あのとき育てていただいた黒猫です。2

第四匹 幼馴染の家 ⑤

「わかった、僕入るよ。結羅と一緒にお風呂に」

「!」


 結羅の顔に笑みが咲き、テトを抱きしめた。


「よっしゃ! んじゃ善は急げだ!」


 そう言って、結羅は制服のネクタイを緩める。

 それを横目に、テトもまた制服を脱ぎ始めた。シャツの裾をズボンから出し、ボタンを一つ一つはずし始める。そうしてシャツとその下に着ていた肌着を脱いだところで、ふと結羅と目が合った。

 結羅は直立したまま、着替えるテトを直視していた。


「? 脱がないの?」

「……っ。いや、そ、そうだな……も、もちろん脱ぐぜ。ふ、風呂に入んだからな」


 言いながら、しかし結羅は靴下を脱ごうとする体勢のまま硬直していた。

 その様子に、テトは首を傾げる。


「僕の服の脱ぎ方、何か変なところある?」

「い、いや、別に普通じゃねえか?」

「じゃあ、なんでそんなにじっと僕のこと見てるの?」

「へ!? そ、それは冷静に考えて、やっぱこれって社会的に大胆なことをしてるんじゃねえかって思ったり何だったり──べべ、別にひよってなんかねえんだからな!?」

「??? 大丈夫?」

「えっ、えっとぉ──そ、そう! テトは靴下をいつ脱ぐのか気になってたんだ、それだけだ!」

「靴下?」


 ふと自分の足元を見下ろす。

 確かにテトは上裸になった状態ながらも、まだ靴下を履いている。

 結羅は、反対に他は全て着ているのに、まだ靴下しか脱いでいない。


「ふうん。靴下の脱ぐ順番って人それぞれなんだね」


 言いながらテトは短パンを脱ぎ、下着を脱ぎ、そして最後に靴下を脱いだ。

 冷たい風が素肌を撫でる。


「ほら、結羅も早く」


 結羅はなぜか天井を見上げていた。


「結羅?」

「……これは合法、これは合法、これは合法………………────────」


 そう謎の言葉を唱えるや否や、結羅はグッと視線を下ろしてテトを見た。


「問題ねえ。それよりも、そうだな。──ああ、着替えるか」


 そう言ってフラフラになりながら立ち上がった結羅は、はっ、と息を勢いよく吐き出して気分を切り替えていた。

 次に顔を上げた時、結羅は真剣な表情を浮かべていた。

 それから豪快に服を脱ぎ出す。

 堂々と。大胆に。清々しく。

 それは自分に自信のある者の立ち居振る舞いだった。


「本当に何ともない……?」

「何ともねえ。今しがた、あたしの本能が理性をぶっ殺すことに成功したばかりだ」

「何か物騒なんだけど」

「あたしは親友ダチのためにも事案を起こすわけにはいかねーんだ」

「……?」


 テトの理解を置き去りにしたまま結羅は下着姿になった。

 どうやらテトに詳しく説明するつもりはないらしい。

 最後の二つの布は、ほとんど着ていないのと同義であるくらい薄くて細くて小さかった。

 どちらも真っ黒なレースで、紐の集合体にしか見えない。

 こんなものを身につける意味はあるのだろうかと首を捻るテトを前に、結羅は最後の布地を脱ぎ去った。

 結羅の美しさはあの煌びやかに飾ったアクセサリーも相まってのものだと思っていたが──

 坂瀬川結羅という少女は、何も身に着けていなくとも、眩いばかりの美しさを纏っていた。


「──んじゃ、入ろうぜ」

「う、うん」


 テトは大股で浴室に入っていく結羅の姿を追った。




「い、いたあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、結羅これ結構痛いよ……っ!」


 バスタブの横。

 名前もわからない、オシャレな黒色の石タイルの上。

 その洗い場で、テトは絶叫を上げていた。

 というのも、結羅が泡立てたボディタオルを使って全力でテトの身体を擦ってくるのだ。

 結羅は脱ぎっぷりだけでなく、湯浴みの方法まで豪快だった。


「んだよ、こんくらい我慢しろよ〜。全然強くしてねえぞ?」

「つつつ強いって! 皮全部めくれちゃう!」


 テトは洗い場に立ちながら、ぐねぐねと身を捩ってボディタオルから逃げようとする。

