他校の氷姫を助けたら、お友達から始める事になりました side.瑛二

第八話 西沢霧香と巻坂瑛二

「……」


 真っ暗な部屋。カーテンも閉まっていて、ほとんど光が入らない部屋。でも多分、開けても光は入ってこない。さっきから凄い雨の音がしてるもん。

 雨の音を部屋で聞くのは嫌いじゃなかった。だけど今は……聞きたくなかった。

 朝からずっと考えているのは、瑛二のこと。……本当に最低だ、私。

 あんなこと言ったのに何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、瑛二に会いたいって思っちゃっていた。

 それと一緒にほんのちょっとだけ、良かったって思う。こんな醜い私はもう瑛二の傍に居ないんだって。

 いつか、私なんかよりずっと可愛くて綺麗で明るい子と結ばれてほしい。出来ればそれは新谷さんじゃないといいけど……でもきっと、その本性にはいつか気づくと思いたい。

 だから後は瑛二の幸せを祈るだけ。……それなのに。

 吐き気がする。

 頭が痛い。

 お腹が痛い。

 風邪とかとは違うってなんとなく分かる。多分精神的なものなんだろうなって。

 ……それでまた、私が弱いって思い知らされる。

 ……瑛二、今頃何してるんだろ。

 ハッとなって自分の頬を叩く。ぱしんと弱々しい音が響いた。

 ダメだ。考えちゃダメだ。やることはやったんだから、後は……もうどうにかして、学校に行けるようになるしかない。

 ……いや、別に急がなくていっか。

 すぐに戻ったら、もしかしたら瑛二は優しいから心配して来ちゃうかもしれないし。

 それなら私のことを忘れるくらい――


「霧香、居るか?」


 コンコンと朝ぶりに聞いたノックの音に、体がビクッてした。

 一瞬幻聴かとも思った。でも、違うってすぐに気づいた。


「もう一回霧香と話がしたい。……顔を合わせて」

「……やだ。帰って」


 口から出たのは子どもみたいな言葉。しかも小さくて、もしかしたら聞こえてないんじゃ……って不安はすぐになくなった。


「俺もやだ。絶対に帰らない」

「……え?」


 そんな、子どもみたいな言葉が聞こえてきて。


「今日は絶対に帰らない。霧香と話せるまでずっとここに居る……だと霧香がトイレにも行けないか。そんならリビングで待つ。何日でも」

「……なにそれ」

「無理やり会うにも、トイレに行きたいから会う〜だとなんか違うだろ?」


 扉の奥から聞こえてくるのは瑛二のそんな言葉。いつも通り……とはちょっとだけ違う気がした。


「迷惑だって言うんだったら、面と向かって言ってくれ。そんで一発ビンタでもやってくれ。そしたら俺も納得する。霧香にマジで嫌われてるんだって」


 ……それが本気だってことは分かった。何年も一緒に居たから。


「……」


 瑛二を嫌う。本気で。それでビンタまで……私に出来る、かな。

 ふうと吐いた息が震える。どっちにしても瑛二に会わないといけない。

 扉を開けて、言う。ビンタは置いといて。

 立ち上がる足も震えた。壁伝いに歩いて、鳶へ。

 ……大丈夫。これで本当の本当に最後だから。

 そう自分に言い聞かせて、カチャリと鍵を開ける。瑛二は開いてこなくて……私が扉を開ける。


「よう、霧香。ちょっとぶりだな」

「ぁ――」


 そこに居た。ずっと会いたくて会いたくて、頭から離れなかった男の子が。

 ダメだ、言わなきゃ。迷惑だって。嫌いだって。嘘でも言わなきゃ。


「わ、私は――」


 だけど、私が肺から絞り出した声は――上げた手は、彼に遮られた。


「ちなみに俺は、霧香のことが大好きだ」


 ――そんな告白に、遮られた。


「……は、ぇ?」

「聴き逃したなら何回でも言うぞ。俺は霧香が大好きだ」

「ぇ、え、えええええええ!? き、きゅ、急にどうしたの!?」

「どうしたもこうしたも。アレだ。人と会う時は自分から名乗るのが常識だろ? それと同じだ。人の気持ちを聞くにはまず自分から、ってな」


 なんでもないようにサラッと瑛二は言って――あ、ううん。違う。めっちゃ耳が赤い。瑛二がかなり恥ずかしがってる時のやつだ。

 ということは、嘘じゃ――


「もちろん嘘じゃない。ここに来たのも、霧香が心配だったから。……好きだから心配してんだ」

「ぁ、ぅ……」


 直球に投げられた言葉に変な声が出る。後ろに下がると、それと一緒に瑛二が近づいてきて……部屋に入れてしまう。


「そんで、霧香はどうだ? 俺のこと嫌いか?」


 それどころかそんなことまで言ってくる。


「……ずるいよ、瑛二」

「……多分血筋だな、ずるいのは」


 瑛二はそう言いながら頬をかいて、それでも私から視線は外さない。

 それでも言わないといけない。瑛二のためを思うなら。

 きっと、これから何回も迷惑を掛けることになるから。ダメだって。瑛二の邪魔にしかならないって。

 言わないといけない、のに。


「……嫌いなんて、言えるわけないでしょ」

「……!」

「好きだよ。ずっと前から好きだよ! ばか!」


 口から出るのは本心だけだった。


「いつから好きなのかも覚えてない! 学校でもずっと瑛二のこと見てた! ずっと好きだった! 女の子と遊びに行くのは……いいけど、距離が近いとずっとモヤモヤしてた!」


 一回言い始めると、止まらない。もう止められない。

 心の奥底に閉じ込めていた感情は膨れ上がって、爆発して、口から溢れ出てくる。


「部屋に引きこもってる時もずっと瑛二のこと考えてた。頭から離れてくれなかった。夢にも出てきた。好きだって思っちゃダメだって自分に言ってもダメで、もう、私は……わたしは」


