さくら荘のペットな彼女

第一章 さくら荘へようこそ ⑨

 仕方がないので、シーツのはしつかんで引っ張ってみる。ましろもがっつりにぎっているせいか、確かなていこうがあった。あきらめてかたのあたりをさぶってみる。


「お〜い、朝だぞ〜。朝ですよ〜」

「……朝はもうこないわ」

「いやいや、来たから! こわいこと言うな!」


 洋服や下着の山にうずめていた顔をましろが持ち上げる。寝ぼけた目でしばらくくうを見つめる。一分近く経過して、ようやく空太と目が合った。


「おはよ」

「……」


 ましろはぼさぼさの頭を再び、巣穴にもぐりませていく。


「寝たら、死ぬぞ〜! 初日からこくはまずいって!」

「……わかったわ。起きる」

「お、意外に物分かりはいいな」


 ぼんやりした表情のまま、机の下から出てきたましろが立ち上がる。

 体にからみついていたシーツやら衣服やらがはらりと落ちた。

 肩があらわになる。細いうでも、ひかえめな胸も、こしのくびれとおしりのラインも、すべてが空太の視界を照らした。

 そのしゆんかん、空太の血液がふつとうした。


「ぎゃああああああああああああああああああっ!!」


 けつ尿にようでも出たのかと思うほどのぜつきようがこだまする。上げたのは空太だ。


「うるさいわ」


 めいわくそうに、ましろが目をこする。


「ちょっ! お前、なっ、なっ! ぎゃああああああっ!」

「なに?」

「服を着ろ! つうか、なんではだかなの! そういう種族なの!?」


 どうようしまくりながら、残った理性を総動員して回れ右する。


「どうしてかしら」

「しっかりしてくれ!」

「……おで」

「それから?」

「服を出して……」

「よし、あとは着るだけだ」

「全部出したの」

「はい! ストップ! 全部出すな!」

「あとは、もういいかなって」

「どういう思考してんだよ! しかもごとみたいに言うな! それと、服を着ろ! 何でもいいから着ろ!」


 真後ろに、はだかのましろがいるのを意識すると、とても平静など保てなかった。


「この際、制服でいいから!」


 足元に散乱した服の中から、スイコーの制服をはつくつして、ましろに投げつけた。

 背後でなにやらもぞもぞときぬれの音がする。

 心臓はれつしそうだ。


「もういいか?」


 ころいを見計らって声をかける。


「いいわ」

「あのな、お前、少しは……」


 そう言いながらり向き、そらは口を開いたまま固まった。

 ましろはブラウスを羽織っただけで、ボタンは全開だ。色々なものが見えている。


「どこがいいんだよ!」


 再び回れ右。頭をかかえてうずくまった。


「どうしたの?」

「わかるだろ!」

「だいじょうぶ?」

「お前こそ、だいじようか!」

「うん」

「うんじゃなくて、さっさとえろ!」


 再び、衣擦れの音がする。先ほどの失敗をまえ、十分に待つことにした。


「き、着替えたか?」

「パンツは?」

「はけ!」

「どれがいいの?」

「そんなもん選ばせるな!」

「なら、いいわ」

「いいわけあるか! 風がいたらだいさんになるだろうが! はけ! はきなさい! はいてください!」


 と言いながら、そらはライトグリーンのパンツをゆかから拾い上げて、悲鳴を上げながらましろに放った。


「このパンツ、かわいくない」

「今日、だれかに見せる予定でもあんのか!」

「ないけど」

「なら、それでまんしろ!」


 朝からさけびすぎて、頭の血管が切れそうだ。

 ケータイの時計を見ると、すでに八時十五分を回っていた。


「やばっ! おい、しい、少し急げ!」

「終わったわ」


 パンツをはいて満足げなましろの頭はぐせでぐしゃぐしゃだ。今なら、頭の上で鳥が飼えるほどで、整った顔立ちとのギャップもあってか、目も当てられない状態だった。


