他校の氷姫を助けたら、お友達から始める事になりました side.瑛二

第六話 巻坂瑛二は考える

「……」


 最近、考え事をする時間が増えた。元々考えるより先に行動するタイプだったから、俺にしては珍しいっちゃ珍しい。

 その理由はもちろん霧香だ。

 あの日――校門で見て以来、俺は霧香を見ていない。部屋から出なくなった。部屋の前に置いてたご飯がなくなってるから食べてはいるだろうし、風呂に入っている形跡もあるらしいが……でも、今朝もそうだったが、何度かご飯を食べていない時もあるようだ。

 その理由は……多分新谷にあると思ってる。

 霧香と出会った時、俺は新谷と一緒に居た。どこか遊びに行こうと教室からずっとつきまとわれていたのだ。霧香の様子も最近おかしかったから、今日は一緒に帰ろうと校門の近くで待っていたが見つかってしまった。

 恐らく新谷が関係している……俺としては霧香をいじめているんじゃないかって思うんだが、確証がない。いくら考えるより先に行動するってタイプでも、考え無しって訳じゃない。もしかしたら新谷の知り合いが暴走して霧香に接触した可能性もある。

 その辺りを調べたい……可能なら霧香と話したいが、それは難しい。無理に聞く訳にはいかないから。

 それに、今回は――俺にもめちゃくちゃ非がある。新谷が原因かどうかは置いといても、不用意に新谷と一緒に居たのがそうだ。それだけじゃなくて……もっと霧香と一緒に居れば防げたことかもしれない。

 あと――気に食わないが、新谷に言われたことも気になっていた。


『あんまり幼馴染のあの子に構い過ぎたらその子、瑛二君に依存しちゃうんじゃない?』


 その言葉は……俺の心のどこかで考えていたことに近かった。俺は霧香に構い過ぎてるんじゃないかと。

 今朝霧香に『迷惑』だって言われたのも、俺が構い過ぎた……過干渉してしまったからなんじゃないかって考えてる。

 どうすればいいのか分かんねえ。とりあえず霧香がああなった原因を詳しく探らないといけねえけど、どうやって調べるのかとか問題がありすぎる。姉貴も霧香の所に通ってはいるけど、俺と同じでほとんど会話は出来てないらしい。

 時間が解決してくれるのを待つしかないか……

 そんな風に悩んでいたら、あっという間に時間は過ぎる。昼休みになると、生徒達が集まってきた。


「なあ瑛二ー。遊び行こうぜー? 最近お前が居ねえから集まり悪いんだよー。特に女子が」

「……わり。今日も無理だ」

「まじ?」

「えー? 今日もー? ここ最近ずっとじゃん」

「用事があってな」


 色々考えちゃいるけど、こんな時に誰かと遊ぶ気分にはなれない。……誰かに相談出来ることでもない。


「さっさと痴話喧嘩やめろよなー」

「……そういうんじゃねえから」

「じゃあなんだー? 遂に別れたのかー?」

「……はぁ」


 怒りを通り越して呆れに、更に呆れを通り越して悲しくなった。

 ここに俺を心配する友人なんて居ない。……いや、居ないってのはさすがに違うか。クラスで無遅刻無欠席のやつが休んだら気になるくらいの心配はしてくれてる。でも、本気で心配して家までお見舞いに来る人は居ない。

 どうして? そんなの決まってる。その程度の関係しか築けていないからだ。

 人と遊ぶのは好きだ。大人数でわいわいがやがややって、スポーツなんかもする。馬鹿みたいな話をして盛り上がって、好きな人が居るなんて言ったやつには話を聞いて楽しむ。

 でも俺が一番好きなのは、霧香と一緒に居る時間だった。……今までは何よりも霧香を優先してきた。

 それは多分周りも気づいていて、だからこそ俺と『友達』以上の関係にはならなかった。異性の友達はたまに告白とかしてくることもあったけど、そっちは断ってる。霧香を優先したいから。

 つまり、周りが悪いとかじゃなくて俺が悪いってことだ。

 それが少し、悲しくなった。俺、霧香が居なかったら相談出来る友達居ねえんだなって。

 それで多分、これからも出来ねえんだろうなって。

 理由はもう一つあった。それは、霧香がいじめられてたんじゃないかって周りから話を聞いたけど全然情報が出てこなかったことだ。

 もしいじめられてなくて、理由が全部俺にあったらそれで……良くはねえけど、ちゃんと向き合える。

 でも、もし誰かがいじめていたら? 実行犯じゃなくても、それを知ってて隠してたら?

