとつ。

 ────探偵に、殺されることだ。