さくら荘のペットな彼女

第一章 さくら荘へようこそ ⑧

 十一時半には解散になったのだが、そのあとも空太は美咲に付き合わされ、少し前までてつでゲームをしていた。

 いつ寝たか覚えていない。とりあえずベッドでめたことがせきだ。美咲の姿もない。確か、仁が自分の部屋で寝ろと美咲を連れて行ったような気がするが、その辺はもう夢と現実の区別がついていなかった。

 部屋を出ると、げんかん先で物音がした。

 顔をのぞかせる。

 新学期の何がうれしいのか、ひゃっほ〜いなどと大声を上げながら、美咲が飛び出していった。なぜ、美咲はあんなに元気なのだろうか。不公平だと思いながら、昨日さんざんり回された腹いせに、スカートのすそからちらちらと覗く水色のしましまパンツをばっちり拝ませてもらおうと思っていたら、後ろから仁に頭を強めにかれた。

 痛がっているうちに、美咲の背中は見えなくなってしまった。


「朝からさかるなよ」


 じんもさっさとダイニングに行ってしまい、文句を言うすきもない。

 入れわりで、ひろもやってきた。


「先生、今日は早いですね」


 まだこくは七時半だ。あと一時間近くゆうがある。


かん、人は様々な経験を重ねて強くなるのよ。覚えておくといいわ」


 真意は理解不能だったが、昨日の合コンのことでも言っているんだろうと思って、それ以上はれないことにした。


「ましろのことたのんでもいいわよね? 職員室まで連れてきてくれればいいから」

「ま、初日ですもんね。道案内くらいはしますよ」


 そこでずいっと千尋が体を前に出して、指で胸元をトントンといてきた。


「な、なんすか?」

「いい、ちゃんと連れてくるのよ? 責任を持って連れてくるのよ?」

「いや、だから、わかりましたって」

「よろしい。たよりにしてるわ、あんたのこと。ほんと頼りにしてんだから」

「はあ。なんか、気色悪いですね」


 はんげきがあるかと思ったが、ふふんと千尋は鼻を鳴らして出て行った。


 千尋を見送ったあとでろうの柱時計を見ると、七時四十分を回っていた。

 二階からましろが出てくる気配はない。さすがにそろそろ起こした方がいい。


おれおくでは、二階は男子禁制なんだけどな」


 ぎしぎしとなる階段を上っていると、みようにそわそわした気分になってきた。ましろのパジャマ姿とか、がおを、脳が勝手に思いえがいて、変な期待をしている。

 別に女子が苦手ってことはない。さきのおかげで、だいぶめんえきはできた。いや、だが、あれは果たして女子と呼んでいいものなのか。何かと聞かれたら宇宙人と答える。

 ましろの部屋の前に来るころにはきんちようはピークに達し、下腹部を中心にゴロゴロ祭りが幕を開けた。


「俺……びびってんのか?」


 気持ちをほぐそうとしてわざとらしく口にした声は完全にうわっている。


「お、おい、しい! そろそろ起きないとこくとかしちゃうかもしれないぞ」


 おかしな言い回しに、自分で自分が情けなくなる。

 聞こえていないのか、部屋の中から返事はない。

 どんどんと今度はドアをノックする。


「椎名? 朝だぞー! って、まじで返事ないんですけど。これってピンチなんじゃ」


 さらに強くドアをたたく。ノック、ノック、ノック。

 無情にも返ってくるのはちんもくだけ。

 ドアノブに手をばして、ふと我に返る。


「いやいやいや、待て待て待て。さきせんぱいの部屋じゃないんだから、かぎが開いてるはずないだろ……」


 確認のために、ノブを軽く回してみる。鍵がかかっているていこうを感じない。

 このかんしよくちがいなく開いている。


「だからって、美咲先輩の部屋じゃないんだから開けちゃまずいよな……」


 とは言っても、もはや外から声をかけて事態が好転するとも思えなくなっていた。


「仕方ないよな。これは、仕方ないんだよな」


 そう無意味に自分に言い訳してから、ぐっとドアノブをにぎった。

