あのとき育てていただいた黒猫です。2
第二匹 ランドセルを背負う猫 ⑨
悪戯が見つかった子供のような表情を浮かべて硬直する結羅。
彼女の視線の先を辿ると、そこにいたのは──
「瑠璃香!」
交差点の向こうで腰に手を当てて、頬を膨らませる姉の姿があった。
道ゆく人々が瑠璃香の顔を振り返って行き交う。しかし、その纏うご立腹な様子に、声をかけようとする不届者は誰一人いない。
信号が青になる。
途端、ずんずんと大股で近づいてくる瑠璃香。
気圧されてたたらを踏む結羅であったが、すぐさま瑠璃香が目の前にやってきて逃げる術を失う。
対峙する少女が二人。
「えーっと。よう、るりぃ。意外と終わるの早かったな」
「頑張ってお仕事終わらせてきたの。ゆらちゃんこそ、下校に時間がかかってるのね?」
うふふ、と笑う瑠璃香。
あはは、と引き攣った笑みを浮かべる結羅。
次の瞬間、踵を返した結羅はだっ、と駅の方角へ走り出した。
しかし、二歩目を踏み出す前に、腕を掴まれる瑠璃香。
風呂から逃げ出そうとするテトを捕える瑠璃香の、いつもの動きだった。
そして、瑠璃香は結羅の両頬をつまんで揉みしだいた。
「もうっ。今日はテト君の初登校日なのよ? こんな遅い時間まで遊んじゃダメじゃない!」
「だから悪かったってるりぃ! 許してくれって!」
「いいえ、まだ許しません! ゆらちゃん、全然反省してないもん!」
「してるしてる超反省してる!」
通りがかる人々がなんだなんだと眺めて通り過ぎていく。
「テトくんも、まっすぐ帰るように言ったじゃない」
「学校にまっすぐ帰る途中にたまたま楽しそうな遊び場があった──らしいよ?」
「ゆ〜ら〜ちゃ〜ん〜?」
「ちょ、テト、今それを使うのは逆効果……っ」
結羅はさらに瑠璃香にしょっぴかれていた。
「全くもう、ゆらちゃんってば、いつもこうなんだから……」
すると、瑠璃香が結羅の頬をつまんだままこちらを振り返る。
「……テトくん、今日は楽しかった?」
「うん! すっごく楽しかった!」
「そっか……」
はあ、とため息をつく瑠璃香。
それから瑠璃香は結羅のほっぺを解放する。
「今回はテトくんに免じて許してあげます」
「さっすがるりぃ! 話がわかる女は大好きだ!」
「ゲームセンターとかそういうところに行くのも、危なくなくてゆらちゃんがちゃんと見守ってくれるのなら目を瞑ります。でも、約束。行くところには必ずわたしに連絡すること。いい?」
「もちろんOKだ!」
瑠璃香に見えないように片目をつぶる結羅。
テトもまた、結羅を真似してウインクしたのだった。



