さくら荘のペットな彼女

第一章 さくら荘へようこそ ⑥

「いくらかわいいからって、がっついて見るのはマナーはんだぞ。お前のど真ん中だってのは、おれも認めるところではあるが」

「…………」

「なんか、こう、守ってあげたくなる感じだもんな」

「…………」

「わかったよ。俺のとくしゆ能力を見せてやるよ。そうだな、身長は162センチ、体重は45キロ、スリーサイズは上から79・55・78でちがいない。貧乳じゃないかって? そう悲観的になるな。ウエストが細い分、がしてみると、数字の印象より胸はある。俺を信じろ」


 じんの声は、少し前から聞こえていた。


「……なに言ってんすか、仁さん」

「だって、お前、わかりやすすぎ」


 夢の世界から現実にもどっても、そらは少女から目をはなせなかった。少女の横顔に、何かのおもかげを見たような気がして、その答えを探してしまう。

 そして、意外なほど早く見つかった。


「あ、そうか」

「いいよ、いいよ、照れるな、照れるな」

「違います。かのじよですよ」


 その思いは、口にしたことで確信に変わっていた。


「は? お前こそ、なに言ってんの?」

「てっきり、電車で来るんだと思ってましたけど」

「ほんと、頭はだいじようか?」

「だ〜か〜ら〜、この写真!」


 ひろからわたされた写真を、仁の顔にきつける。


「まったくわからん」

「もう、いいです」


 てつさくからこしかせると、空太はベンチに座った少女に近づいていく。


「ねえ、あなたは何色になりたい?」


 それが彼女の声だとすぐには気付かなかった。

 彼女に意識を集中していなければ聞きのがしていたに違いない。

 見上げてくる彼女と目が合った。それだけで、空太の心はどうようした。


「俺?」


 小さくうなずかれてしまった。


「考えたことないな」

「なら、考えて」

「将来のことは未定だけど、とりあえず、今は玉虫色だよ」

「それは色?」

「ほんとはにじ色っぽいけど、意味合い的にはあいまいな色ってとこかな」

おもしろいね」

「君は?」

「え?」

「何色になりたいんだ?」

「考えたことないわ」

「なんだ、そりゃ」

「今はたぶん白」

「名前のまんまなんだな」

「……」


 わずかにおどろいた目がそらを見ている。


「ごめん。あやしいもんじゃない。おれかん空太。ひろ先生にたのまれてむかえにきたんだけど。知ってるよね?」

「千尋に?」

「ったく、先生も無茶苦茶だな」


 目の前の少女と写真を見比べる。一見してすぐにはわからない。けど、なぜだか空太にはわかった。ふんがそっくりだったから。

 かのじよこそがしいましろなのだ。


「何年前の写真よこしてんだよ。三倍は育ってんじゃん」


    3


 ──このまま、彼女をさくらそうに連れて帰っていいのだろうか。

 今にも止まりそうな速度でとなりを歩く椎名ましろの横顔にれながら、空太はそんなことを考えていた。

 線の細い体。小さな声。物静かな動作。感情のふくとぼしく、表情もうすい。

 隣にいると、今にも割れそうな氷の上に立っているような気分になる。

 れたらこわれてしまうせんさいなガラスざいの置物。

 そんな印象を、空太はましろにいだいていた。

 それに加えて、


「空太っていいね」

「え?」

「音がきれい。わたし、好きよ」


 とかとつぜん言い出して、そらを喜ばせてしまうような無防備な子なのだ。

 さくらそうの空気が合うとは思えない。

 あそこは常識はずれの個性の集まりだ。規格外の人種の巣窟そうくつだ。

 宇宙人のかみぐささき。引きこもりのあかさかりゆうすけ。夜のていおうであるたかじん。その上、教師はものぐさで適当を絵にいたようなあのせんごくひろ

 そういえば、駅でいつしよになった仁は、いつのまにかいなくなっていた。

 おかげで、空太は初対面の女子とふたりきりにされてしまった。

