勇者は論理で死に絶える

プロローグ

──神さま(悪魔)の論理──

「…………どういうつもりだ?」


 げんそうに眉を寄せるリボルバークイーンに僕は言う。


「どうもこうもない。これが真実だよ」


 僕が「勇者ではない」というウソをいたことで僕のギフトである【虚構破りノン・フイクシヨン】が発動し、この右目は赤く染まった。

 そして僕が勇者であることはだれの目にも疑いようのない真実となった。


「…………そうじゃない」


 詰め寄ってきたリボルバークイーンが僕の胸ぐらをつかみあげる。


「なんで、自分から正体をバラすようなことをしやがる?」

「べつに。元々バレてただろ」


 本来ならこんな方法をとらなくても、うっかり正体をあばかれてそのまま殺されるはずだったのに。名探偵が余計なことをしてくれたせいで、踏むべき手順が多くなってしまった。


「そのバレバレの真実を、あいつが……ヒトリがなかったことにしようとしたんだろ。事実アタシは、おまえにはぐらかされるだけでそれ以上詰めることができなくなってた」

「ならよかったな。答えが出て」

「ッ……! ふっざけんな! てめえ、死にてえのかよ!?」

「その質問に意味はあるのか?」


 勇者は勇者であるという理由だけで殺される。

 そして探偵は勇者を殺すために存在している。

 なら、個々の事情や心情に意味はなく。彼女がすべきことは決まっている。


「僕を殺せ、リボルバークイーン。おまえにはそうする以外ないはずだ」


 僕が勇者であると確定した以上、探偵である彼女は僕を殺すしかない。


「そんなことないよ。だって、ここに勇者はいないんだから」


 変わらない調子で語るひとりのほうに向き直って、僕は言う。

 あのとき抱きしめられたぬくもりごと、突き放すように。


「まだそんなデタラメを引っ張るつもりか? 名探偵。僕が勇者である証明なら、たった今完了したはずだ」


虚構破りノン・フイクシヨン】の発動によって僕が勇者であることはだれの目にも疑いようのない真実になった。


『ここに勇者はいない』という名探偵の答えは──僕を救うための論理は──僕自身の拒絶によってかいしている。


「うん。そうだね」


 うなずきひとつで僕の言葉をあっさり認めて、名探偵は。


「でも、まだだよ」


 僕に向けていたのと同じほほみを、今度はリボルバークイーンへと向ける。

 この期に及んでいったいなにが起きるというのか。彼女はいったいなにを確信しているのか。

 理解できないまま視線を追って、そこで僕は、はたと気づく。

 自分がとんでもない思いちがいをしていることに。


「…………!」


 ────ちがう。

 真実はまだ確定していない。

 僕がかいさせられたと思っていた名探偵の論理は、まだ死んじゃいない。

 ────この論理は、化ける。


「…………やめた。バカバカしい」


 つかみあげていた僕の胸ぐらを放すと、リボルバークイーンはやれやれと息を吐く。


「勇者のギフトをあばいて殺す──それが探偵の仕事だ。自白と自供ですべてのナゾが明らかになっちまうなら、それは探偵の出る幕じゃない」


 そう言って気だるげに首を振るリボルバークイーンからは、すでに探偵としての眼光が失われていた。


「…………それでも、僕が勇者である以上、ここで僕を見逃すわけにはいかないはずだ。だっておまえは……」

「はあ? なにいってんの? アタシはただのギャルだし」


 食い下がる僕に向かって、リボルバークイーンは二本の指を差し向ける。


「いえーい、ぎゃるぴーす」

「…………」

「探偵とか、勇者とか、意味わかんねー。アタシはただ、キミの〝ウソ〟に乗っかってやっただけだし」


 感情の伴わない言葉を並べて、リボルバークイーンはひとりいちべつする。

 その視線に、ひとりは変わらない笑みで応えていた。

 両者の間で交わされる密約めいた感情の中に、僕は真実が塗り固められていくのを悟った。

 ────『ここに勇者はいない』。

 その答えを正解にするためのカギは僕が握っているとばかり思っていた。

 事実、僕がひとりの問いかけにうなずけば、それで僕は殺されなくなっていただろう。

 だからこそ、僕は自分が勇者であると証明することで、彼女の論理をつぶせた気でいた。

 けれど、いくら僕が勇者だと言い張ったところで──その証拠をどれだけ提示したところで──それを認める探偵がここにいなければ意味がない。


「────ここに勇者はいない。そして勇者を殺す探偵もいない。いるのは勇者を救って世界を救う名探偵だけ!」


 提示された答えは明らかにまちがっているのに。その証明だってできるのに。

 正解に丸をつける採点者だけがいない。

 探偵であるはずのリボルバークイーンが、探偵であることを放棄してしまっている。

 僕の自供と自白が、その理由になってしまっている。

 だから、僕がなにを言っても意味がない。どんな弁証も、実証も、水泡に帰す。


「…………ッ」


 僕が握れた気でいた結末のカギは、僕の手にはなかった。

 最初から最後まで、それを握っていたのは、名探偵──ひとりのぞみ

 彼女の論理を僕が受け入れれば、ここでの問題はなかったことになる。

 彼女の論理を僕が受け入れず、自分が勇者であることを明らかにしたとしても、その時点で僕はリボルバークイーンにとってたいする価値のある「敵」ではなくなり、結局問題はなかったことになってしまう。