 それはもう友達でも何でもない。……誰も信じられなくなる。


「別れたのー? でも良いんじゃない? あんな根暗女よりも良い子なんて山ほどいるっしょ。ねー? しずー?」

「ちょっとやめてよー」


 考え事をしている間にも周りの会話は途切れなくて、その中心に居る俺は当然聞こえる。

 それが耐えきれなくなって立ち上がる。ガタリと音が鳴って、ザワついていたクラスが静まり返った。


「ちょっとトイレ行ってくる」


 普段なら誰かしらに誘われて行くことが多い。でも、今この状況で着いてくる人はもちろん、声をかけてくる人も居なかった。みんな一瞬こちらを見てきたが、気まずそうにすぐ視線を外していく。


「……」


 ただその中、女子生徒が一人――新谷だけがずっと俺の事を見ていた。

 それも、何かを考えているような表情で。

 少し気になったが、今戻る訳にはいかない。

 ゆっくりと歩きながらトイレに向かう。その途中のことだった。


「あ、あの……ちょっといい、ですか?」


 唐突に後ろから声を掛けられた。まだ頭に血が上っているのが自分で分かっていて――深呼吸を挟んでから後ろを見た。


「なんか用か?」


 見覚えのない女子生徒。多分他学年。なんとなく一年生っぽく見える。

 俺じゃなくて別の人に声をかけたのかとも思ったが、向こうはじっと俺を見てた。


「巻坂瑛二さん、ですよね」

「……ああ。そうだけど」

「わ、私は時山ときやまみのるって言います」

「時山さん、か。それでどうかしたのか?」

「は、はい。最近図書室に来なくなった子のことでお話したいことがありまして」

「図書室に来なくなった子?」


 なんでそんなことを俺に? と首を傾げるも――その続きを聞いて理由が分かった。


「あ、えっと。時々中庭でお花に水やりをしてる女の子のことです」

「それってきり――」

「と、とにかくお話があるんです」


 言葉を遮られる。普段なら特になんも思わないけど、それに意味があるような気がした。


「放課後、図書館に来てほしいです」

「……今日か?」

「はい。その、私図書委員で、毎週木曜日の放課後は清掃とか整理で図書室は閉館するんです」


 それはつまり――誰にも聞かれたくない話ってことだ。それも霧香に関する話ときた。


「放課後だな?」

「は、はい。そんなに長い話じゃないので」

「分かった。行くよ」

「……! あ、ありがとうございます! そ、それじゃ!」

「……おう。また後で」


 丁寧にお辞儀をした後、時山さんはすぐに早足で居なくなった。

 放課後――もしかしたら霧香のことで何か分かるかもしれない。

 やっと解決の糸口が掴めたっていうのに、心がザワザワとしていた。


◆◆◆


 放課後が来るまで嫌に長かった。それも、図書館に呼び出されたのが理由だ。

 なんで俺は呼び出された?

 なんであそこで話さなかった? あそこで話せない理由は?

 なんで霧香のことを知っていた?