 言葉だけじゃない。視界が滲んで、涙が溢れ出る。

 足に力が入らなくなって――転びそうになって、瑛二に抱きとめられた。


「……瑛二のこと、好きになっちゃダメなのに。迷惑なのに」

「……そう言われたのか?」


 ビクッと体が跳ねる。恐る恐る顔を上げると、瑛二と目が合った。


「聞いたんだ。新谷達にいじめられてたって」

「だ、誰に!?」

「時山さんって子だ」

「……時山さん? 女の子?」


 聞いたことない名前に聞き返す。同じクラスの人ではないと思うけど……


「図書室の子だ。ほら、前霧香が中庭の水やりで褒められたって言ってたろ?」

「……あ、あの子」


 瑛二に言われて思い出した。図書室で褒められて、嬉しくなった子。


「新谷がいじめてたって周りに話してたの聞いてたらしくてな。俺に教えてくれたんだ」

「そう……なんだ」

「ああ。俺も新谷に色々吹き込まれたが……霧香に構いすぎなんじゃないかとかってな。他にも色々あったが……」


 瑛二はそう言って――ぎゅっと抱きしめてくれた。

 瑛二の匂いでいっぱいになって、顔がどんどん熱くなっていく。


「実は俺も友達が居なくなってな」

「……え、え!? 何があったの!?」


 でも、いきなりそんなとんでもないことを伝えられてびっくりした。


「……俺の周りに居たの、みんな霧香がいじめられたって知ってたんだ。言わないだけじゃなくて、聞いても知らないってしか言わなかった。もう友達とか思えねえよ」

「……そう、だったんだ」


 自然と手に力が入った。また私のせいで――


「だから友達ってのも一回考えようって思ってな。浅く広くじゃなくて、狭く深く。……遊ぶには遊ぶかもだけど、友達って呼べる人は考えようってな」

「……狭く深く」

「ああ。そんで、霧香にも好きだってずっと言えてなかったし。知っててほしかったから」


 その言葉に、手の力が抜けていった。それでまた、彼の匂いで頭がいっぱいになる。

 ……こんな風にぎゅってされたのいつぶりなんだろう。すっごく良い匂いする。お風呂入ったのかな。


「改めて言うぞ、霧香」

「……ん」


 顔を上げて目を合わせる。まっすぐな瞳はお姉ちゃんとよく似ていた。


「俺は霧香が大好きだ。だから大好きな人がいじめられるのは嫌だし、迷惑とか思わないでほしい。ってかそれで隠される方が悲しい」

「……ん」


 言われて反省する。……これが瑛二を悲しませてたんだって。


「もちろんただ守るってだけじゃないからな。霧香が居てくれるから俺は毎日が楽しいんだ。……最近は霧香と会えなくて寂しい。遊ぶのすら億劫になってる」

「……ん」


 そのまっすぐな言葉はちょっとだけむず痒くて、だけどそれ以上に嬉しくて。

 目を合わせれば、その顔がすぐ傍にあることに気づく。


「だから、霧香。俺と……付き合ってほしい」

「……」


 じっと瑛二を見つめる。彼は本当にかっこいいと思う。

 本当に――私が釣り合わないくらいに。


「私も瑛二のことが好き――だから、聞きたいこととお願いがある」

「……なんだ?」


 私は瑛二のことが大好きだ。瑛二と付き合いたい。もっと深い関係になりたい。

 だけど、私の本音はそれだけじゃない。


「一個聞きたいのが……瑛二は私がどんな私になっても好きでいてくれる? 例えば、見た目が変わっても」

「……言ってる意味をちゃんと理解してる訳じゃないが、霧香は霧香だ。見た目が変わろうが話し方が変わろうが、中身は霧香だ。何があっても好きだって胸を張って言うよ」

「……嬉しい」


 真剣に向き合ってくれることが嬉しい。好きだって言ってくれることが嬉しい。


「あと一個お願い。……次会うまで、ちょっとだけ時間ほしい」

「……時間か?」

「うん。今週いっぱい。ちょっとやりたいことがあるから」


 具体的には話せない。話したらきっと、そんなことする必要ないって言うと思う。

 でもこれは私にとって必要なこと……自己満足みたいなものだから。


