ウィザーズ・ブレイン
第一章 騎士と天使と悪魔使い~Dance in the air~ ①
深い水の底から浮上するような、息苦しさを伴う開放感とともに、急速に意識が
うつろな視界に飛び込んできたのは、チタン
アフリカ海上空、高度一万メートル。ベルリンシティ所属小型偵察機。自分の現在位置を示す数々の言葉の
脳内時計が『西暦二一九八年二月一三日午後二時三五分』を告げた。
「……お目覚めですか?」
「すまん、少し眠った。……現状は?」
「一五分前に予定ポイントに到着。以降、
パイロットのきびきびとした報告に、了解した、と答え、窓の外に目をやる。どこかに青空が見えないものかと
世界は、
風防ガラス越しの空は鉛色の分厚い雲にどこまでも
永久凍土に覆われ、死に絶えた大地。どれだけ寒冷に強い植物であっても、太陽の光なしには生きてはいけない。氷点下四〇度の大気はあらゆる生命に容赦なく
春、という言葉は、もはや思い出の中にしか存在しない。
それにしても、と祐一は不思議に思う。
昔は、それこそ毎晩のようにうなされていた。なん度もなん度も同じ光景を見続けたせいで、祐一の頭にはその映像が、背景の草一本にいたるまで精密に焼きついている。
それなのに、なん度見ても、一番大事な部分だけ思い出すことができない。
あのときの、彼女の言葉。もっとも
油彩絵の具で描いたように鮮明な
はじめの
心のどこかに、罪の意識があるからだ。
傍らに立てかけられた剣に手を伸ばし、
(コンディションチェック終了。肉体各部、正常に作動)
胸ポケットからミラーシェード型の網膜投影ディスプレイを取り出し、視界の隅に『システム起動』と表示される
脳内時計が『二時三六分』を告げる。依然として、状況に変化はない。
「『ジークフリード』からの定時報告は?」
「まったく問題ありません。作戦はタイムスケジュール通りに進行していますが……」
パイロットの物問いたげな視線に、祐一は、なにか答える必要を感じた。
「司令部に話は通してある。なにも起こらなければ、それでいい」
「了解であります、
「……なぜ、おれの名を? 君とは面識がないはずだが」
「そのお姿を拝見すれば、わかります。自分のような戦中育ちにとって、少佐のお名前は生きた伝説でありますから」シート越しに身を乗り出すようにして振り返り、大げさな身振りでまくし立てる。「お会いできて光栄です。一〇年前のリビア会戦では、父があなたに助けられました。父は連合軍の空中戦車大隊に所属しておりまして……」
確かに一〇年前、祐一はリビアにいた。連合軍の空中戦車部隊との合同作戦に参加したこともある。だが、それだけだ。この若者の言う通りに、自分が共和軍の
多種多様な『魔法士』の中にあって、なぜ『騎士』だけが英雄視されるのか。それは、騎士が主に対魔法士戦で
それにしても。
この格好も、ずいぶん有名になってしまったな。祐一は、パイロットのモスグリーンの制服と自分のそれとを見比べた。黒一色に染め上げられたジャケットとスラックスは、かつて
ベルリン自治軍の客員仕官になってから二年、上からどれだけ文句を言われようとこれで通してきたせいで、最近では、こういう一般兵でさえ
英雄などどこにもいないということが、なぜ理解できないのか。
「……そのとき、少佐と
などと祐一が考えている間にも、パイロットは延々としゃべりつづけていた。いいかげん、うんざりだ。パイロットの認識票から名前と階級を読み取り、とにかく、そのよく動く口をふさぐことにした。
「……軍曹」
こういう人間を
「あ! 失礼しました! そのとき少佐の
「極秘任務中だ。わきまえてくれ」
パイロットのほうけた顔は、水をぶっかけられたようだった。
口の中で何事か
祐一は視界の端にそれを確認しつつ、ミラーシェードを端末に接続。網膜投影ディスプレイによって目の前に二重映しに浮かんだ半透明のアイコンを視線で操作し、データベースから今日一日の地球全域での電磁波マップを呼び出す。すべての数値は、きわめて正常。
正面のメインディスプレイ中央には、ベルリン市軍所属空中
手持ちぶさたになったのだろう。パイロットは、操作卓
「……ジーン・Dの『パーフェクト・ワールド』か」
「ご存知ですか?」
「ああ」二一五〇年代を代表する歌姫『ジーン・ダリア』の、最高傑作と評される歌だ。