 だからやはり、彼女の言葉にウソはなかった。

 この場に名探偵彼女がやってきた時点で僕はもう、大丈夫になるしかなかった。

 救済の糸のように見えていたものは、そのじつ、狙った獲物をからる釣り糸だ。

 僕らに選べるのは、精々その糸にどちらが釣り上げられるかということくらい。

 そしてどちらを選んでも結末は同じ。最後には名探偵の答えだけが残るようになっている。

 神さまだなんて、とんでもない。

 その論理に情けと呼べるような隙はなく、その論理に慈愛と呼べるような信託はない。

 このうえなくこうかつで、詐取的で、まるで──。


「…………この、悪魔め……」


 そう吐き捨てると、リボルバークイーンは僕を見下ろして言うのだった。


「アタシは死にたがりのに付き合ってやるほどヒマじゃないんだよ。そんなに死にたいなら回りくどいやり方なんかせず、ひとりで夜の海にでも沈んでろ。この愚か者が」

「…………それができたら、苦労はないな」


 僕はやれやれと立ち上がる。

 そして服についた泥を払うと地面を蹴って、リボルバークイーンに向かって駆け出した。


「…………バカが……」


 リボルバークイーンが振るったムチのようにしなる右足を鼻先の距離でかわし、上体を反らして彼女のまたぐらへと飛び込む。その勢いのまま、僕は彼女の背後をとった。


「────ひゃんっ!?」


 デニムの下でさらされている内ももに指先をわせると、思ってもいない感度の声がもらされて硬直する。直後にこめかみに強烈な肘打ちをくらって僕は墓石のほうへと吹き飛ばされた。

 リボルバークイーンはすぐにこちらへと向き直り、ネルシャツの内側に隠していた銃を握ろうとする。


「…………ッ!?」


 しかしそれは、すでに僕の手にあった。

 手のひらサイズ──二連式のデリンジャーピストル。

 ベルトにくくりつけたホルスターをパカパカさせて、いかにも「ここに武器がありますよ」と教えていれば、そこ以外にも武器を隠し持っていることは容易に察しがつく。

 とつに銃に見立てた右手の指を僕へと向けるリボルバークイーン。

 それは彼女のギフト【魔弾の射手フライクーゲル】を使うための所作。

 しかし僕の死角に生み出された魔弾は、先刻と同じく名探偵にはじかれてしまうだろう。

 リボルバークイーンに殺されることは期待できない。

 だから僕は〝こっち〟に頼る。


「…………お、おい、まさか……!?」


 砕けた墓石に背中を打ちつけながら、僕は奪い取ったデリンジャーの銃口を自分のこめかみへと押し当てる。

 ゼロ距離の発砲なら、モノをぶつけて弾丸の軌道をずらすなんて芸当もできやしない。

 リボルバークイーンは僕の突進をなんらかの敵対行動だと思ったようだが、他人を殺してまで生きたいとは思わない──あの言葉にウソはない。

 僕が殺したい相手は最初から決まっている。


「やめ────」


 僕はためらうことなく引き金を引いた。

 夜空に銃声が抜けていき、僕の頭は真っ赤な花を咲かせる──はずだった。

 けれど何度引き金を引いてみても、銃口から弾丸が撃ち出されることはなかった。

 カチッ、カチッと。おもちゃの銃みたいに間抜けな音が鳴るばかり。


「…………ああ、くそ、やっぱりな」


 ──まあ、どうせこうなるだろうとは思っていた。

 僕が投げ返した銃の薬室をリボルバークイーンがのぞき込む。

 銃にはたしかに二発の弾丸が装塡されていた。

 いぶかしがりながらも、弾丸を装塡し直したリボルバークイーンが引き金を引いてみると。

 バン、と火薬のぜる音がして。撃ち出された弾丸に砕かれた墓石の欠片かけらがパラパラと僕の頭上に降ってくる。


「いやあ、装塡されてた弾丸がたまたま湿っていたみたいでよかったねえ。奇跡だよ」


 ヘラヘラと笑いながらつぶやく名探偵に、僕はやれやれと言葉を返す。


「望まない奇跡なんて、ただの不運だろ」


 リボルバークイーンはこちらに近づいてくると、僕の頰をバシンとたたいた。


「…………これは、反抗の意思を示してきた勇者に対する粛正か?」

「いきなりアタシの太ももをまさぐってきたへんたいに対する制裁だ!」

「うんうん。あれはたしかに、どさくさに紛れたセクハラだったね。いちのえっち!」


 リボルバークイーンは頰の紅潮を隠すようにプイとそっぽを向く。


「…………いいか、ヒトリ。今回おまえの論理に乗ってやったのはアタシの意志だ。アタシが、アタシのきようを守るために、そこで打ちひしがれている死にたがりの愚か者を見逃した」

「うん、ちゃんとわかってるよ」

「…………ウソつき」


 そんな言葉を残して、彼女は海岸を去っていくのだった。