他校の氷姫を助けたら、お友達から始める事になりました side.瑛二
第七話 巻坂瑛二の孤独
雨が降っている。小雨とかじゃなく、土砂降りだ。雨の予報なんてなかったのに。
だけど、今はこの冷たい雨が心地よかった。
「――クソが」
口から吐き捨てたのは久しぶりに出た悪態。姉貴や霧香が居れば注意されるような言葉遣い。
それでも足りず、頭を掻きむしる。頬をひっかく。自分の腿を殴りつける。
――霧香がいじめられていた。
その事実は予想がついていた。あくまで予想でしかなかったが、それはあの子の言葉から確信に変わった。
でも、予想外の出来事があった。
「――なんだよ。全員共犯者って」
――霧香をいじめていたのは、俺の周りに集まっていた生徒達、俺が友達だと思っていた奴らだった。
『私、見たんです。その、女子トイレで聞いて。あの女子のリーダー? みたいな人、新谷さん? って人が殴ったって。それで、毎日色んな人に話してるみたいで私も気になって調べてて』
……冗談だと思いたかった。だけど、アレを聞かせられては疑いようがなかった。
『あの、これ、持って来ちゃほんとはダメなんですけど、とにかくこういうのって録音しなきゃって思って』
そう言って見せていたのは時山のスマホ。そして聞かせられたのは――新谷と誰かが話してる会話だった。
いくつか聞かせられた録音で聞こえた人の声は新谷以外変わっていたが、内容はほぼ変わらなかった。……内容は霧香をいじめたことを自慢するもの。女子が主体となっていじめて、学校に来れなくしたという話。
男子はそれを聞いて霧香を馬鹿にしたり新谷に引いたりと反応は様々だったが――そんなのはどうでもいい。
大事なのは、こいつらは霧香がいじめられているというのに誰も俺に言わなかったということ。いや、話していなかっただけじゃない。隠していたのだ。
霧香の様子がおかしくなって……学校を休んでからも、俺は霧香がいじめられていたんじゃいかと周りから話を聞いていた。特に新谷関係の話を中心に。
結果から言うと、誰も知らないと言っていた。男女問わず、さすがに新谷でもそんなことはしないだろうと口を揃えて。
それが――全部嘘だった。少なくとも男子達は俺に隠そうとしていて、女子達の中には新谷と一緒に霧香を直接いじめてる奴がいた。
吐き気がした。薄っぺらい友情くらいはあると思っていた。全部、俺の大きな勘違いだった。
「……」
足取りがおぼつかない。あれ、俺どうやってここまで来たんだ? ちゃんと時山さんにお礼言ったっけ?
壁や電柱に体を擦りつけるように歩く。そうでもしないと、今にも倒れてしまいそうだ。
そうしていつもは十分で帰る道を、何十分も掛けて――体感時間がおかしくなってるだけかもしれないが――家に着いた。
「……ただいま」
自分でもびっくりするくらい小さな声だった。リビングにすら届かないくらい小さな声。扉を開ける音とか鍵を開ける音の方がずっと大きい。
そして、扉の音に気づいていたらしく姉貴が来た。
「瑛二、急に降り出したけどだい――何かあったの?」
「……なんでもね」
土砂降りの中帰宅。それだけならともかく……多分、今の俺はとんでもなく酷い顔を晒してる。それに姉貴が気づかないとも思っていなかった。
「なんでもないってことはないでしょ? ……聞きたいけどお風呂が先ね。入っておいで」
「……ん」
「それともお姉ちゃんと入る?」
「入んねえよ……いくつだと思ってんだ」
「弟はいくつになっても弟だよ。着替え準備するからゆっくり入ってきて。あと、カバンも置いてってね。中身濡れてるだろうから乾かしとくよ。床も拭いとくから気にしないで」
「……ん。ありがとう」
カバンを玄関に置く。ぽたぽたと水滴が垂れていた。そのまま俺は風呂場へ向かう。
湯はもう張られていて、雨だったから姉貴が万が一に備えて準備してくれていたんだろうなって察した。
そして、濡れた服を絞ってから洗面所の方に置く。後で洗濯機に入れるかとか聞かないとだな。
それから俺は、風呂に入った。いつもより熱いお湯を頭から浴び、ぼうっとする。
このままだと何時間でもシャワーを浴びてしまいそうで、そうなるとさすがに姉貴を心配させすぎる。大人しく頭と体を洗って湯船に浸かった。
「……」
お湯は熱く染み渡る。シャワーもそうだったが、体が冷えていたからかいつもより熱い気がする。
それでいて、さっきまでのことを思い出してしまう。
「早く、行かないといけないのに」
霧香のところに行かないといけない。何があったのかは分かったのだから。
でも……本当に行っていいのか、とか思ってしまう。
朝だって霧香は俺のことが迷惑だって言ってた。その言葉を本当に無視していいのだろうか。それは俺が霧香のことを……俺が居ないとダメだって決めつけてるだけなんじゃないか。
ここで行ったらそれは、霧香を信じていない……裏切ることに繋がるんじゃ、って思ってしまう。
……ダメだ。嫌な考えしか思いつかねえ。
目を瞑りそうになり、このままだと寝るからダメだって顔にお湯を掛ける。
そのままお湯に浸かるが――体は温まるものの、学校で感じた衝撃はずっと心に残っていた。