「頭! ってかかみ! 洗面所で直してこい! ついでに顔も洗う!」

「どこ?」

「昨日教えただろ! ついてこい!」


 どたどたとあわてた足音を立てながら、一階に向かう。だが、ましろはやってこない。少しして、ゆっくりとした足取りでやってきた。


「あ、ちょっと待て。顔を洗うならブレザーはぐ!」


 上着を預かり、ましろを洗面所にむ。その時間を使って、空太は自室にもどった。自分のえを済ませるためだ。

 一分とかけずに用意を済ませる。からっぽのかばんかたからけた。

 そそくさと洗面所に戻るとましろが出てくるところだった。

 そして、また空太は悲鳴を上げるはめになった。

 顔を洗った際に水がかかったのだろう。ブラウスの胸元はびちょびちょにれて、すけすけの状態ではだに張り付いている。

 しかも、ノーブラのせいで、ひかえめなふくらみとか、そのせんたん部分とか、とにかく、何もかもが全部かび上がっていた。


「ちょっ! おまっ! あのなっ! 何かつけろ! 下着的なものを!」

そらが出してくれなかった」

おれのせいなの? おかしくない?」


 きょとんとした顔で、ましろが首をかしげる。

 空太の中の常識がまったく通用しない。

 とにかく平常心を保つために、空太は洗面所のタオルを取りに行った。そこもだいさんになっていた。じやぐちからふんすいのように水が出て、洗面所をみずびたしにしている。


「朝から行水する習慣でもあんのか!」

「行水なんてしてないわ」

「ボケにまじめに答えるな!」

「空太はめんどうくさい」

「俺か? 俺がおかしいのか?」


 蛇口をひねって、水を止めた。ありったけのぞうきんを出して、洗面所にめていく。

 そこで昨日のひろの言葉が頭をよぎった。

 ──ましろには、ここがふさわしいからよ

 そうか。あれは、そういうことか。

 ──すぐにわかるわ。特にあんたはね


「くっそっ! あのものぐさ教師め! 全部、俺にし付けやがったな!」


 いまごろ気づいたところでおそいのだが、そう言わずにはいられなかった。


「学校、おくれるわ」

しいに言われたくねえ!」


 空太のたましいさけびは、春の空にひびわたった。


    5


 その日の晩、空太は椎名ましろという大問題への対処方針を決定するため、夕食の時間を利用して、さくらそう会議を招集した。

 要は、共同生活のルールを、全員で話し合って決める場だ。

 食事当番や、買い出し当番、そう当番といった日常的な分担から、あまり当番やはちの巣当番といった、少々風変わりな役割までもが、今日までこの会議で決められてきた。

 今回の招集目的は『ましろ当番』の設置と、人員の決定にある。

 リビングのえんたくには約一ヵ月ぶりに全員がそろった。時計回りに、千尋、さきじん、空太、ましろの順番で並んでいる。

 部屋から出るのをこばんだあかさかりゆうすけは、チャットでの参加だ。エビフライをくわえた美咲が、ノーパソでカタカタやっている。


「ええ、今日集まってもらったのはほかでもありません。このさくらそうしき問題を全員で協力して乗りえたいからです」


 気合いの入ったそらとは対照的に、全員食事に夢中で、ろくに話を聞いていない。

 いまいちやる気のない参加者に活を入れるため、空太はえんたくにばんと両手をついた。

 結局、今朝はこくしたのだ。

 洗顔のあと、ましろにパンツと同色のキャミソールを着せ、れたブラウスをえさせ、靴下もかせてやり、とっ散らかったぐせを直したところで完全にタイムアップ。

 どうせ遅刻ならと、ばっちり朝食を取ってからゆうに登校した。

 退たいくつな始業式には、間に合わなかったが、とりあえず、HRには顔を出せた。

 職員室にましろを連れて行った際、ひろからのおとがめがなかったのにはおどろいたが、どうやらもっとおくれることを想定していたらしい。

 だったら、最初からましろのことを教えておいてくれればよかったのだ。