 ゆっくりと回して、少しだけすきを開ける。


「え?」


 そこで絶句して、無意識にドアを全開にしてしまった。


「なんだこれ」


 部屋を間違えたのかと思った。あわてて部屋番号を確認する。202号室。ましろの部屋だ。合っている。正しい。正解。ビンゴ。

 なのに、昨日のおくとは似ても似つかない光景が広がっていた。

 ゆか一面に洋服や下着、本やまんが散乱している。じゆうたんが見えない。部屋でたつまきが暴れたみたいだ。

 なんだこれはと頭の中で警報が鳴る。

 思いかんだのは、どろぼうの二文字。

 頭がかっとなって、全身からあせいた。


「おい、しい!」


 慌てて部屋に飛びんだ。

 ベッドにましろの姿はない。床にもいない。どこにもいない。

 視線を動かすたびに、背筋が寒くなった。

 部屋はらされ、ましろはいない。

 絶望的なじようきようだ。

 足元がぐらつき、机に手をついた。すると、マウスを動かしたせいか、ねむっていたモニターが目をました。急に背後が明るくなり、軽く悲鳴を上げてしまった。

 うらみを込めてPCのモニターを見た。

 画面には、コマ割りされたフレームの中で、愛の言葉をかなでるイケメンの絵が表示されている。照れてうつむく女の子のほおに手をかけ、キスをせまっていた。絵はばつぐんにいい。い。頭身のバランスも取れていて、骨格はしっかりしているのにリアルすぎない。ただ、少し線が多くて、みすぎな気がした。

 どこからどう見ても少女まんげん稿こうだ。


「どうして、しいが……」


 わけがわからず、思考が停止気味のそらの足元で何かが動いた。

 全身をびくつかせてから、おそる恐る机の下をのぞき込む。

 シーツや衣類をせまい場所に持ち込み、幸せそうに椎名ましろがねむっていた。まるで、ハムスターの巣だ。

 あんのため息が空太の口からもれた。よかった。とにかく、よかった。いや、本当によかったのか。

 今一度、室内を見回した。

 これは、もしかして、と目の前が暗くなっていく。どろぼうじゃないのだとすると、答えはひとつしかない。

 ちょっとタンマ、とだれにともなく宣言して、空太は目を閉じた。納得できるギリギリのリアリティを持った理由を必死にさくする。

 ──きっと、日本の生活に慣れてないんだ

 どこの国に、自室でたつまきごっこをする文化があるんだ……。

 ──ちょっと盛大にぞうが悪いだけとか

 これのどこがちょっとですか? 机の下で寝てるんですけど……。

 ──宇宙人のしんりやくを受けたにちがいない

 もうリアリティないじゃん。

 ──となると、これは夢だよ、空太君。君はまだ寝ているんだ

 ああ、なるほど、そうだよね。これが一番可能性高いわ。

 納得しながら、ましろの部屋を退室する。

 後ろ手にドアを閉めて、深呼吸をひとつ。

 そろそろ、夢からめたころだろう。

 かくを決めてドアを開く。

 その直後、空太は天をあおいだ。当然のことだが、部屋はさっきのまんまだったのだ。

 人が住んでいるとは、とうてい信じられない状態。

 ましろは、少し変わったところもあるけど、空太側の人間だと思ってた。心のオアシスになってくれると期待していたのに……。


「……神様、おれが何かしましたか」


 絶望的な気分になりながらも、空太は先ほどとは違って、ゆかの服や下着のすきを探しながら、机の前まで移動した。健全な高校生男子に、散らかった女子の衣服は目のどくだ。特に、しきさいあざやかな下着は目立っていけない。

 見ないように努力しても、ついつい目がいってしまう。

 机の前でしゃがむと、そらしんちように声をかけた。


「あの〜、しいさん? 起きていただけますでしょうか?」


 返事はない。


「もしもーし」

「……」


 規則正しいいきひびくだけだ。


「起きてくれるとありがたいんですけど〜」

「……」