 考えたところで理由は分からない。そう分かっても、俺は考え続け――


「瑛二君、今日って時間ある?」

「……は?」


 授業の合間、新谷に話しかけられた。ピリピリしていたからか口から出た言葉は自分のものじゃないかってくらい低かった。慌てて咳払いをして続ける。


「わり、なんだ?」

「放課後、二人きりで話したいことがあるの」


 その瞬間――教室が一気にざわめき始めた。いつもの昼休みとは比べものにならないほどやかましい。


「ついに……ついにやるの?」

「おお……まじかよ。正妻居ない時に攻めるとかやべえな」

「だからこそじゃね?」


 周りから聞こえてくるのはそんな憶測ばっかりだが、新谷は気にしてないように見える。


「……あー。わりい。さっき他の奴にも言ったけど、用事があるんだ。ちょっと今日だけは外せない用事でな」


 俺の言葉に教室のざわめきがもっと大きくなった。まあ、普通断るとは思わないか。俺も……いくら新谷って言っても、そういう用事なら普段の俺は時間を作る。

 あと、さっきとは別件って言おうか迷ったけど時山さんは誰にも知られたくないっぽかったのでそう言っておいた。一応どっちも霧香関係だし。

 俺の言葉に新谷はじっと考え込み……ふーんと息混じりの返事をした。


「それなら明日はどう? 空いてない?」

「……まあ、明日なら多分大丈夫だけど」


 ほんの少し罪悪感はあったので、その言葉自体はありがたかった。変に受け取られるよりもしっかりと言葉にしたい。


「じゃあ明日の放課後は空けておいてね」

「……おう」


 そんなやりとりが挟まれ、周りに色々勘ぐられそうになったが――六時間目の授業が挟まって先生に注意され、教室がやっと静かになったのだった。


◆◆◆


 放課後、図書室。言われた通り図書室の扉の前には『清掃・整理中のため本日は閉館』と張り紙が出されていた。


「……よし」


 少し緊張したが、その扉を開く。言われた通り鍵は掛かっていなかった。

 扉を開けると、本の匂いが鼻をくすぐった。そういえば図書室に来るのっていつぶりだっけか。

 そして、奥の方に彼女は居た。


「き、来てくれたんですね。良かった……」

「そりゃ行くって言ったしな。霧香に関する話みたいだったし」


 周りを見るが、時山さん以外誰も居ない。他に図書委員の人が居ると思ってたんだが。

 そんな俺の視線はバレていたらしい。


「本当はもう一人居たんですけど、お願いして一人でやることにしたんです。話すなら今日しかチャンスがないって思って」

「……その話も気になるんだが、先に一つ聞いてもいいか?」


 早速本題に入りたいんだけども、その前に気になることがあった。あ、はいと返してくれる時山さんに遠慮せず聞く。


「霧香とはどういう関係なんだ?」


 俺は時山さんという存在を今日初めて知った。しかし、向こうは霧香のことを知っている。中庭の花壇で水やりをしていることも。その上俺のことも知ってるようだった。


「この間、ここで少しお話したんです。この窓から水やりをしてるのが見えて、しかもこっちの本棚の整理をしてくれてて。……巻坂さんは有名な人だったので、お友達から聞きました」

「……そういえば褒められたって話してたな。時山さんだったのか」


 思い出すのは数週間前、霧香の様子がおかしくなる前のこと。学校で水やりしてたのを見られてて褒められて、嬉しかったと笑顔で話してくれていた。

 少し懐かしくなって目を細めたが……今はその場合じゃないと思い直す。


「悪い、先に聞いておきたくてな。呼び出した理由、聞いてもいいか?」

「は、はい。その、最近あの人のこと見てないんですが……学校、来てないんですか?」

「ああ。色々あったみたいで休んでる」

「その色々の部分、巻坂さんは知ってるんですか?」

「……んや。調べてるところだ」


 憶測で物事を話してはいけない。特に自分以外の誰かの評価に関わる限りは。

 でも、その聞き方だと――


「――もしかして知ってるのか?」

「……はい。多分、なんですけど」


 息を呑む。予想は出来た。でも、まさか本当に知ってるとは思わなかった。

 口を開くが、声を荒らげてしまいそうで慌てて口を閉じた。それからふう、と大きく息を吐く。


「聞かせてほしい」


 こくりと時山さんが頷く。そして――


「西沢さんはいじめられています」

「……誰に、だ?」


 時山さんが眼を瞑り、何かを思い出すような素振りを見せながらゆっくり口を開いた。多分数秒もかかっていないのに、それがやけに長く感じた。


「お昼休みに見たんですが、巻坂さんの周りに集まっていた人達、です」

「……それは誰だ? 新谷か? 見た目の特徴とか分かるか? しゃべり方でもいい」


 昼休み、そこそこの人数が周りに集まっていた。多分十名弱。あの中に霧香をいじめた犯人が居たのかと思うと――


「え、えっと。はい。新谷さんって人が多分中心です。他は多分……巻坂さんの周りに集まっていた人達です」

「……は?」

「あ、その、全員直接関わってた訳じゃないと思うんですけど。全員、あの人がいじめられてるのは知ってるはずです」



 ――は?



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