◆◆◆
「おかえり。ちゃんとあったまった?」
「……結構長い時間浸かってたから。お湯と洗濯物、ありがとう」
「気にしない気にしない。お姉ちゃんは瑛二のお姉ちゃんなんだから。それよりほら、座って座って」
姉貴がぽんぽんとソファの隣を叩いて……少し迷った後、大人しくその通りにする。反抗したら無理やり座らされると思う。
すると、頭の上に暖かいものがのっかっていた。姉貴の手だ。
「それじゃ、何があったのかお姉ちゃんに話してみ?」
「……別になんも」
「お? ついに反抗期来たかー? お姉ちゃん悲しいなー。悲しいから瑛二が話すまでずっと一緒に居ようかなー?」
手がぐりぐりと髪を撫でてくる。冗談って言いたいが、多分本気だ。
それでも……話したくなかった。
「悲しいのはほんとだよ」
その言葉と一緒に手が止まる。それから姉貴は俺の肩を肘置きにして、今度はこっちをぐりぐりとしてきた。
「例えばの話しよっか。霧香ちゃんが瑛二にいじめられてるの隠してたらどうする? 悲しくない?」
その言葉にビクッとなる……が、多分姉貴はそこまで正確に見抜いていない。例えの話だと自分に言い聞かせる。
「悲しいなー、辛いなーって時に頼って貰えない。しかも大事な家族に。お互い悲しいまんまだよ。……それとも私ってお姉ちゃんとして頼りない?」
「そんなことはっ……ない、けど」
「うん、知ってる。これでも瑛二の……瑛二と霧香ちゃんのお姉ちゃんとして頑張ったからね」
今度は姉貴が髪を指で弄んでくる。ふと見れば、姉貴は得意げに……それ以上に優しい笑みを浮かべていて。
「よーし、じゃあ話さない理由なくなったね。話せ話せどんどんじゃんじゃんピーチクパーチク話せ。そんでたまにはお姉ちゃんに甘えてね」
「……分かったよ」
姉貴には勝てない。それが改めて分かった。
そうして俺は――学校であったことと、朝に霧香の家であったことを話したのだった。
◆◆◆
「……お姉ちゃんの想像してた五倍くらいとんでもない話出てきてびっくりしちゃった。特に学校のお話」
全部を話し終えてからの姉貴は凄く難しそうな顔をしていた。
「でも、瑛二が辛い気持ちも分かる。……お姉ちゃんも学校一のイケメンに告白された次の日から誰も遊んでくれなくなったことがあるもん。ちょっと違うかもだけど」
「……だいぶ違くねえか?」
「まあ、理由はね。でも、友達だって思ってた子達が他人なんだって思えたのは一緒だと思う。それからお姉ちゃん、友達作るの怖くなっちゃったから」
「……友達を作るのが怖い」
「うん。瑛二は違う?」
姉貴に言われて気づいた。ああ、そうだなって。俺、友達作るのが怖いんだって。
だって、出来るか? 俺が霧香のことを大事な幼馴染だって、何よりも優先してるってみんな知ってるのに……誰も教えてくれなかった。それどころか隠していたんだぞ。
もう友達だなんて思えない。それに……これからもそういう奴らが友達になるんじゃないかって思うと、怖い。
「……同じだ。明日からどんな顔して会えばいいのか分かんね」
「だよねー。しかも瑛二の場合は瑛二が知ってるって知らないだろうし。……じゃあさ」
俯いていると、姉貴が頭に手を置いて振り向かせてきた。
姉貴はまっすぐ見つめてきて、笑った。
「明日から学校では霧香ちゃんとずっと一緒に居ればいいんじゃない?」
「……は?」
「瑛二は一人じゃない。霧香ちゃんが居る」
姉貴はそう言ってくれるが……俺は何も言えない。
だって、今朝――
「朝のこと、霧香ちゃんは本気で言ったって思ってる? 今頃後悔してないはずだって瑛二は思う?」
「それ、は……」
「瑛二はどう思ってる?」
言葉に詰まる。でも、ここで話を変えるなんてことは出来そうになくて……。
「……思わない」
「うん、私もそう思ってる。霧香ちゃんが本当に瑛二のことを迷惑だって思ってるなら、私がそれとなーく瑛二に言ってるし」
「……俺だって思われてたら分かる」
だけど……俺の勘違いだったら? 実は霧香がずっと演技していただけだったら?
それを考えると……怖い。
「じゃあここで瑛二に……私の弟に質問」
だけど、それは長く続かない。姉貴の言葉に考えるのを止めてしまうから。
「私の弟はここで『やっぱり嫌われてるかもしれないから会うのが怖い』ってへたれちゃうような男の子なのかな?」
「……それはずるいと思う」
「ずるいお姉ちゃんでごめんね。でも、ここは瑛二に決めてほしいところだからさ」
姉貴がそう言って、俺の頭をポンと叩く。
「霧香の所、行ってくる」
俺がそう言った瞬間、背中をバシッと叩いてきた。
「よし! かっこいいとこ見せてきな! 瑛二!」
そのまま背中を押され、立ち上がる。姉貴を見ると、嬉しそうな顔が見えて。
「ありがと、姉貴」
「どーいたしまして。……たまにはお姉ちゃんって呼んでもいいんだぞ?」
「もう中学生だぞ……」
最後に相変わらずな姿を見せてくる。……まあ、姉貴らしいけど。
「行ってくるよ、姉ちゃん」
「……! 行ってらっしゃい! 久しぶりに瑛二がデレた!」
小学生の時ぶりにそう呼んでから、俺は霧香の所に向かった。