 気のいた話でもしようと思えば思うほどに、話題が思いかばない。

 そこにきて、ましろの先ほどの発言だ。

 空太の脳はすっかりで上がっていた。

 だが、そんな自分の情けなさが、逆に空太を開き直らせた。


「あのさ」

「ん?」

しいはスイコーに入学するんだよな」


 ましろの首がわずかに横にられた。


「編入」

「あ、そうなのか……ってことは、二年?」


 今度は小さくうなずく。


「タメなんだ」


 んだ目が、ななめ下から見上げてくる。表情は動かない。

 ずかしくなって、空太から目をらした。

 ただ、だまってさくら荘を目指す。

 ──こうなったら、おれたてになるしかない。敵は手ごわいがやるしかない

 もう、さくら荘の屋根が見えていた。


 さくら荘に着くと、引っしセンターのトラックが出て行くところだった。みみざわりなエンジン音を鳴らし、駅の方へと消えていく。

 ましろから預かったトランクをげんかんわきに置き、


「ほら、あがって、あがって」


 とりようないに招き入れる。

 するとものを見つけたチーターのような足取りで、二階から美咲がけ下りてきた。いや、飛び下りてきた。ひざのクッションをかせた着地は、まさに野生動物そのものだ。


「さくら荘へようこそ〜!」


 手に持っていたクラッカーをようしやなく放つ。ましろの前にいたそらに見事ちよくげき

 とりあえず、仕返しに脳天にチョップをたたんでやった。


「うげっ! おとになにするかー!」

「乙女を名乗るのは、せめておれの部屋でるのをやめてからにしてください!」

だいじようだよ! あたし、チューもしたことないし、全身丸々新品だも〜ん」


 取り残されたましろが後ろでぽかんと見つめている。


「いやいや、せんぱいはただの先輩であって、別にいかがわしい関係だったりは絶対にしないから! 変な誤解はしないようにね?」

「え〜、なになに、こーはいくんってば、もうましろんのこと気になってんの?」

ちがうわ! つか、ましろんって……なんで、先輩が知ってんですか?」

「ほらほら、げんかんじゃなんだから、お部屋に案内してあげよーよ」

さき先輩が足止めしたんでしょうが!」

「ついにあたしにもおとなりさんが出来たんだよ! おまりしたり、されたりするのかな? こいの相談とかしちゃうのかな!? うお〜、盛り上がってきた〜!」


 トランスしている美咲をしのけて、空太はましろを連れて男子禁制の二階に上がった。

 202号室のドアには『ましろの部屋』と書かれたプレートが下がっている。しかも、なぞのアニメキャラ付きで。


「あたしが昨日夜なべして作ったんだよ」


 いつのまにか追いついてきた美咲がしゃしゃり出てくる。


「昨日はてつでゲームしてたくせに」


 それにも動じず、美咲は部屋主に断りもなくドアを開け放った。


「どどーん!」


 空太のおくではからっぽだったはずの部屋には、ベッド、ドレッサー、机、それに大きなモニターがとくちよう的なPCや、衣服といったもろもろの荷物が運び込まれ、かんぺきに整理せいとんされていた。


「どうだい、この見事な仕事っぷりは。こーはいくんが出かけている間に、完璧な仕事をしていったよ。やるね! サイのマークの引っしセンター! プロだよ! あんたらプロだったよ!」


 にハイテンションの美咲が自分のがらのようにほこらしげに胸を張る。


「別に先輩は何もしてないでしょ」

「ちゃんと見守ってたも〜ん」


 その間も、部屋の住人となる予定のましろは、無言かつ無感動に、空太と美咲のやり取りを見ているだけだ。


しい……ほんとにここで暮らす気か?」

「そうよ」


 そよ風のような声でささやく。声量はないが、口調はしっかりしていて、声音自体にはしんがあるから不思議だ。ただ、やはり、何度聞いても、感情表現はたんぱくだった。

 見ているだけではらはらしてくる。なんだろうか、この気持ちは。