 対して、テトの背後に立つ結羅は、そんなテトを必死に捕らえながら洗ってくる。


「めくれねえって、こんくらいしないと綺麗になんねーじゃん。垢ってちゃんと擦んねえと取れねえって知ってっか?」

「いたたたたたたたっ、綺麗になるって、瑠璃香はもっと優しいもん!」

「……ったく、るりぃがそうしてるって言うんなら、しょうがねえなあ」


 結羅は嘆息すると、ボディタオルを近くのフックにかけた。

 そうして、ほっとしたのも束の間。

 今度はさわ、と、くすぐったい感触が背筋を撫でた。


「ひぁっ!」

「これならどうだ? 痛くねえだろ」


 それは結羅の手だった。

 なんと、結羅は手のひらをボディタオルのようにしてテトの身体に滑らせて洗ってきたのだ。


「ひ、ふひひ、そ、それはそうだけど……こ、今度はく、くすぐったいよ結羅っ!」

「痛いよりはくすぐったい方がましだろ? ほれ、ほれほれほれほれ」

「にゃははっ、くすぐったい方が、しんどい、かもっ。にゃはははっ」


 結羅の手が縦横無尽にテトの身体を駆け巡る。

 時折、結羅はボディーソープを何プッシュもして手のひらにつけると、それをテトや自分の身体に塗りたくる。

 そして再びテトの全身洗浄を行う、を何度も繰り返す。


「わ、脇はずるい、ダメだって、結羅ぁっ、ふひい」

「なーんかむかつくくらい肌すべすべだなテト……。これが若さ、か?」

「ゆ、結羅だって、すべすべ、じゃん、ふひひっ」

「あたしはメンテを頑張ってんの。……くそう、普通に羨ましいなこれ」


 結羅がじっと立ち止まってテトの首筋を眺めている、その時。

 テトは隙ありと見極め、身体を反転させた。


「もうっ、結羅、交代っ!」


 そして結羅の背後に周り、頑張って両腕を結羅のお腹に回す。

 身長差があるので、上手く首の方までは届かないのだ。

 視界は全て結羅のシャンと伸びた背筋と、小ぶりで引き締まった臀部で埋め尽くされていた。

 つまり、何も見えない。


「へっ!? ちょ、あたしはいいから────なはっ、なははははっ」


 結羅の引き締まった肉体がテトのくすぐり攻撃によって躍動する。


「ほらほらほらほら。結構くすぐったいでしょ?」

「わ、わかったから、わかったから、もう許しっ、なははっ──ひゃんっ!」


 すると、結羅が驚いたように肩を跳ね上げる。

 それから頬を紅潮させた結羅はテトを振り返った。


「テ、テト、そこは、ダメだぜ……」

「ご、ごめん、痛かった?」

「い、痛いっつーか何つーか……」


 しかし、テトはピン、と思い出す。


「あ、でもさっき、痛いって言ったのに結羅、しばらく止めてくれなかったよね?」

「いや、流石にそこはまずいっつーか……っ!」


 その後、テトは結羅のことをめちゃくちゃに洗った。




「ふぃ〜〜〜〜〜〜〜〜。風呂はやっぱ生き返るぜ〜〜〜〜〜」

「……僕はあんまり好きじゃないけど」

「ま〜、子供の頃って結構、風呂嫌いだったりするよな。あたしもそうだったし」


 一通り全身をくまなく洗い合った二人は、たっぷりと湯を張った浴槽に一緒に浸かっていた。

 結羅に抱き抱えられる形である。

 だだっ広い部屋で湯に入っていると、どうも落ち着かない気持ちになる。

 結羅が執拗にテトと一緒に入浴しようとしてきた理由がわかった気がした。


「…………」


 それにしてもジャグジーというものは面白い。

 湯船の底から無数の泡がボコボコと湧き上がってくるのだ。結羅がそこに液剤を投入したことで、湯船の中には雲のような真っ白な泡がモコモコに広がっている。そこに浸かっていると、まるで雲海の上に漂っているような気分になる。テトはその様が面白くて、泡をくっつけたり、お湯に沈めてみたりと夢中になって遊んでいた。

 そして結羅はといえば、テトを抱えながら足を投げ出して、後頭部を湯船のへりに乗せ、入浴を心から楽しんでいた。


「そうだっ、忘れてた」



刊行シリーズ

あのとき育てていただいた黒猫です。2の書影
あのとき育てていただいた黒猫です。の書影