「分かった。俺も明日、ちょっとやらないといけないことがあったから丁度いいかもだな」

「……? 分かった」


 やらないといけないこと、っていうのがちょっと気になったけど。私も言ってないからお互い様だ。


「じゃあ――その。返事、ね」

「お、おう」


 聞きたいこととお願いは終わった。それなら今度こそ、返事をしないといけない。

 もちろん――ここまで言って、返事が決まっていないなんてことはないから。


「……不束者ですが、よろしくお願いします」


 それだけ言って――顔を近づける。勢いのまま、唇をくっつけた。


 初めてのキス。人生で一回しかない特別なもの。


 それを瑛二と出来て、心の中が暖かいもので満たされた。


「……これからもよろしくね、瑛二」

「……あ、ああ。よろしくな、霧香」


 顔を真っ赤にしてほっぺをかく瑛二。

 抱きついたら、そのドクドクと早く大きな心臓の音がハッキリと聞こえた。


◆◆◆


 それから――瑛二にお願いして、お姉ちゃんを呼んで貰った。

 それは瑛二に話したことが理由だ。


「やほっ、来たよ。霧香ちゃん」

「お姉ちゃん……ごめんなさい。いっぱい心配かけて」

「いーのいーの。お姉ちゃんなんだからいっぱい心配かけて。ごめんなさいよりありがとうがいいな?」


 お姉ちゃんらしい言葉が返ってきて、口元が緩む。


「ありがとう、お姉ちゃん」

「どういたしまして、霧香ちゃん。……ううん。霧香って呼び捨てにしていい? すっごい今更だけど」

「うん! もちろん!」


 さっき、瑛二と会うまでの気分はもうなくなっていて。今はただ暖かい気持ちだけが心を渦巻いていた。


「それでどうしたの? 私と話したいって」

「……うん。お姉ちゃんにお願いしたいことがあって」

「なにかな? お姉ちゃんになんでも言って」


 いきなり呼んでしまったけど、お姉ちゃんは凄く優しく聞いてくれる。

 ――本当に優しくて、綺麗な人だと思う。


「私に可愛くなる方法を教えてほしいの」

「……!」


 瑛二に言われて、ずっと考えていたこと。

 私が瑛二に釣り合っていないなら、釣り合うよう努力すればいい。


「もっちろん! でも私でいいの? よかったら私のお友達に美容とか気をつけてる子とかも……」

「ううん、お姉ちゃんがいい」


 私の言葉にお姉ちゃんはびっくりしたみたいで、目を丸くしていた。ちょっとだけ珍しい気がする。


「私の目標がお姉ちゃんだから、お姉ちゃんみたいになりたいから」

「……あ、ダメ。可愛くてどうにかなりそう。霧香。ぎゅってしていい?」

「え、え? いいけど」

「じゃあぎゅー!」

「んむっ」


 お姉ちゃんに抱きしめられて頭を撫でられる。暖かくて気持ちいい。


「……お姉ちゃんに憧れてくれるのは嬉しいけど、私になろうとはしないでね。霧香ちゃんはあくまで霧香ちゃんなんだから」

「うん、そうする。目標はお姉ちゃんだけど、お姉ちゃんより可愛くなるよう頑張る」

「お? 言ったなー? とびっきり可愛くしてやるからなー?」


 ぐりぐりと頭を撫でられる。それが嬉しくて、ぎゅっとやり返す。


「それなら……明日は霧香ちゃん、どうするの?」

「あ……出来れば明日までは休んで、来週までにやれることは頑張りたい」

「おっけ。じゃあ明日はお洋服買いに行こっか。土日のどっちかで美容院行こ。その後色々こうやった方が可愛いよ〜って教えるからね」

「……いいの?」

「もっちろん! 霧香のお願いだもん! お姉ちゃんに任せて!」


 いきなりのお願いだったけど、お姉ちゃんは嬉しそうに引き受けてくれる。

 よし。頑張ろ。瑛二に似合う子になるように。 可愛くて綺麗で、明るい子になる。


 そう心に決め――このときの私はとてものんきだった。


 ――次の日瑛二にあんなことが起きるなんて、思いもしてなかった。



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